第12話 美少女と目を見て話せない


「あっーーはっはっはっはっはっ! 最っ高! 雪野君、貴方本当に最高よ! 花恋ちゃんを守ってねとは言ったけど、翌日いきなり元凶と対峙するなんて思わなかったわ」


 3-Eでの事件から数分後、僕が教室に戻ってこないことを心配した瑠璃川さんからアプリチャットで連絡があった。

 今保健室に居ることを伝えると授業中だというのにこの場に駆けつけてくれた。

 顔に傷があることを確認すると瑠璃川さんは真剣な表情で事情説明を求めてきたのだが、説明を聞き終えると彼女は爆笑の反応を返してきた。


「わ、笑いごとじゃありません。私のせいで雪野さんが殴られて……こんな傷まで作らせてしまって……うぅ……」


 対称的に雨宮さんは泣きそうな表情で終始心配そうしながら僕を見つめてきていた。

 手当は保険医にやってもらったのだけど、彼女はずっと『何か手伝えることありませんか?』とか『雪野さん大丈夫ですか』とか自分の出来ることを探し、励まし続けてくれていた。

 まぁ、治療に関しては彼女に出来ることは皆無であり、僕自身も全然痛みはないので過剰な心配ではあったのだが。


「いや、花恋ちゃんのせいじゃないんじゃない? ねえ、雪野君」


「うん。僕が勝手に乗り込んできて勝手にキレて勝手に怪我しただけだからさ。雨宮さんは気にしない気にしない」


「気にしないなんてできるわけないじゃないですか!」


 涙目のまま激昂する雨宮さん。

 こんなに大声で怒鳴る姿は初めて――でもないか。2度目の転生未遂の時以来の大声に内心びくついてしまう僕。

 正直さっきの黒龍よりも今の雨宮さんの方が怖いまであった。


「どうして……どうしてあんな無茶をしたんですか」


「どうしてと言われても……黒龍に腹が立ったからとしか」


「黒龍?」


「ああ、うん。黒滝のこと。アイツさ、自分のことを黒龍の異名で呼んでいたんだよ。もう笑いを堪えきれなかったよ」


「ああ。黒滝龍一郎だから『黒龍』ってわけね。その二つ名自分で考えたのかしら。ふふ。確かに滑稽ね」


 なるほど。フルネームからとった異名だったのか。ちょっと格好良い名前でうらやましいと思ったのは内緒。


    バンッ!!!


「「……(びくぅっ!)」」


 なごみモードで笑いあう僕らに対し、雨宮さんが不意に机を思いっきりぶったたく。

 並々ならぬ表情を僕らに――いや、主に僕に向けられていた。


「あんな……怖いめにあって……どうして笑っていられるんですか! 私……心配で……申し訳なくて……怖くて……うぅぅ……」


 や、やばい、雨宮さん泣いちゃった。

 瑠璃川さんに視線で『どうしたらいい?』と聞いてみるが、彼女はニヤニヤするだけで答えを返してくれない。

 代わりに瑠璃川さんは雨宮さんの肩をポンっと叩いてこう言葉をかけた。


「そうね。花恋ちゃんに心配させた罪は重いわ。この際だから雪野君にはきつく叱っておきなさい。その役任せたわ花恋ちゃん。じゃ、私、授業に戻るから」


 それだけ言い残すと瑠璃川さんは早々に保健室から出て行った。

 うぉおおい!? 僕の味方してくれないのかい!

 保健室の中には気まずい空気の僕と雨宮さんのみが残される。

 ちなみに保険医は現在職員室の方に行っている。先生はA組とE組の担任に事情説明をしてくれると言っていた。


「雪野……さんっ」


 絞り出すような声で涙目ながら僕を睨むように見つめてくる。

 うっ、雨宮さんのこの顔をさせるのは2回目だ。この目に本当弱いんだよな僕。もともと人の目を見るのが苦手だし、この場でもつい目をそらしてしまう。


「雪野さん! 目をそらさないでください」


「は、はい……」


 まるで心を読まれたかのように叱咤され、仕方なく僕は雨宮さんと目を合わせた。

 だから反則だって涙目で睨め付けるの。微妙な上目遣いもずるい。

 先ほど遠目から見た時も思ったけど美少女すぎるだろこの子。

 教室でぼっちをしているのが不思議なくらいだ。思わず守りたくなるか弱さ。クラスの男子達はこれを守らないで何をやっているのだと思う。

 彼女の細い指が僕の頬に触れてくる。


「痛そうです……」


「いや、全然大丈夫だよ」


 強がりでもなんでもなく本当に痛くない。黒龍は一応寸止めしてくれるつもりでいたようだし。

 でも見た目的に痛そうって言われるってことはもしかしたら少し痕ができているのかもしれない。

 しかし、涙目の女子に頬を撫でられ続けられるというシチュエーションはよろしくない。僕の理性的によろしくない。

 僕は自分から話を振って平静を保つことにした。


「ねえ雨宮さん。僕たちなるべく一緒にいようか」


「ふえぇぇ!?」


「E組の教室覗いていたんだけど、あそこはちょっと異様に思った。まぁ全部黒龍のせいなんだと思うけど、周りの生徒もアイツのジャイアニズムに従いすぎだ。あんな空間に居続けることなんてないよ。こっちに来て小説談義でもして始業ギリギリまで時間潰さない?」


「あっ、そ、そういうわけですか。びっくりしました」


「びっくり?」


「あっ、な、なんでもないです! そ、その雪野さんさえよろしければ喜んでそのお誘い受けさせてください」


「受けてくれてよかった。僕的にも雨宮さんと一緒だと嬉しいんだ」


「ふえぇぇぇぇぇっ!?」


「僕学校では雨宮さん以外に友達いなくてさ、ぼっちなんだ。分かるでしょ? ぼっちは休み時間が苦痛で仕方なくてさ。雨宮さんが一緒にいてくれたら嬉しいし、楽しい」


 毎回休み時間の度に教室に突っ伏して寝たふりするか、チャイムがなるまでトイレにこもるかの2択だったものだから授業以外の時間は本当に苦痛だった。

 雨宮さんも気分転換になってくれれば一石二鳥と思っての提案である。


「あっ、そういう……でも瑠璃川さんは? とても仲がよさそうに見えましたけど」


「いや、瑠璃川さんと話すようになったは最近だし、あっちは人気者だからね。瑠璃川さんと話しているとクラスの男子の突き刺すような視線が痛いんだ」


「そ、そうなのですね。美人ですもんね瑠璃川さん」


 美人度では絶対雨宮さんも負けていないと思う。

 ていうか雨宮さんが瑠璃川さん並の人気者になっていないのはあの異様なE組に配置されてしまったせいなんだろうな。あのクラス、異様に美男美女が揃っていたし。


「だから瑠璃川さんとの会話は正直かなり緊張するよ。雨宮さんと一緒の時の方がほっとするし楽しいかな」


「私も雪野さんと一緒にいる時間が一番楽しいです」


「その言葉はすごく嬉しいけど、面と向かって言われると恥ずかしいな」


「雪野さんが言わないでください!」


「えっ? 僕もなんか恥ずかしいこと言ってた?」


「ほぼ毎日言ってます!」


「まじでか!」


 知らぬうちに僕は恥ずかしいやつになっていたようである。


「私が恋愛っぽいことの検証しなくてもなんか雪野さんの方から仕掛けてくることが多いから、こっちが毎日ドキドキさせられっぱなしです」


 手を繋いだり、だーれだ? をやってきたりと、例のノンフィクション恋愛実証。最近仕掛けてこないなと思っていたら僕が原因だったのか。


「でもおかげで私のノンフィクション恋愛小説のネタは毎日潤ってきているんですよ。雪野さんもっと積極的に私をドキドキさせてください」


「ドキドキって……」


「あっ、でもさっきみたいなドキドキ行動はなしですよ。怪我までさせてしまうのはドキドキじゃなくてシクシクです」


「う、うん。僕も望んで喧嘩みたいなことはしないから」


 とは言ったものの今後の黒龍の行動次第ではまたキレるかもしれない。

 なんてさすがに雨宮さんには言えなかった。


「でも本当にびっくりしました。雪野さん争いごとみたいなこと絶対しない人だと思っていたので、意外というか……あっ、私のために怒ってくれたことは勿論理解していますし、その、嬉しかったです。本当にありがとうございました」


「はは。いいよお礼なんて。さっきも言ったけど僕が勝手に怒って騒動になっただけだから。雨宮さんが関わっていなければ絶対僕も見て見ぬふりしていたと思うしさ」


「それでも行動に移せる雪野さんは勇敢な方なのですね。喧嘩や怪我はこれっきりにしてほしいですけど、あの時の雪野さんいつもの様子と違って格好良かったです」


「そ、そう?」


 面と向かって格好良かったなんて言われたのさすがに初めてだったので照れてしまう。

 たしかにさっきの僕って小説に出てくる主人公みたいなムーブしていたよな。無意識とはいえ僕があんな行動に出れたことが自分でも信じられなかった。


「あっ! 誤解しないでください。私はいつもの雪野さんの優しい雰囲気も好きですから!」


「す、好きって……」


「ゆ、友人としてです! 友人としてですからね!」


「は、はい……」


 念押ししなくてもさすがに勘違いしたりはしないけど、美少女に『好き』と言われて動揺しない男いないだろう。

 ただ、ちょっと気恥ずかしい雰囲気になってしまった。

 こういう雰囲気になってしまうと圧倒的経験値不足の僕は無言になってしまう。


「じゃ、じゃあ、僕は教室に戻るから。えと、次の休み時間に」


「は、はい。次の休み時間に」


 今から授業に戻っても10分後には次の休み時間になってしまうのだが、この時の僕は気づけずにいたのであった。

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