大好きな兄貴と動画配信者になる方法

眼鏡のれんず

1. 弟の配信を聞く兄の話



「こんばんはーカリンです。今日は雑談配信ということで、ゲームはお休みです」

 スマホから流れて来るのは、弟の声。

 俺はその声を聞きながら、ビジネスホテルの固いベッドに寝そべった。

 途切れることなく、弟の軽快な声がスマホから流れて来る。

 それは、自分のよく知る弟とは違った雰囲気がある。それはそうだろう。今の弟は、自分のよく知る弟ではなく”ゲーム実況者カリン”なのだから。

 大学在学中に弟が幼馴染とはじめた、ゲーム実況。自分はよく知らないが、何故だか人気が出て、卒業する時には、登録者数が200万人になったとかなんとか。

 バイトをしつつも、ゲーム実況を職業に出来るぐらいに稼いでいるらしい。

 もちろん、親は激怒していたけど、それは、弟がやりたいならいいんじゃないか、と俺も親を説得する側にまわっていた。

 本当は。

 あまり変な世界で、得体のしれない人間に囲まれる弟を見るのは、苦しかった。

 でも、弟が、あまりにも楽しそうにしているから。

 弟が自分で納得し、楽しめる世界にいるのだから、いいだろう。

 俺と違い、自分の居場所をみつけた弟は、大きく羽ばたいている。

 いつまでも、俺が守っていた幼い弟はいない。いや、はじめからいなかったんだ。

 俺なんかが守ってやるなんて、烏滸がましい。自分で道をみつけて走るさるお前を、俺はいつまでも見守ろう。

 それが、俺に課せられた、罰であるのだから。

 それは、それとして。

「兄貴ー聞いてるー?」

 スマホから呼びかけられる。

 途端にチャットに流れる文字。


 また?

 さすがブラコン?

 兄貴ーきいてるー?

 

 何故か、弟は配信中に俺に呼びかけるのだ。

 もちろん、それにこたえるなんて、俺はしない。

 けど。


「たぶんねーきいてませんねー。ひどい兄貴ですねー」


 スマホの弟の酷い言葉。

 聞いてるに決まってるだろ。お前の配信は全部聞いてるよ。

 ……なんて、俺は絶対に言わないけど。

 けど。


「俺ねー毎回言うけど、兄貴とコンビ組みたいんですよねぇ。いい考えだとおもいません?」


 毎回言う、とんでも発言。

 そうなのだ。いつも言われている。

 でも、俺は弟の誘いにのることはない。

 冗談だと思われている言葉が、本気であることを俺は知っている。

 直に弟に会った時に、いつも真剣な表情で言われるからだ。


 俺は、兄ちゃんと一緒に、配信者になりたい と


 ごくふつーのサラリーマンである俺に何を期待するんだ。出来るわけがない。それに、そんなことになったら、俺は絶対に弟の枷になる自信がある。だって、本当は嫌なのだ。弟の声を言葉を俺の知らない人間に聞かせるのが、見せるのが、嫌なんだ。お前が誰かに傷つけられたりしないか、騙されたりしないか、苦しい思いをしないか、辛い思いをしないか。俺の知らない間に、お前が、どうにかなってしまわないか。

 でもそれは、お前の可能性を閉ざしてしまうのを、俺は理解している。

 だから、俺は、お前の配信を聞く、一視聴者であるのが、一番いいんだ。

 お前の世界は、広く、鮮やかで、輝いているのだから。

 俺など、泥の中に、沈めてしまえ。


「おやすみ、燈」


 俺は、届かぬ挨拶を口にして、アプリをとじる。




2023.11.2

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る