第46話

 午後の強い日差しが木漏れ日の間から差し混む。気持ち緩やかな風が木々の間を抜けていくも、昼間の熱により、涼しさはそう感じることは出来ない。それでも足元がアスファルトでない分、下からの照り返しがないだけましであろうか。昼間の一番暑い時でもあり、公園内を散策する人はそうはいない。そんな中、明らかに険しい表情を浮かべながら、自転車を押していた。この後、羽鳥と会う約束をしているのだ。勿論話の内容は昨日母が話した過去の出来事。いきなりの話もあり、半信半疑の部分もあるが、母親の真剣な表情と、小学生低学年迄目の前の海に頑なに泳がしてくれなかった事実が変にリアルに感じる。そのせいかその事が真実であると確定をしているわけでもないのに、既に聞くまでもなく結果が分かってしまっているような感覚に陥っていた。


「はぁあーー」


 深い溜息と共にもう少しで待ち合わせの場所という所で足が止まる。自分が聞かなければ、お互い気まずい雰囲気にもならず、今まで通りの生活が送れるのかもしれない。でも、話を聞いてしまった以上、自分は、こんな有耶無耶な気持ちでは以前のように彼とは向き合えなくなってしまう。


 このバイトを始めた当初は『海替わりで泳げる』という安易的に決めたものの、このプール場に在籍していた先輩達と行動を共にする事が多くなっていく日々。そんな中、自分よりスキルも経験もある人達が挫折やトラウマを抱えながらも、このバイトに誇りと責任も持ってやっている姿。そして現実から目を反らさす、向き合う姿勢を垣間見る事が出来たからこそ、自分も今からとる行動へと奮起する事が出来ている。以前の自分なら知らぬ存ぜぬを通して生活していったであろう。が、今は違う。彼等の実直で、己自身と向き合い、戦う背中を見てきたのだ。その姿勢に尊敬とああなりたいという思い。そして少しでも彼等と肩を並べたいと思う気持ちが日に日に強くなって来ている事を自身で理解している。ただ、それに辿りつくには容易でないという事を今回の件で改めて分かった。

 ましてうや今回の件はかなりのセンシティブな事。告げた事でどうなるか分からない憂苦の念に今にでも発狂したいぐらい渦巻く心中。ただもう心を決めたのだ。自分は大きく息を吐く。


「行くぞ、俺!!」


 叱咤する声と共に顔を上げた。すると視界に待ち合わせ場所である東屋の屋根が確認出来ると、暫し止めていた足をゆっくりと進め始める事暫し。東屋の柱に寄りかかりながら、眼下に広がるプール場を見ている羽鳥の姿があった。


「…… お疲れ様です羽鳥さん」

「お疲れ健吾」


 いつもの調子で話かける彼に対し、自分はあからさまに俯いてしまう。


「バイトの後に呼びつけてしまって…… 本当にすいません」


 そう返す言葉も明らかにぎこちなさが出てしまった。勿論その変化に気づかぬ羽鳥ではない。早速こちらへと近づく。


「おい、どうした健吾?」


 その問いに一時の沈黙が流れ、自分は呼吸を整える為、大きく息を吐いた。


「羽鳥さん。これから俺が聞くことできっと、不快な思いをすると思いますが、その時ははっきり言って下さい」


 そう言うと、自分は羽鳥を見る。


「この前、ロッカーで話して下さったお兄さんの件で、何点かお伺いしても良いですか?」

「ああ。構わない」

「お兄さんの亡くなられた歳は何歳ぐらいだったんですか?」

「うんーー。 自分が8歳の時だから、11歳だ」

「そうですか。因みに病気かなんかで……」

「いや違う。水難事故だな」

「!!」

「自分も当時救助現場に居たんだが、確か男児が溺れていて助ける為に向かったという話だった」


 その言葉に一気に血の気が引き、思わず頭を抱えると共に、体がよろける。そんな自分を目の前にし、彼はつかさず自分の両肩を両手で支える。


「おい、どうした!! 具合でも悪いのか!!」


 捕まれた肩を軽く揺さぶられ、羽鳥のなすがままに体を動かされるも、視線を彼に合わせることが出来ない。


「因みにその海岸って、北陸の方ですか?」

「まだ聞くのか? こんな状況だというのに何でそんな事を」

「お願いです。教えてください……」


 今の自分に出せる精一杯で振り絞りった声で懇願する事暫し。羽鳥は一回嘆息を漏らす。


「県は、そうだな。北陸にはなる。ただ、その後直ぐに親父の実家のここに引っ越して来た」


「やっぱり…… 間違いない」

「健吾。本当にどうしたんだ?」

「はっきりしたんです」

「何がだ?」


 その彼の問いと同じくして自分は、羽鳥の腕を振り払い、一歩下がる。そして、ポケットから母から預かった新聞の切り抜きを目の前に晒す。


「これは、羽鳥さんのお兄さんの水難事故についての当時の記事です。ここに書かれている、救助された幼児は俺です」


 いきなりの自分のカミングアウトと驚きの表情を見せつつ、古びた新聞記事を手にした彼の姿を目にしながら続けて言葉を紡ぐ。



※1月25日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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