短編集

瀬ヲ葉

ゾンビパンデミック

 前略、ゾンビによって世界が崩壊しました。


 けたたましい緊急速報のアラームで飛び起きれば、窓の外は死屍累々の地獄絵図。どう鑑みても、異常としか言えない状況。

起き抜けの頭が覚醒し、ここにいてはいけないと警鐘を鳴らします。


 いざ私室を出ようとしましたが、家の中にゾンビが侵入していたようです。扉を無遠慮に叩く呻き声。1人や2人ではありません。正面突破は厳しいでしょう。

 俺はなくなく、ベランダの窓から飛び降りる他ありませんでした。

高いところから飛び降りるなんてことは初めてだったので、うまく着地することはできなかったかもしれません。頭から落ちてはいけないと考えてはいたので、下半身から着地できるよう身構えました。ですから尻もちをついてしまったのです。お尻の骨がべキリと嫌な音を立てたような気がするのですが、今はこうして走れているのですから、問題はなかったのでしょう。それよりも、あの音でゾンビに気づかれてしまうことの方が死活問題です。

 

 屍山血河を裸足で駆け抜ける。路上の小石が足裏を傷つける。道路に吐き捨てられたガムが、べっとりとこびりつく。

 いえ、実のところそれは人の歯だったり、骨だったり、目玉だったり、臓物だったり、糞尿だったり、皮膚や肉の一部だったのかもしれませんが、今は小石やガムだったということにしておきましょう。


 街中はとてもうるさくて、夜中にも関わらず人が多くて、一つ一つ取り上げて解説するにはあまりにも両手の指が足りません。まあ、今の俺には指が3本と、腕が一本しかありませんから、数えるにも3つが限界ですね。


 なるべく静かなところへ行きたかったので、郊外を目指しました。

 ここで朗報です。郊外を目指す途中、生存者を発見したのです。

どうやらゾンビに襲われて困っていたようなので、俺が全部やっつけてあげました。ぶちん!ぶちん!ばちん!ってね。ゾンビのあたまをつかんで、ひっぱって、そのへんにぽんとほおりなげてやったんです。ざまあみろ。ですよ。

 彼女のために、ざっと数百体はやっつけました。誇張しすぎだなんて、心外です。見てないからそう思うんですよ。俺は世界で一番最強なのです。

 俺が救った女の子は、とっても喜んでいました。当然です。命が助かったのですから。


「とっても勇敢で素敵な人!私も一緒に連れていって!」


 目を輝かせて言う彼女は、とっても可愛いと思いました。もちろん、俺は彼女のお願いに首を縦に振りました。


 こうして、俺と彼女は郊外へ逃げました。街を出れば、びっくりするほど静かで、今までのことが嘘のようでした。

もしかしたら夢だったのかもしれません。それならよいのです。

目が覚めたらきっと、俺の腕も足も目玉も返ってくるのですから。なくても問題はありませんが、あった方が何かと役に立ちます。それに、彼女に至っては左腕から先がありませんから、それも返ってきてくれた方がよいでしょう。左腕があれば手はつなげますし、構わないと言えばそうですが、頭があった方が表情が分かります。人間は、目と目を合わせてコミュニケーションを取るものです。


「見てください。空がとても綺麗ですよ」


 俺は空を見上げました、星。がふっています

あ!はい。ばちん!ばちん!ですね*滅亡した世界。

笑う。指を君が指して痛い夜空綺麗綺麗あ〜なるほど!俺は君が好きです君も俺が好きですなんて素敵!ハッピーエンド、ハッピーエンド!


俺は彼女を救えました。

俺は彼女を救いました。

俺はかもょをへけいはいた

われへてれよもぺぇいれひた

--f-f-f-f-fffffffff-f------f---f-f---f-------f-----











      すくいです

まぶたのうらにはみえています


    かのじょはわらっています、いつも







全部夢ですから。























———————

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-メンテナンスを要求します-



-バックアップ完了。強制シャットダウン開始-




「………」



 ひどい夢を見た。俺は俺が望む幸せな夢を見たかっただけなのに。この装置はぶっ壊れていたみたいだ。

死ぬなら、幸せな夢を見たまま死にたかった。苦しんで死ぬなんていやだ。

ましてや、ソンビに大動脈を噛みちぎられて死ぬなんて、苦痛以外の何者でもない。


 この世界のほとんどはゾンビに支配されてしまった。一晩の出来事、瞬く間のゾンビパンデミック。絵に描いたようなB 級ホラー映画の光景。

 俺が今いる場所は、「人間の見る夢」を専門として研究を進めていた博士の研究施設だ。なんでも、その人が望む「夢」が見れる技術を発明したのだとか。(あくまで噂程度だったのだが)

その技術が搭載された装置があるとかないとかの話が出回っていたことを思い出した俺は、一縷の望みにかけてここまで来た。幸せな夢の中で、死んだことに気づかないまま死にたかったんだ。


 だけど、それは叶わないみたいだ。

俺にはこの装置のメンテナンスはできないし、施設の周りにはゾンビがびっしり群がっている。ここまで来るのにだいぶ無茶をしたからな、引き連れてしまったのだろう。

ガラス張りの扉はきっとすぐ破られるだろう。ほら、今なんかピシッて亀裂が入る音が聞こえたよ。


 俺はここで死ぬんだなぁ。痛いのはいやだよ。だから頑張ってここまできたのに。


 …いや、でも。本当は。

痛い思いをして死にたくないってのよりも、もっと強く願っていたことが一つあったんだ。






あの子を助けたかった。


ごめんな、村瀬さん。



















 -バイタル停止-






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