風になったパイロット

でんぷんかんぷん

夢を求めて

第1話 謎の飛行船

時計の針が午後2時を差し示した頃

窓際のロッキングチェアに腰かけながら

両手いっぱいの世界地図を広げ眺めていた。


出窓の隙間から部屋に吹き込む春風は

カーテンを踊らせながら部屋全体を

暖かく包んでいる。


外からは庭でボール遊びをしている

子供たちの笑い声と共に鐘の音が

かさなって響き渡っていた。


いつもどおりの光景、いつもどおりの日常、

今日もまたこういう日が続くんだろうなぁ

…と思い込んでいた。


ここは聖フレスタード教会にある『子供の家』

様々な理由で家族を失ったり行き場がなくなった

子供たちが身を寄せ合って暮らしている

俗に言う孤児院みたいなところだ。


僕は物心がついた頃には既に

ここで暮らしていたから

父さんの顔も母さんの顔も全然わからないし

どんな方だったのか知る由もない。


院長のネグリさんや教会のシスターたちに

僕がここに来た理由を聞こうとしても

何にも答えてくれなかったんだ。


僕はそんな思いを抱えながら

この塀に囲まれた狭い世界で

まだ見たことも聞いたこともない

広い世界を想い描いていた。


聖フレスタード教会はサンブルク帝国南部の

田舎町にあり、年中ほとんど景色も変わらないからめちゃくちゃ退屈なところなんだ。


何時間も風に吹かれて同じ動きを繰り返している

草木ですら何か新しいことを教えてくれれば

いいのにと思ってしまうほどね。


ただ唯一退屈を紛らわせてくれるのが

空を眺めている時だった。空の奥の方に

何か新しい雲が浮かんできては形を変えて

小さくなって消えていく。変化に富んだ風景を

見せてくれるからいつまで見ていても

飽きないものだ。


ふと西の空を見ると、遥か遠くで

何やら巨大な物体が風に流されていた。

急いで戸棚から双眼鏡を取り出し

レンズ越しに覗いてみると

見たこともないような形の飛行船が

空をかき切るように進んでいたんだ。


その飛行船は風の如く前へ前へと突き進み

雲の底で遠近感がおかしくなったんじゃないかと

疑ってしまうほど巨大な船体を空中に浮遊させ

ながら西から東へと移動していき

あっという間に点のようになってしまった。

 

今まで図鑑の中でも見れなかったようなものが

目の前に現れたもんだから僕は興奮のあまり

思わず身を乗り出してしまい窓から

転落しそうになった。


「ランネル!何してんだよ!」

そう言われて僕は夢から覚めたように

声のする方に顔を向けた。


声の主はリビウスという僕と同じ部屋で

暮らしているキツネ獣人の男の子だ。

リビウスは慌てた様子でこちらに駆け寄ると

腕を掴み引っ張りあげた。


「おめぇ、そんなに乗り出したら危ねえだろ!

 もう少しで落ちるところだったんだぞ!」


「ご、ごめんって…だけどさ、

 あんな飛行船初めてみたから…つい」


「飛行船?」


「ほら、あの雲の先に飛んでいる…あれ?」

そう言って上を見上げると、先ほどまで浮かんで

いた飛行船の姿は何処にもなく、奇妙な形の雲が

浮く青い空に戻ってしまっていた。

まるでさっきまでの光景は全部夢だったとでも

いうように、全てが元に 戻っていたのだ。


「どうせまた幻でも見てたんじゃねえの?」


「ち、違うよ!本当に見たんだってば!

 こーんなにデカくて、プロペラもついてて

 雲よりもずっと早く飛んでいるのをさ!」


と両手を限界まで広げてなんとか伝えようと

したが、リビウスはしらけた顔をしながら

呆れていた。


「きっと何かの見間違いだな

 そんな大きな飛行船がこんな

 田舎の空の上を通るわけがねぇ」


「そりゃみんなはそう思われてるかも

 知れないけど…でもホントのことなんだよ!」


と僕らが言い争っているのに気がついたのか

部屋に若いシスターが入ってきた


「はいはい、2人で盛り上がってるとこ悪いけど

その話はおしまいおしまい、そろそろ午後の

お祈りに行かないと、神父も待ってくださって

いるのだから早く支度しなさいよ」


と言い捨てると部屋を出て他のシスターたちと共に礼拝堂へ向かっていった。僕は不貞腐れながらしぶしぶ後について行った。




礼拝堂はこじんまりとしており、古い木製の柱が

並んでいて、美しいステンドグラスからは

光が溢れている。細かい装飾がある祭壇には

神様の像が祀られており、天井からは綺麗な

シャンデリアが釣り下がっている。


聖歌隊の美声や鐘楼の鐘の音が重なり合い、

なんとも言えない神秘的な雰囲気に包まれていた。あまり信心深くない僕でさえ、本当に神様が

いるんじゃないかと思ってしまうほどだ。


「本日も聖フレスタード教会にお集まり頂き誠に

 ありがとうございます。ではさっそくですが

 ミサを始めたいと思います。

 聖典248ページをお開きください」


と言って神父様が読み始めたのは

神様への感謝の言葉だ。僕はこういう堅苦しい

ものは嫌いなのであまり聞いてはいなかった。

だからこのミサが早く終わらないかと

ステンドグラスをボンヤリ見つめながら

聞き流すことが慣化している。

さらに今日に限ってはさっきの飛行船のことで

頭がいっぱいで神父さまの話なんか

耳にすら入って来なかった。


さっきの飛行船はいったい何だったんだろう?

どこから来たんだろう?何が目的なんだろう?

…とボーっとしながら考えていたとき

何かが背中を撫でる感触がした。

振り向くとリビウスがこっそりと僕の

サスペンダーを外そうとニヤニヤ笑っていた。


リビウスはイタズラ好きでちょっかいを

かけてくることも多く、いつも面白いことが

ないか探しては僕に見せびらかしてくる。



「なんだよ気づいちゃったのかよ〜」


「バレバレなんだよ

 そんなんじゃ気づくに決まってる」


「ちぇっ、もうちょっとで上手くはずせそう

 だったのにさ、次は絶対やってやるもんね!」


「やめてよ、何でいつもそうやって

 くだらないイタズラするのさ?」


「おめぇはいつもボーっとしてるから

 ひょっとしたら気づかないんじゃないかって

 試したくなったんよ」


「はあ…まぁやれるもんならやってみなよ?

 そんな調子じゃ、いつまで経っても

 出来っこないと思うけどね」


「な、何だと?できるに決まってんだろ?

 い、今のはちょっと手が滑っただけだ!」


「ふ〜ん、じゃあもう一度やってみてよ?

 ほら、どこからでもかかってきて良いよ?」


「できねえよ」


「どうして?」


「だって、 おめぇが事前にやるの分かってたら

 不意打ちできねえし…それに…その…」


「やっぱりできないんじゃないの?」


「で、できるよ!できるに決まってらぁ!

 次までに絶対やってやるからな!」


「もしできなかったら?」


「で、できなかったら…

 その…えっと…オレのズボンでも

 何でも好きなようにしていいぞっ!」



と僕らが言い争いをしていたら後ろからコツコツと足音が聞こえてきた。足音が止まったと思うと

襟元をぐいっと掴まれ持ち上げられた。


恐る恐る振り返ると、この教会で怒ったら

1番怖いと噂されている院長のネグリさんが

不気味なくらいニコニコな笑顔をしながら

仁王立ちしていた。


「ランネル君?リビウス君?

 教会のおやくそく第6番はなんだい?」


「れ、礼拝中は静かに、することです…」


「もし静かにできなかったらさぁ?

 どうなるんだっけぇ?」


「お、お仕置きとして、に、庭の草むしりを」


「この注意さぁ…何回目だっけぇ?」


「お、覚えてないくらい…たくさん…」


「それがわかってるんならぁ!

 どうしていい歳こいたアンタらは!

 いつもいつも騒いでるのさっ!!

 ぜんっっっぶ聞こえているからねえっ!!!」


とニコニコとした笑顔が消え去り鬼のように

豹変した顔に怒鳴りちらされた。


「ひいいい〜!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ〜い!!」

僕らは椅子から引きずり降ろされると両脇に

抱えられてつまみ出され前庭に放り出された。


「今日という今日は許さないよぉ!

 いいかい?この門から入り口までの

 道沿いの草、ぜーんぶ抜くんだよ?

 サボったり誤魔化したって ダメだからね?」


「わ、わかりましたぁ!」


「夕方まで終わらすんだよ?

 じゃないと晩飯抜きだからね!

 さあ始めな、早くしないと日が暮れちまうよ」


 「はいぃぃ〜!!」

 と情けない声を出したのと同時に僕と

 リビウスは並んで前庭の草を引き抜き始めた。




「どうしておめぇなんかとこんなことに……」


「そりゃこっちのセリフだよ!

 お前が僕にちょっかいなんか出さなきゃ

 こんなことにならなかったんだよ!」


「だっておめぇが暇そうにしてたから

 遊んでやっただけなのに」


「そういうのが迷惑なんだよ、礼拝中は

 静かに話を聞いてなくちゃだめなんだよ?」


「話を聞いてなかったのはおめぇもだろ!」


「なんだと?僕のどこが聞いて

 なかったっていうんだよ!?」


「退屈そうによそ見してたじゃねーか!」


僕は我慢ができなくなり、引っこ抜いてたものを

放り捨ててリビウスに飛びかかった。


「うおっ!なんだって

 いきなり飛びつきやがって!」


「口で言っても分からないなら

 こうするしかない!」


「なんだとこの野郎!!」


「いで、いででで!」


「はなせ!はなせよ!」


僕らは取っ組み合ったまま砂利道を

転げ回っていくと、お互いの毛や尻尾を

引っ張ったり噛みついたりしながら

草が生い茂る庭で傷まみれになった。

しばらくして体力が尽き、フラフラとよろけた

僕らは大の字になって地面に倒れこんだ。


「はあ…はあ…」「うぐっ…ゲホッ…」

お互い肩で息をしながら、仰向けになって

空を見上げた。空はまだ青く澄んでいたが、

雲が少しずつ茜色に染まり始めていた。

そんな空を見ていたらなんだか

気が抜けてしまった。


疲れきった僕らは寝そべったまま

しばらくの間ぼーっとしていた。



「ねえ…リビウス…」


「……なんだよ」


「もうやめようよ…疲れたよ…」


「そう…だよな…オレたち

 こんなことしてる場合じゃねえよな…」


「そうだよ…このままじゃ

 草むしりすら終わらないよ…」


「だな…早く終わらせねえと…

 ネグリさんが言ったとおりになっちまう…」


「やろっか…?」


「やろうぜ…」


リビウスはゆっくりと立ち上がると僕の

手を掴んで起こしてくれた。それから僕らは

日没のギリギリまでせっせこと草むしりをして

なんとかノルマを終わらせることができた。

ふと西を見ると夕陽が今にも地平線の先に

沈みそうになっており、鐘楼からは午後5時を

知らせる鐘の音が響き渡っていた。


じんじんと痛む手は喧嘩をしたのもあり

赤く腫れていて泥まみれで傷だらけだった。

僕らはその手を眺めながら孤児院に戻ると

呆れ顔をしたネグリさんが入り口

付近に立っていることに気がついた。


「草むしりをして、少しは改心したかい?

 …って傷だらけじゃないか⁈

 いったいどうしたっていうんだい?」


「その…途中で揉めて喧嘩になっちゃって…」


「まったくアンタらはバカだねぇ…

 ほれ、いつもより早く風呂を沸かして

 おいたからさっさと入ってきな」


「え?」


「そんな汚れまみれの体じゃ

 食堂には行かせないよ、

 それに傷の手当てもしてあげないとねぇ…

 ほらさっさと入った入った!」


「は、はい!!」



僕らはネグリさんに一礼すると

駆け足で浴場に向かった。

(ネグリさん…きっと僕たちが泥だらけに

 なって帰ってくるのをあらかじめ見計らって

 予定より早くお風呂を沸かしてくれたんだな…)


湯船に浸かりながら僕らが帰ってくる時間まで

先読みしていたネグリさんの予測能力の高さに

思わず感嘆の声が漏れてしまった。



「はぁ…それにしても

 今日は大変だったなぁ…」


「まったくだよ、揉め事なんてしなけりゃ…

 草むしりすることなんてなかったし、

 こんな傷だらけにもならなかったはずだもん…」


「でもおかげで熱々の一番風呂

 に入れるから良かったけどな!」


「まあそれは言えてるね」


「あぁ……毎日こうやってゆっくり

 風呂に浸かれたらいいんだけどなぁ……」

リビウスは湯船の縁に頭を乗せると

ふぅ…と息を吐きながら言った。


「贅沢言うなよ、ここに住まわせて

 もらってるだけ感謝しなくちゃ」


「まあなぁ……」



僕たちはしばらく黙って

湯船に浸かっていた。

気だるい雰囲気が漂う中

リビウスがふと口を開いた。


「なあ…ランネル」


「ど、どうしたの?」


「いやさ……

 ここに来てからもうどれくらい

 経ったっけなーってふと思ってな」


「あー…僕は覚えてないや、

 物心ついた頃にはここに居たもん」


「そっかぁ…」


「リビウスはどれくらいここにいるんだっけ?」


「そうだな…オレはたしか6歳くらいの時に

 身寄りがないからここへ来たんよ、

 父ちゃんは戦争に行ったっきり帰って

 来なかったし、母ちゃんはその後すぐに

 病気で死んじまった、残されたオレと

 兄弟たちはそれぞれバラバラになったわけよ」


「そうだったんだ……

 辛いこと思い出させてごめんね…」


「気にすんな、もうずいぶん前のことさ」

リビウスは僕の肩に手を置くとニッと笑った。


「オレはここに来れてよかったって思ってるぜ、

 子供の家のみんなはオレらのこと家族だって

 思って接してくれてるしさ…

 それにランネルがいるからな!」


「え、僕?」


「そうだ、おめぇがいなきゃこんな

 愉快な日々なんて送れてねぇよ!

 おめぇがここにいてくれなかったら

 どうなってたことか」


「そうなのかな……あはは……」


僕らは微笑しながら湯船から上がると

脱衣所で体を拭き、服を着ると浴場を後にした。



「アンタら遅かったねぇ

 長風呂はさぞ気持ちよかったかい?」

とネグリさんが不機嫌気味に声をかけてきた。


「はい!とてもよかったです!」


「そうかい、身も心もさっぱり

 したようだね、ほら、腕をお出し」


「へ?」

リビウスと僕は驚いて顔を見合わせた。


するとネグリさんが呆れた表情で言った。

「なんだいその顔は?ほら、早く出しな」


2人で恐る恐る手を差し出すと

ネグリさんは僕らの手に軟膏を塗ってくれた。

その薬はとてもいい匂いがして

スーッと染み込んでいった。


「こんな怪我になるまで喧嘩するんじゃないよ」

と言いながら優しく手を包んでくれた。


「は、はい!!もうしません!!」


「分かったならさっさと食堂にお行き!

みんなアンタらを待ってるんだよ!ほら早く!

ホカホカな晩ごはんが覚めちまうだろ?」


「は、はい!わかりました!」


ネグリさんに一礼すると僕らは慌てて

食堂へ向かった。途中でふと振り返ると

ネグリさんがこちらに向かって微笑んでいた。

その微笑みは慈愛に満ちたような、

でもどこか哀愁漂うような不思議な感じがした。


「どうしたんですか?」


「いいや、なんでもないよ」

と微笑むと僕らに背を向けて

事務室へ戻っていった。



僕は不思議に思いながらも食堂の戸を開けた。

食堂にはもうすでにみんなが集まっており

席について待っている状態だった。

どうやら僕らが最後のようだ。


僕らは恥ずかしがりながら空いている席に座ると『いただきます!』という威勢の良い声が響き

同時にガヤガヤと賑やかな食事が始まった。


今日の献立はパンに焼き魚、スープとサラダと

いったごくシンプルなものだったが、どれも

美味しくて頬っぺたが落ちそうだ。


食事を終えて皿を片付けた後に

僕はもう一度図書室に向かった。

今日の朝、あの窓から見たあね飛行船が

いったい何だったのか気になって気になって

仕方がなかったからだ。


薄暗い中、ランプの光を頼りにずらっと並んだ

本棚から航空関係に関する図鑑やら歴史書を

片っ端から開いて見落としてないか読み漁った。

しかしどの本を見てもあの飛行船のことは

どこにも載っていなかった。


やはり僕が見たのは単なる幻だったのか?

それとも軍が極秘で作った未知の兵器なのか?


不思議に思い首をかしげていると後ろの扉が

ギーッと不吉な音をたてながら重々しく開いた。


え…? 誰…?


ネグリさんは事務室にいるはずだしシスターたちはとっくに自分の部屋に戻ったはず……

僕は震えながら恐る恐る振り返りランプを

かざした。顔をあげるとそこにいたのは

リビウスだった。


「ここに居たのか…おめぇの部屋に行っても

 いなかったからよ、探したんだぞ?」


「あ、リビウスかぁ……びっくりしたぁ……」

僕はほっと胸を撫で下ろすと

ランプを本棚に戻した。


「何だってこんな遅え時間に図書館に…?

 何か用でもあったのか?」


「うん、ちょっと調べたいことがあってね」


「そっかぁ……ん?何読んでたんだ?

 随分と難しそうな本だな」


「飛行船や飛行機についての歴史書さ、

 今日の朝見たあの飛行船が載ってないか

 探したんだけど、なかなか見つからなくてね」


「おめぇって飛行船とかそういうの好きなんか?」


「もちろんだよ、小さい時からずっとパイロットに憧れているんだ、いつか飛行機に乗って大空を

飛び回ってみたいってね、あの雲の向こうに僕たちはまだ見たことも聞いたこともない世界が広がっているって思うだけでワクワクしてきちゃうんだ」


「へぇ〜、おめぇって案外でかい夢もってるな」


「そんな大層なものじゃないよ、

 ただ純粋に空に惹かれてるだけさ」


リビウスはふぅんと言いながら僕の隣に腰掛けるとまじまじと表紙を覗き込んだ。


「オレには飛行機とかパイロットとか

 よく分からんけどよ…

 おめぇのその夢を想う熱い気持ちは誰にも

 負けないくらい強いと思うぜ?」


「そ、そうかな?」


「ああ、おめぇは頭もいいし努力家だし

 何より根性があるからな、

 きっと優秀なパイロットになれるはずさ」


「そうだといいな……」


「自信持てよ、おめぇのそばに1番いた

 このオレが保証してるんだぜ?」


僕は自分の夢を肯定してくれる

存在がいることが嬉しくて嬉しくて

つい涙がポロポロと溢れ出してしまった。


「お、おい……泣くなよ!

 そんな泣くようなことなんて言ってねえよ?」

リビウスは僕が泣いているのを見て

あたふたし始めた。そんな彼の姿がなんだか

おかしくて僕はつい笑ってしまった。


「あははっ、ごめんごめん、ただ嬉しくてさ……」


「ったく……おめぇってやつは」

リビウスは苦笑しながら

僕の涙を優しく拭き取った。



その時、横にあった振り子時計から

ボーンボールと低い音が聴こえてきた。

よく見ると時計の針は消灯時間である午後11時を

指していたのだ。


「やべぇ、急いで戻らないと、こんな時間に

 なっても部屋にいない事がバレたら

 タダじゃ済まされないぞ⁈」


リビウスは慌てて立ち上がると僕に

手を差し伸べた。僕はリビウスの手を握り返すと

2人で廊下を走り、見回りが来る前に急いで部屋に戻っていった。

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