神葬る

實鈴和美

第1部 鉄屑の荒野〈アリウム〉

第1章

第1話 その世界、ナイアガラの滝に非ず

かむ‐はぶ・る【神葬る】

[動ラ四]神として葬る。




   †


 ナイアガラの滝という花火をご存じだろうか。

 地上数十メートルの高さに張られたワイヤーに吊るした火薬入りの大量のランスを一斉点火すると滝のように火花が流れ落ちる豪勢な仕掛け花火の一種である。眩いほむらの飛沫が夜の闇に顕現する光景は肖った名の通り圧巻且つ息を呑む美しさをもって人々の心を掴んで離さない。

 その滝をある日某所開催の花火大会で観覧した綾女あやめの従姉は悟った。学園物、ラブコメ、セカイ系、デスゲーム、ほっこり、あやかし、○○くんと✕✕ちゃん、デザイナー泣かせの最早タイトルではない長文タイトル、エトセトラ。一度成功すると我も我もと似たり寄ったりの作品が世に出される様は正に挙ってランスを繋げているようだと。そして年単位で続くブームとして成功した滝はきっとギネス記録(三千メートル以上)など目ではないほど長く長く果てしなく延びているのだろうと。

 ここまで滔々と――喩えに則るなら点火したての噴出花火の如く――語った従姉こと時子は一旦口を閉じ、その手持ち花火で狙い撃ちされた雑草同然に為す術無く固まっていた綾女に重々しく告げた。


『でもな綾女……いくらスクロールしてもしてもコピペ張りの長文タイトルとあらすじとネタしかずうっっっっと出てこーへんの、もううんざりやねん!』


 要するに愚痴だった。余談だが時子は生まれも育ちも関西である。

 彼女の気持ちは解る。中学時代、パソコンとスマートフォンを手に入れ自由なネット環境を手に入れた読書好きの綾女は真っ先にアマチュアのネット小説が投稿される大手サイトに飛びついたが、何せ綾女の嗜好は流行り物には五周遅れでも手をつけない時子にそれなりに影響されている。好みの物を読み倒した後に試しにと総合ランキング上位や新着欄を漁ってみたがまあ綾女のに全く合わない猫も杓子も同じ設定・展開のものばかり。おまけに百字は軽く超える、タイトルがあらすじな代物がずらずら並ぶ検索結果は圧が強過ぎて無言でブラウザを閉じてしまった。ナイアガラの滝流行は一所で眺めて部分的に楽しむ分には良いが光の奔流に興味を持てないまたは飽きてしまうと話は変わる。

 結果、何人かのお気に入り作者だけをブックマークした綾女は元の紙の本とテレビゲームにどっぷり浸かる生活に戻った。思い出した頃に検索をかけて良作探しをするため一応大雑把にネット上のブームは把握しているが、異世界転生、婚約破棄、チート、成り上がり、追放、溺愛、ざまぁ……コミカライズ化の波もあってかここ数年ほとんど変わっていない流行はやはり時子との相性も悪いようだ。お土産のマドレーヌを咀嚼し飲み込んだ綾女は需要と供給が噛み合わないって辛いよねとお茶を差し出した記憶があるし、綾女も未だその辺りとは相容れずである。異世界転移は児童書では比較的メジャーで馴染みがあった故好きだが昨今のキャラ文芸はそこに溺愛とざまぁが容赦無くぶち込まれるのが辛い。

 しかし――しかしだ時子ねえ。今この状況下では滝の一部になりたいと願う従妹を許してくれないかと綾女は考えずにはいられない。

「最近の転生や転移先って、中世ヨーロッパ風の綺麗な町、とか、人がいなくても、緑豊かな森の中が、メジャーって、聞いて、たのに……なん、で。なんっで」

 積み本を詰め込んだ帆布のトートバッグを地面に下ろす――事はできず、なけなしの腕力で胸元に抱え込み頽れんばかりにしゃがみ込む。

 はー……と。大きく長く息を吐き、吐き切って、吸い込んで。


「なんっで、荒野!」


 オタクのロマンでありサブカルチャーの分野の中でも手を変え品を変えて生き残る異世界転移を、大学一年生の夏休み八日目に米原綾女は果たした。


 そして――上は曇天、下は荒れ地。見渡す限り地平線しか望めない実に広大で寂寥感漂う荒野で彷徨っている現状に、叫んだ。

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