ラッカセイ流星群

水風船

どんぐり

今、デュラム老人は死の淵にいます。彼を看病しているのは、眩いランプの灯と屋根裏に住んでいる野ねずみだけです。


少しばかりして、老人はじっと天井を見つめながら身震いをしました。


その事に気が付いたランプの灯は老人のみにくい顔を明るく照らしながら申しました。


「ご老人、私が貴方の足のつま先から額まで全て照らしてさしあげましょう、これで寒くないはずです」


ランプの灯はより一層の眩い光を放ち、老人を暖かい光の中に包み込みました。


「どうです、寒くないでしょう?」


しかし老人は天井を見つめたまま、何もいいません、橙色の暖かな光がただ、老人の顔を照らしているだけです。


ランプの灯はふと老人の目線をたどって天井を見てみました、すると、その天井に僅かな隙間がある事に気が付いたのです。


しばらく老人の看病をしながらその天井を眺めていると、僅かな隙間から小さなどんぐりが一つ落ちてきました。そのどんぐりは老人の鼻付近に落下して、頬骨に当たり、ベッドの脇に転がりました。


「あ!ごめんなさい!」


野ねずみが天井の隙間から慌てた素振りで顔を出しました、赤い鼻先が外の厳しさを物語るようでこちらまで寒くなりそうです。


「こら野ねずみ、ご老人は今大事を取られておるのだぞ、木の板が外れたらどうする、そこをウロチョロするでない」


ランプの灯が言いました。


「老人にはやく元気になってもらうために、どんぐりをあげようと……」


野ねずみはつぶやくような感じで申します。


「今、老人に必要なのはどんぐりなんぞではない、そもそもこんな雪の積もった日に木の実を取りに行くとは……」


ランプの灯があまりに厳しく叱るものですから、死の淵にいる老人が今にも途切れそうな息を吐きながらゆっくりと申しました。


「二人さんよ心配なさらなくてよい、なるようになる」


野ねずみとランプの灯は黙ってしまいました。

それは大好きな老人の声を久しぶりに聞いたからでもあって、その声が枯葉のように乾いていたからでもありました。


少しの沈黙の後、ランプの灯は暖かい光を少しづつ弱めながら申しました。


「ご老人、いつも私に油をそそいでくれた老人、あなたが消えるのなら私も同じように消えるでしょう、またどこかであなたを暖めるために……」


ランプの灯はゆっくりと光を弱めて、次第に自分のガラスを照らす力も無くなり、ついに灯が途絶えました。


野ねずみは天井から老人をじっと見つめています、端に見える沢山のどんぐりが今にも転がり落ちてきそうです。


野ねずみはどんぐりの方を見ました、そしてもう一度老人を見ました。


そして野ねずみは何も言わず、かぶりをふって外へと走り出しました。


木の板が揺れて沢山のどんぐりがポトポトという音と共に老人の顔に落ちてきました。


どんぐりは老人の顎、頬骨、鼻先、額、ありとあらゆる所に落下し弾けました。


そしてしまいに老人の枕元はどんぐりだらけになってしまいました。


ただ、老人はそれに気が付くことはありませんでした。雪の降る寒い朝方の事でした。








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