第4話 ■悪役令嬢とヒロインと断罪と ―Plum―


 ――私は非常に気分を害していた。

ココリーネ。絶対許さない。


 私は、受け取った手紙をグシャ、と握り潰した。


 まず、リアの『報』が届いて、自宅組は蜂の巣をつついた騒ぎとなり、ブラウニーを会社から呼び戻した。

 そこへ、ココリーネ(リンネ)からの手紙が着た。


 手紙には、

『リアを預かっている。返してほしければプラム一人で俺に会いにこい』

 とあった。


 そんな手紙を見て、ブラウニー達が大人しくしているわけはない。

 その割に場所の指定はなく……短い相談の結果、ブルボンス家に向かう事になった。


「心配いらない。お前は家で待ってろ」

 ブラウニーはそう言うと長男のヴァレンも連れて出ていった。

 アドルフさんとギンコも飛び出て行った。


 怒らせるとやばいのが4人出ていった。

 ブルボンスから死人がでませんように……。

 えっと、主神と地母神どっちに祈ればいいんだ。最近悩む。


 そしてその後。

 元ココリーネのリンネがヒースの我が家に侵入してきた。


 ブラウニー達が出ていくのを見計らっていたようだ。

 ブラウニー達も、リアの事で頭がカッカしていたから、まさか自宅にリンネが侵入するなんて思わなかっただろう。


 しかし、リンネは弱かった。

 私のいる場所にたどり着くまでに、ガーゴイルにボコボコにされた。


「馬鹿じゃないの? 以前、私がこの家から攫われてしまったのは、ギンコが強かったからだって、わかってなかったの?」

「嘘だろ……。俺だって風の精霊と契約したのに……」

「契約しただけで同じように使えるって思ってるわけ?」

「だって、ゲームではよ」

「まだゲームの話してるの」

 せいぜい簡単な精霊魔法ぐらいで魔力を持たないリンネなんて、うちのガーゴイルたちの敵ではない。


 そして、私がブルボンスに囚われていた条件も彼自身忘れてしまったのか。

 あの時、私は魔力を封じられて手も足もでなかったって事。


 ブラウニーのように戦闘のセンスもない、身体も鍛えてない、ただちょこっと精霊魔法を使えるだけのボンクラには流石の私でも負けはしない。


「母さん……ガーゴイルが動いてたけど。あれ、そのおじさんだれ?」

眠い目をこすりながら一番したのチビが起きてきてしまった。

昼寝の時間だったのに。


「ああ、ブラッド起きちゃったの? このおじさんは、悪い人だから母さんちょっとお仕置きしてるの」

「……僕やるよ?」

 茶髪組の中でも特に目の色が明るくて黄色に近いその瞳に静かな殺意が宿る……。

 幼い癖に言う事がちゃっかり茶髪組だ……。 茶髪組の言動は、教育に悪くて困る。

 桃髪隊と比較すると、育て方を間違えたなんて事は無いはずなのに、おかしい……どういう事なの。


「ううん、ブラッドは……そうだ、好きなお菓子を食べてていいからお留守番してくれる? あと、誰か帰ってきたら、ダミアンのとこにいるって言ってくれる?」

「わ、ほんと!? いいよ! でも早く帰ってきてよ!」

 好きなお菓子選択権を与える。フフン、ブラウニー似とは言え、まだ幼き子供ね。

ブラッドは、嬉しそうに食堂に走っていった。


「ブラウニーにそっくりだ……」

「そりゃブラウニーと私の子供だもの」

「……チッ」

「なんなのよ」

「俺が結婚してやるっていっただろ!」

「…………」

わたしは、リンネの襟首を掴んでひこずって廊下を歩いた。


「な! なにすんだよ! 追い出すつもりか!? 話くらいしろよ!!」

「私は、これでもう、本当にあなたと会うのは最後にしたい。ココリーネ」


 そのまま、ヒースの人工森までひこずっていく。

「痛ってえええ! 自分で歩くから治せよ! ……プラム、話せばわかるって。なあ、迎えにきたんだよ。俺と一緒に行こうぜ」

「……そうだね、とてもいいところに連れてってあげる。そうだね、一緒に行こうね」

「何だよ! この気持ち悪い森は! まさかここで俺を殺すつもりか!?」


 気持ち悪い森……?

 アドルフさんが造ったこの美しい森を、気持ち悪いっつった?

 つくづくこいつとは気が合わない。


 私はヒースの人工森の中にある、異界の扉に入った。

「な、なんだよ、ここは」

「あなたが行きたがってた魔王城があるところだよ」

「な!?」

 異界に入った瞬間、私は『絶対圏』に接続した。


「連れて行ってあげる」

 私は魔王城へテレポートした。


「プラム様、お久しぶりです」

 ダミアンが迎えてくれた。


「ま、魔族!?」

「頭が高いわよ。今の魔王様なんだから」

「照れます」

「ダミアン、牢屋借りていい? この人をしばらく鎖でそこに繫いでもらいたいんだけど……こんな年齢になっちゃったけど、私があなたのために着れるお洋服はあるかしらね?」

「……取引ですね、勿論でございます」


「と、取引!? プラム、お前、魔王といったいどういう関係なんだよ」

 怯えまくっている。あなた魔王倒すって言ってたんじゃないの?

 本当に口だけね。

 公爵家のバックアップがなければ、そしてライラック殿下がいなければ、何も出来ない人。

 なのにヘタな自信だけは持っている人。


「友人」

「ただの友人でございます」

「どうなってるんだよ!?」

「あなたに教えてあげる必要はないよね」

ダミアンの配下さん達に、リンネを預ける。


※※※


 私は、まるでカラスの翅が集まったかのような、黒いドレスをダミアンの依頼で身につけた。

 わー、悪役っぽい。

 胸元もめっちゃ開いてる……ブラウニーが見たらなんて言うだろう……これ。

 それはさておき。


「……さて、牢へ行ってもいいかしら」

「勿論でございます」


 私はテレポートした。


「わ!?」

 目の前に私が現れてビビるリンネ。

 リンネは鎖で囚人のように繋がれている。

 私は手近に用意されてあった椅子に腰掛ける。

 気が利いてるね、今度クッキーでも焼いて持ってこよう。


「なんだよ!? その格好!? ヒロインがする格好じゃねぇよ!?」

「よくその状態で喋る第一の言葉をそれにできるね。

 あなたのその自分好みじゃない装いに対する文句、大っ嫌いだったわ」


「もしこのまま、私があなたを監禁したら、昔と立場が逆転するよね」

「俺を監禁してどうするつもりだよ。……そういうのが好きなら飼われてやってもいいぜ?」

 そういう気持ち悪い発想はどこからでてくるんだ……。

「別にしないわよ。あなたを飼うなんてお断りよ。ただ言ってみただけ。……それより」


「よくも、ウチの娘を攫ったわね」

 私は足を組んだ。


「……そうじゃなきゃお前、俺に会おうなんてしないだろ」

「わかってるじゃない。……まったく、ライラックに襲われそうだって手紙も親切に送ってあげたのに、なんなの? 恩を仇で返していくスタイルなの?」


「親切? なんだかんだ俺のことが好きで手紙送ってきたんだろ? ツンデレヒロインか?」

「……は? たった一回手紙送っただけで、なんでそうなるのよ? きも」


「夫婦になるって約束しただろ。そろそろ約束を果たそうぜ。ほら、俺ちゃんと男になっただろ」

 この手の人ってどうして、既に私と約束したことになってたりするんだろう……。

 火で死にかけた事件のあの男もそんな感じだった。


「そんな約束した事ない。あなたが勝手に言ってただけ。男性になれてよかったね。ちゃんと愛する女性を探せばよかったのに」

私は椅子から立ち上がった。


「ねえ、確かあなた、一番最初に私に頼んだわよね? 殺さないでくださいましって……。

それからいっぱい教えてくれたよね、『ゲーム』のこと。そして、『断罪イベント』のことも。

ねえ、そして、この部屋には。あなたの言う『悪役令嬢』と『ヒロイン』がいるわけで……」


「は? ……何言って、まさか『絶対圏』を使って俺に、何する気だ!?」


「もうね、あなたに関しては、私もうね、許せないの、本当。

 ……だから、あなたに、あなたが一番嫌かなって思う結末をあげる」


「……プラム、お前、本当に、ヒロイン、だよな? いいか、ヒロインっていうのは他の男どもが俺を断罪するーって言ってきても一人お前だけは悪役令嬢が可哀想だって声を上げるもんなんだぜ?」


「私はヒロインなんかじゃない。……ただ、普通の人間でもない。私はこの世界の地母神の『分霊(わけみたま)』なんだそうだよ。

私は地母神の代理であり、その端末。

あんたがゲームだと思っていたイベントの数々はね、この世界においては私の選んだ相手が地母神の夫となる、という儀式だったのよ。

ちなみにもうとっくの昔に主神は決まったわ。」


リンネはさっぱりわからない、といった顔をしている。

まあいい。どうせもうすぐ記憶は消す。


「あなたの故郷でこの儀式がゲームになったのは……この世界の筋書きを知ってる人が死んだせい。そいつがあなたの故郷でここでの記憶を思い出してそれをネタにしてゲームを作っただけ」

「なんだって……?」


「いつまでこの世界をゲームだと思ってるの? ココリーネ。

 つまり、ここは現実。すこし攻略対象落とすのに成功したからって、前世の記憶に頼りすぎたね」


「まあ、私も真実を知るまでは、あなた達転生者の言葉にとても、惑わされたけど」


 リンネが青い顔をしている。

「だから…って、でも…。俺は…」


「多分、そのまま皇太子殿下の婚約者やってても、普通に暮らしてたら断罪なんてされなかったでしょうね。まあ、あなたは殿下と結婚したくなかったみたいだから……普通に家出でもすればよかったのに。

……なのに、私とブラウニーを引き裂いた……!!」

今思い出しても悲しくて腹が立つ!! 思い出して涙が出た。今でもまだトラウマだ。


「今だって、私達はただ平和に暮らしていただけなのに、私達の娘を攫って、しかもこの私達の聖域のヒースに入り込んだ。私はもう絶対あなたを許さない。断罪っていうやつを、ざまぁってやつをやってあげる」

「……何を、するつもり…だ…?」


「勿論教えてあげる。そうじゃないと意味がないから」

 私は鎖で吊られているリンネの胸元に手をあてた。


「――これから、あなたを女性にもどして、あなたの前世の記憶を消してあげる。

これからは、男だった記憶に苛まれないで生きていけるようにしてあげる。」

「はあ!?」


 でも、その前に。

 ――私は視る。

 ブラウニーはアレは放置で、とは言っていたけど。

 ああ、やっぱりある。


 皇太子殿下の神性に比べたら、とても小さいけれど。

 どうしてこいつに神性が与えられたのかわからないけど、この小ささは――事故かもしれんね。

 前にギンコやリンデンの視た時に、殿下のとほぼ同じだったし。


「い…いや…だ! そんな事できるわけないだろ!! え…な、なにするんだおまえ!!――う!」

 鎖がジャラジャラとうるさい。


 私はリンネの『神性』を引き抜いた。

「小っさ……」


 私はそれを、床に落として、ヒールで踏み潰した。

 小さなそれは、あっというまにキラキラと舞い散った。

 もう『ゲーム』は関係ないけど、こいつが攻略対象だった証を持っているのが気に食わなかった。

 消えてしまえ。


「小さいってなんだよ、それ。今なにしたんだよ!?」

 殿下は大事なものだから返してくれって懇願したそうだけど、こいつはそうでもなさそうだ。

 小っさいからかな。まあ、どうでもいいけど。

 殿下のような執着が神性になさそうなら、多分壊してもブラウニーみたいに執着されないだろう。

 そんな風に感じた。


「静かにしなよ。すぐ終わらせてあげるから。ここからが本番だよ」

 そして、リンネの額に手をあてて力を流し込む。


「あ……!ああ! 痛ぇ!? 身体がギシギシと……ああ!!」

 『絶対圏』を使って無理矢理、性別を変化させる。

 骨格が変わり、筋肉が変質し、多少の痛みはあるだろう。

 痛みなんか消してやらない。


 腕が細くなり、身体全体が華奢になっていく。

 ああ、歳をかさねても、身体は小動物だね、ココリーネ。

 お可愛らしいこと。


「俺の……身体が……っ」

「可愛いよ? 自信を持って? ……ホント、これから記憶を消すのがもったいないって思うくらい可愛いよ?」

 私は笑顔を浮かべた。


「……や、やめてくれよ。頼む。俺が悪かった!! 謝るから!!」


「そんな謝罪は信じられないよ。

 こうでもしなければ、あなたはそんな事、口にもしなかったでしょう。今はもう、謝罪が間に合う段階じゃないんだよ。ココリーネ」


 ココリーネは涙を浮かべ始めた。

「もう、二度とお前の前に現れないから! 子供にも手を出さない! もちろんブラウニーにも!!」

「当たり前よ。でももう、終わりにしよう。前世の記憶であなたも随分苦しんだんでしょう。

そろそろ解放されておきなさいよ。……そして愛する人と幸せにどうぞ」


「愛する、人?」

「あなたをライラック元殿下に預けてあげる。攻略済みだものね? あなたも責任とりなさいよね。きっと溺愛してくれるよ。そして記憶がなくて不安なところを溺愛されたりなんてしたら、あなたもライラック元殿下を愛するようになるかもね。溺愛エンドおめでとう」

私はニコリ、と祝福するように微笑んだ。


「――い、いや……っだああああ」

 泣き喚こうとしたが、私は一気に力を込めた。


 さようなら、ココリーネ。

 前世も。私達のことも、跡形もなくすべて忘れるといい。


 そして、私は彼女にアラサーからはじめる真っ白な物語をプレゼントした。


 ……ココリーネは、気を失った。

 終わった。

 遠い昔の仕返し。


「プラム……終わったか?」

ブラウニーが、天井をすり抜けて降りてきた。


「……いつからいたの」

「オレとお前を引き裂いた、と叫んだあたりから」


「よく、手を出さなかったね」

「これは、お前の手で決着を付けたほうが良さそうだ、と思った。よくやった」

そう言うとブラウニーは、自分の外套を脱いで、私に着せてくれた。


「……外套着せてくれるんだ」

「……そんな胸元開いたドレス。寝ててもこいつの前で着てほしくないだけだ。ちなみに、似合っていた」

そう言うと抱き寄せてキスしてくれた……けど、そのまま私に抱きついて、落ち込んだ顔をしてる。


「どうしたの? まさかリアになにか」

「いや、リアは平気だ……でも、オレが大丈夫じゃない」

「わかった、話聞かせて。帰ってコーヒーでもいれてバルコニーで話しよう」

ブラウニーは、コク、と頷いた。


 ――その時。

「みっ」

 マロが急に飛び出して、床に飛び降り、キラキラまだ光ってたココリーネの神性を食べ始めた。

「ああ!? マロ!! やめなさい!!」

「あ! おいこら! マロやめろ!! 腹こわすぞ!!」


「みっ みっ」

 結局、全部食べちゃった……。


「マロが……キラキラしている……」

 ブラウニーが青い顔をしている。


「まさかマロが攻略対象に……いや、天空神に……」

「はは、マロが攻略対象なら、オレは勝てないな」

「み?」

 ブラウニーが少し笑った。

 マロの癒しは昔からブラウニーを助けてくれてる。


 ブラウニーも今や、大家族の長だ。

 結局気苦労が多いね、ブラウニー。

 持つものが多いと大変だ。


 ちなみにマロのオチですが。

 次の日にマロが突如、数倍大きくなった為、子どもたちに千切って配る羽目になりました。

「マロが……でかい!!」

 子どもたちは欲しがってたので喜んでたけど、ブラウニーはマロの巨大化を見て、ショックで泣いてた。

 気苦労が耐えなry


※※※


 バルコニーに移動して。

「ココリーネに手紙送ったって聞いてないが?」

 ブラウニーの顔が……と思ったけど、落ち込んでるせいか、あんまり今日は怖くない。


 バルコニーに移動してから詳しく聞いたところ、ブラウニーはリアがギンコの番(つがい)だった事と、それをずっとアドルフさんに隠されていたことにショックを受けた事、さらに自分が留守の間にココリーネがヒースの自宅に入り込んだことで、落ち込んでいる。


 気苦労がホント多いな!

 大丈夫だよ!全部自分で抱えなくても!!


「いや……その、ちょっとした親切心だったんだけど。一通だけ。

 ココリーネが酷い目にあう夢を見ちゃって。……でもそのせいで、リアを危ない目に合わせちゃったね」


 ブラウニーにコツ、と頭をげんこつされた。

「そうだな。親切にする相手は、今後は選べよ」

「うん」


「さてと……」

 コーヒーを飲み終えたブラウニーは、立ち上がった。

「え!? 顔怖!?」


「……ちょっと、アドルフのところへ行ってくる……」

声低!!! そして呼び捨て……!!


「あいつ、殺す……!!」

「ちょ……」

 2Fのバルコニー飛び越えて走っていった。

 アラサーだよ!! 無茶するな!!

 そしてアドルフさん、にげてー!!


 ……まあ、顔が怖いの戻ってきたから、何かしら区切りつけたんだろうな。

 立ち直りは早いほうだよね、ブラウニー。


 ブラウニーが走って行ったほうを、コーヒーを飲みながら眺めていると。

「かあさーん」

 4番目の子供で、10歳の娘のルクリアの声が背後からした。

「ルクリア。どうしたの?」

 ルクリアは悪い顔してニヤニヤしている。


「ちょっとおもしろい話……一緒に聞きにいかない?」

「ほう……?」

 私はルクリアに、早く早く、と、手を引っ張られていった。

 どこへ行くのやら。


 今日は忙しい日だなぁ。


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