無題
東森 小判
第1話
「何だよ、改まって呼び出したりとか。」
駅前のファーストフード店、窓の外の家路につく人並みを眺めつつ、ちびちびと美味しくないコーヒーを飲みながら呼び出した張本人、ひとみに聞く。
久しぶりの呼び出しだけど、今から晩ごはん、ってタイミングで呼び出された上、呼び出した本人は私を30分も待たせるとか、こちとらあんまり機嫌もよろしくない。
だからさっきの言葉に少々棘があっても仕方ないと思う。
それなのに、当のひとみは店に入ってきたときからニコニコと上機嫌で、私の対面に座ってからも、そしてさっきの私の棘のある言葉を聞いてさえニコニコと微笑んだまま。
ひとみにいいいことがあったのはわかったけど、わざわざ私を呼び出してまで話するようなことなのか?
「で?」
甘そうなラテを飲むばっかりで話そうとしないひとみに苛ついて急かす。
もう一口ラテを飲んだひとみがカップをテーブルに置いて、今までよりも更に上機嫌に笑顔をその可愛い顔に貼り付けて私の目を見る。
「あのね、実は、ね。」
「勿体ぶるなって。」
口を開いてからも、なかなか話を切り出さないからこっちも余計にイライラさせられて、ついついひとみを睨んでしまう。
それでもひとみが笑顔を絶やさないからにはよっぽどのことだろうとは思う。
、、、よっぽど悪い話か。嫌な予感というものは得てして当たるものらしい。
「私、野矢さんと付き合うことになったの。」
「、、、は?」
破顔するひとみに怪訝な顔を向けた私。
「野矢って、あの?」
「そう、野矢夏海。」
野矢夏海、クールビューティーねえ。
学年が上がった新学期から同じクラスになった。
容姿端麗だけどひたすら無口。誰とも口を利かずにいつも本を読んでて自分の世界に閉じこもってるようなやつ。そう言えば最近、時々ひとみが野矢と話してたな。野矢も会話することあるんだって意外に感じてた。
で、顔とスタイルがいいから当然男子の関心を引くし、付き合いたいと思うのは必然、だから告白しようってなるのも道理だけど、告白してきた男子を尽く血祭りにあげまくったそうで。それで付いた渾名がクールビューティーというわけなんだけど。
いや、ちょっと待て。
ひとみは女で、野矢も女。
、、、それって、もしかして、大前提が間違ってた?
動揺してるけど、誤魔化す。
「野矢って女じゃん。」
「私、男の子でも女の子でもどっちでもオッケーな人だから。」
よく話題にするのはかっこいいアイドルのことだったりで、ひとみの対象は男だと、女は対象外だと、そう思ってた。
動揺が絶望と後悔に塗り替わっていく。
だけど、それを悟られるわけにはいかない。
無理やり繕った笑顔で、聞きたくないけど、親友ポジなんだからひとみが話したがってることを聞かないと。
「よくまあ、オッケーもらえたもんだ。」
「えへ。」
ひとみ曰く、放課後、調べておいた野矢の帰り道に先回りして待ち伏せ、野矢を発見次第拿捕して告白、見事頷かせたらしい。
それにしても、
「拿捕って、、、」
呆れる私にニコニコと笑って、
「ん?簡単だよ?こう、肩を持って逃げられないように、」
「いや、私にはせんでいいから。」
両手を伸ばしてきたひとみの手を叩いておく。
そういうこと、今の私にはするな。
「もう叩かなくてもいいじゃない。親友の」
その単語に、ちくっとした。
「親友の瑠璃子に最初に話したかったんだから。」
「はいはい、親友ポジだからってのろけられるだけだと鬱陶しいって。」
「ひどい。」
わざとらしい泣き真似をするひとみを睨みつける。
こちとらどういう気持ちでさっきの言葉言ったと思ってるんだ。
「晩ごはん直前で呼び出されたから今日は帰る。」
そう言って立ち上がった私に、
「話聞いてくれたから今日は私のおごりね。」
「当たり前。」
私はさっさと背中を向けて後ろに向けて手を振りながら店を出た。
コーヒー不味かったし、あの店、二度と行かない。
「おはよう、瑠璃子。って酷い顔。」
自分の席に座ってぼんやり窓の外を見てたら、静江が話しかけてきた。というか喧嘩売ってる?
「、、、五月蝿い。」
今朝洗面所で鏡を見た時、充血した目とか腫れぼったいまぶたとか目の下のクマとか荒れた肌とか自分でもこれは酷いとは思ったけど、そうはっきりズバズバ言われたら気持ちいいもんじゃない。
「メイクで誤魔化すくらいしなよ。ん?もしかして一晩中泣いてた?」
「メイクとか面倒くさい。」
後半の質問はスルー。
「それ、花のJKのセリフじゃないよ。瑠璃子は元がいいから普段はメイクの必要もないだろうけど、こういう時くらいしたほうがいいって。面倒くさいとか言わずにさ。」
「、、、元がいいはないから。」
大好きなお母さんに似た顔だから嫌いなわけはない。自分の顔には愛着を感じてる。だけど、それとこれとは別問題。
だから否定するんだけど、静江は不満げな顔を見せる。
「謙遜しなさんな。王子様って、、、」
おはよう、という声に静江が教室の入口を振り向く。その声に全身に緊張が走った。
「ん?面白い組み合わせ?」
見たくないのに、体は反応してしまう。
私の視線の先にはひとみ。そしてその横には野矢がいた。
ひとみはちらりと私を見ただけで、野矢に視線を移す。
野矢は私のことなんて見向きもせず、ただひとみのことだけを見つめてる。
ふたりから顔を背けて窓の外を向く。
「へ〜、あの野矢がね〜。相手が仁科ってのはちと意外かな?って瑠璃子?」
わかっていたはずなのに、ひとみが私より野矢を優先するってことは。
だけど、その事実を突き付けられただけで、想像以上に痛い。
「ふ〜ん、そういうことか。」
静江の小さな呟き。
ため息と一緒に出てきた静江の呟きなんか耳に入らないくらい痛い。
昨日の夜、あんだけ泣いたのに。
涙が出ないように我慢してるのに、溢れてきそう。
今は静江に顔を見られたくない。静江だけじゃない。誰にも見られたくない。
見ないふりをしてくれたのか、
「瑠璃子、それじゃまた後でね。」
静江は自分の席に戻っていった。
チャイムがなって授業が始まっても私は窓の外を見てた。
「瑠璃子、お昼いっしょにしない?」
昼休みになってすぐ、静江が私の席までお弁当を持ってやってきた。
視界の片隅で、ひとみと野矢が教室から出ていく。
食欲なんて、ないんだけど。
「いつものメンバーは?」
断るつもりで聞いたら、
「あいつら今日は学食だってさ。だからいいでしょ?」
いいとも言ってないのに、静江は私の前の席の椅子を借りて私に向かい合って座ってしまった。
「、、、飲み物買ってくる。」
「いってら〜。待ってるよん。」
席を立った私に手を振ってる。えらく上機嫌な顔しやがって。
こちとら最悪な気分なのに。
教室を出て1階の自販機コーナーに。ちょっと人が多いけどすぐに順番が回ってくる。お金を入れてパックの野菜ジュースを買った。
教室に戻ると、静江はお弁当開けずに肘をついて、ぼんやりと外を眺めてた。
「おまたせ。」
声を掛けると静江が笑顔を私に向ける。私は自分の席に座る。
「それじゃ、いただきま〜す。」
静江がお弁当を開けて、手を合わせると唐揚げをむんずと箸でつまみ上げて口の中に放り込んだ。
「ん〜、おいしい。って瑠璃子そんだけ?」
私の前にはさっき買ってきた野菜ジュースだけ。ストローを刺して一口だけ飲み込んだ。
「食欲ないんだよ。」
ついでに人と話す気力もない。だからあんまり話しかけて欲しくないんだけど。
「あらま、食べないと大きくなんないよ?」
「、、、失礼なこと考えてるだろ。」
私の胸のあたりをチラ見して、楽しそうに笑いながら卵焼きをぱくついてもぐもぐと咀嚼、ごくんと嚥下した静江は相変わらず笑いながら、
「まあ、瑠璃子は王子様だから今ぐらいが丁度いいかな。」
「、、、何だよ、王子様って。」
妙な単語と静江の含みのある言い方が気になる。
「ん?ああ、そうか。本人だし耳に入ってこないか。聞きたい?」
嫌な予感しかしないけど。
「、、、聞いとく。」
静江が意味深に笑う。
「瑠璃子ってさ、中性的と言うよりボーイッシュで、甘いマスクはかわいいと言うよりかっこいいって感じでしょ?」
「それって私ががさつで髪短くて胸無いから男みたいってことじゃん。」
コンプレックス突かれたような気がして低い声が出た。
「違う違う、そうじゃないって。」
静江が慌てて否定する。
「瑠璃子の場合がさつってよりさっぱりって言ったほうが合ってるんだって。背も高めでスタイルもいいし、お姫様抱っことかしてくれそうだし、瑠璃子に抱かれてみたいって女子、結構いるんだよ。」
「抱かれてみたいって、、、」
時々感じてた女子からの視線てそういう意味だったの?
呆れた声を出した私を笑う静江。
「まあ、そういうわけだから瑠璃子は王子様、ってね。」
そう言って静江は残ったお弁当を平らげていく。
私もぬるくなってしまった野菜ジュースを飲み込んだ。
一睡もできなかった昨日とは違って、布団に入った瞬間にヒューズが切れたように眠りに落ちたおかげで、今日は色々と昨日よりマシになった。
お昼休み、食欲も少し復活したのでコンビニで買ってきたサンドイッチをひとりでパクついてる。
ひとみは当然のように野矢とさっさと教室を出ていったし、静江はいつものメンバーで机を囲んでる。時々私の方をチラ見してるみたいだけど。
ひとみと野矢が一緒にいるのを見ても、あまり痛みを感じてない自分に気づく。ひとみのこと嫌いになったわけではないし、気にもなるんだけど、あそこまで目の前でいちゃいちゃべたべたされると、逆に興醒めと言うか、諦めも着くと言うか。
もう、勝手にやってろ。
そんな気分。
サンドイッチの最後の一口をペットボトルのお茶で流し込んで、ごちそうさまと手を合わせる。
さて、お昼休みの残りの時間、どうしようかな、と考えてたタイミングで、
「えっと、木村さん。ちょっとお話したいんだけど、、、いいかな?」
野中さんが声を掛けてきた。
「、、、いいけど。」
野中さんが私に声を掛けてきたのは初めてで、それで私の反応もちょっとぎこちなくなってしまったけど、野中さんはそれ以上にぎこちない。いつも一緒にいる相田さん、だっけ、といる時はもっとこう、、、
「というわけで、私も混ぜてね?」
と当の相田さんまでやってきた。
「ちょっと奈緒、声かけたの私なのに。」
私の正面に相田さん、横に野中さん、それぞれ近くから椅子を拝借してきて私の周りに陣取ってしまった。ちなみに相田さんも話すのは初めて。野中さんといつも一緒にはしゃいでたよね。
「それじゃ、王子様への尋問始めます。」
なんか不穏な単語が聞こえたけど?
真剣な顔して、マイクを突きつけるように私に右手を突き出した相田さんが、
「単刀直入に聞くけど、木村さん、好きな人いる?」
初めて話す相手にこんな不躾なこと聞いてくる?
私の横の野中さんの息を飲む音。
「それって答えなきゃいけないの?」
私の顔が強張って低い声が出る。
「もちろん、黙秘権はあるよ。」
「、、、言うわけ無いでしょ。」
じっと私を見てる相田さん。
なんか、敵意を感じる。
「それじゃあ、もし女の子から告白されたら、その娘と付き合う?」
何なの?この人。
悪いけど、答える気にならない。
「ねえ奈緒、止めて。」
その声に振り向くと、ぎゅっと両手を握りしめた野中さんが相田さんを睨んでた。
「私こんなこと頼んでない。」
「これは私のためだから。」
真剣な顔を野中さんに向けてる。
そして野中さんから私に顔を向けた時、その顔には敵意が剥き出しになってた。
「あんたなんかに負けないから!」
相田さんは椅子から立ち上がると、じっと私を睨みつけて、そしてクラス中の視線を集めながら教室から出ていった。
当然私は睨み返してはいたんだけど。
いきなりあんた呼ばわりな上に喧嘩売られた。
一体何なの?
しかも、あの言い方だと、相田さんは野中さんを、で、野中さんは、、、
「あ、あの、、、」
野中さんの小さな声。見れば顔を真っ赤にしてる。
「えっと、奈緒の言ったこと、気にしないで、欲しいんだけど。」
「、、、いいけど。」
私の言葉に安堵したのかほっと一息ついた野中さんが、いきなり緊張した顔を私に向けてきて、
「えっと、、、その、、、私と、、、」
さっきの相田さんの言い方からすると、これ、ヤバいかも?という危惧は、
「私と友達になって!」
という野中さんの大声で杞憂に終わった。
でも野中さん、声大き過ぎだって。そうでなくてもさっきから注目浴びてるのに、クラスの皆んなこっち見てるよ。
「、、、いいけど。」
この状況でこれ以外の答えが言えるやつ、その答え教えて欲しい。
私の答えを聞いてそれまでの緊張が解けたのか、野中さんは長いため息を吐き出す。
それから、
「それじゃ、ライン、交換しよ?」
ニコニコ笑顔で迫ってきた。
「、、、いいけど。」
ラインの交換してたらお昼休みの終わりのチャイム。
またね〜と野中さんは自分の席に戻っていく。
ん?私、野中さんとの会話、いいけど、しか言ってないんじゃ?
「いや〜、リアルラブコメ、楽しませてもらったわ。」
放課後静江がにやにやと嫌な笑いを浮かべて話しかけてきた。
「他人事だと思って、、、」
ため息まじりに答えてやる。
「他人事じゃなくなったんだけどね。」
「何それ?」
「こっちの話。」
静江にしては珍しく奥歯に何かはさまったような言い方。
気にはなるけど、こういうのは突かないほうがいい。
「ああ、一つ、忠告しとく。野中には気を付け、、、」
ちょうどその時、
「木村さん。中谷さんとなんか話してないで私とお話しようよ。」
静江と私の間に野中さん代わり込んでくる。
「ちょっと野中、いま瑠璃子は私と話してんの。割り込みはマナー違反。」
「いいでしょ。私木村さんと友達になったんだし。」
ムッとした顔の静江を野中さんが睨み返してる。
「良くない。大体私なんかって言い方、どういうつもりだよ。」
「どういうつもりもこういうつもりも、私は木村さんとお話がしたいの。」
何なの?この状況。
目の前で静江と野中さんが口喧嘩してる。
ああ言えばこう言うの応酬。お互い敵意剥き出しで一歩も引こうとしない。
、、、そろそろ限界、かな。
「五月蝿い、黙れ。」
私の低い声にふたりとも口を閉じる。
「帰る。」
かばんを手に立ち上がって、ふたりをそのまま放ったらかして教室を出た。
家に帰ってきて制服を脱いでるとさっきのふたりからラインが届く。
静江は『さっきはごめん。私もちょっと機嫌が悪かったのもあるんだけど、やっぱり目の前で喧嘩とか気分悪いよね。明日はいつもの私に戻ってるから、ホントさっきはごめん。』
野中さん『ごめんね。中谷さんが突っかかってきたからついカッとなっちゃった。せっかく木村さんと友達になったんだからお話したかっただけなのに。中谷さんのせいで嫌われたら嫌だな。明日は私とお話してね。』
スマホと一緒にベッドにダイブ。返事くらいしとこうかな。
静江には『さっきみたいなのは勘弁ね。』とだけ。
野中さんには、、、スルーでいいや。スマホも枕元に放り投げる。
静江の言い掛けた言葉の続きが容易に想像できる。
ほんと気を付けなきゃ。
我儘娘め。
相田さん、あんな我儘娘のどこがいいんだ?
挨拶して教室に入った途端野中さんが私に駆け寄ってきた。
待ち伏せでもしてたの?
「ねえねえ木村さん、昨日のドラマ見た?」
昨日の今日でよくこんなテンションで私に話しかけられるよなとある意味感心してしまう。
「ああ、それ見てないんだ。」
席に座りながら答える。
「ええ〜、結構面白いよ?それに主役の、、、」
静江が挨拶して教室に入ってくるのが見えた。
「野中さん、ちょっとごめん。」
一言断って、
「静江〜、今日お昼一緒しない?」
「おっけー。」
親指立ててる。
静江から野中さんに視線を戻して、
「それで、何の話だっけ?」
「木村さん、お昼、あの人じゃなくて私と一緒に食べようよ。」
ぷくっと頬を膨らませて不満げで媚びた声。
「もう約束しちゃったし、そのうちね。」
「そうそう、愛華は私とお昼食べるの。」
相田さんが乱入してきて、野中さんの腕をガシッと掴む。ついでに腕を絡ませて野中さんを捕獲、そのまま連れて行ってくれた。
だから相田さん、私を睨みつけるのは止めて。
私そのつもり無いから。
ため息をついてるとチャイムがなって授業が始まった。
面白みのない授業をやり過ごしてお昼休み。
今日は私の方から静江の席の方に向かう。
野中さんに睨まれてるけど、相田さんはニコニコしてる。
疲れる。
「よ。」
静江に声を掛けて、用意してくれた椅子に座る。
椅子を用意してくれたのはいいけど、ついでにこの状況の説明もお願いしたい。
救いを求めるように視線を静江に向けると、静江も苦笑いしてるし。
「いやあ〜、こいつらがどうしてもって、、、」
『私たちだって木村さんとお友達になりたいもんね〜。』
いつも静江と一緒にお昼を食べてる加藤さんと松下さんが声を揃えて私ににこやかな笑顔を向けてくる。
「よ、よろしく。」
ふたりの笑顔の圧に若干引き気味の私。
「そ、それじゃあ、食べようか。いただきます。」
静江の掛け声で皆んなで手をあわせて食べ始めた。
ワイワイガヤガヤと4人での食事。
私と静江だと私のほうがいじられてる気がするけど、このメンバーだと静江のほうがいじられ役みたい。
冷静な松下さんの突っ込みにどう返していいのかわからず固まってしまった静江。
、、、意外とかわいい?
「そう言えば静江って木村さんのこと名前呼びだよね。どうやって口説いたん?」
「口説くって、、、」
固まった静江に追い打ちを掛けてきた加藤さん。
ここは助け舟出してあげよう。
「私、名字で呼ばれるのあんまり好きじゃないんだ。ありふれた名前だし、小学校の時木村がふたりいて、しかもどっちも女子だったから、みんなで名前で呼ぶことになって、それが当たり前になっちゃったから。」
「へ〜、そうなんだ。」
加藤さんと、松下さんまでニヤリと笑う。
『じゃ、今度から私たちも名前呼びね。瑠璃子。』
このふたり絶妙に仲がいいな。完全にハモってるよ。
それがおかしくて笑いながら、
「おっけー。じゃ、私も、、、と言いたいところだけど。ごめん、ふたりの名前教えて?」
「華姫。」と松下さん。
「茉莉だよ。」と加藤さん。
「それじゃ私も。華姫、茉莉。」
「よっしゃ〜、これで瑠璃子ゲット!」
はしゃぐ茉莉。
「ゲットって何?」
とりあえず突っ込んでみた。
「野暮なこと言わない。」
って華姫?
「、、、こう言う奴らだから諦めろ。」
静江の呆れた声。
「ま、いいか。」
にぎやかで楽しい人たちだし。
「これであとは静江だけだね。」
「そだね。協力するよん。」
華姫と茉莉がにやにやと静江を見てる。
「な、ちょ、それは言っちゃダメだって。」
『わかってるって。』
慌てる静江にふたりがハモる。
「華姫と茉莉ってめっちゃ仲いいね。」
『当たり前じゃん。』
またハモってるし。
「そのうちわかるよ。」
静江がふたりを優しい目で見てる。
この3人、いいコンビだな。
私が混ざってもいいのかな?
最近は静江たち4人で行動することが増えた。
休み時間一緒におしゃべりしたり、一緒にお昼食べたり。この前は4人でカラオケ行ったし。
時々野中さんが割り込んできてちょっかい掛けてくるけど、適当にあしらってると相田さんが野中さんを連れて帰るっていう。何だかんだ言ってあのふたり仲いいんだよね。
野中さんのちょっかいの頻度も減ってきてるし、もしかして野中さんって我儘だけじゃなくて浮気性っぽい?私に脈なしと見て相田さんに戻ってった?
それならいいんだけど。
そして、今日のお昼。
「瑠璃子、放課後遊びに行かない?ラウンドスポーツのタダ券もらったんだけど。」
「いいよ。行こう。華姫と茉莉も行くんだよね?」
『今日は別行動。』
またハモってるし。
「ふたりでどっか行くの?」
「えへへ、今日うち、両親旅行でいないんだ。」
「そ、だから今日は茉莉んちでお泊り会。」
そういうことか。
「久しぶりだし、いっぱいしようね。」
な、何?茉莉の口からとんでもないのが聞こえた気がするんだけど。
「ん?瑠璃子どうかした?ああそうか、瑠璃子には言ってなかったっけ。」
冷静な華姫。
いや、何となく気づいてはいたんですよ?だけどね、そこまであからさまなのはちょっと、、、
聞いてるこっちが恥ずかしいって。
「私と華姫は恋人同士で〜す。」
「多分気づいてたと思うけど?」
静江のフォロー?
「まあ、何となく。」
そう答えておく。
「じゃ、これからはオープンで。」
「隠してたわけじゃないけどね。」
「いや、あれで隠してたつもりだったらそれはそれですごいって。」
茉莉華姫静江のやり取りに思わず苦笑い。
「でも、今回は結構我慢だったよね。この前のお泊りって確か2週間前だっけ?」
「そうだね。」
いや、いきなりオープン過ぎでしょ。
「でもあの日は茉莉が。」
「そうだった。だから、、、うわ、1ヶ月ぶりじゃん。」
だから、オープン過ぎるんだって!
「ようし、だったら今日こそ華姫をメロメロに溶かしてやるぜ。」
「いつもそう言いながら可愛い声で鳴かされてるじゃない。」
可愛い声で鳴かされるって、それって茉莉が猫で華姫が狼で、、、
「あ、瑠璃子がフリーズしてる。」
「あらら。」
「いや、お前らもう少し恥じらいを持てって。」
「お〜い、瑠璃子さ〜ん。」
「もどってこ〜い。」
「は、やばいやばい。」
頭をブンブン振って頭の中のふたりを追い出す。
「瑠璃子って意外とむっつり?」
華姫の突っ込みに、
「いやいや、ふたりがあまりにも露骨すぎるんだってば。」
否定するけど、
「でも、想像してたんでしょ?私と華姫がしてるの。」
「う、、、」
「ふたりとも、そのへんにしときなって。いつも聞かされてた私でもちょっと恥ずいって。」
静江の助け舟。
「というわけだから、今日はふたりで楽しんでおいでよ。」
華姫がうまいことまとめましたって顔でドヤってるけど、いやいや、華姫と茉莉のせいだからね?
「はいはい、それじゃ華姫と茉莉はふたりだけで楽しんでね。そういうわけだから、瑠璃子、私たちは私たちで楽しもうね。」
「そうだね。」
「よし、瑠璃子とデートだ!」
浮かれる静江に、
「いや、デートじゃないし。」
「いや、ふたりで遊びに行くんだからデートだって。」
静江の嬉しそうな顔見てたら、
「わかったよ、もうデートでいいよ。」
呆れて言ってやったら、華姫と茉莉が生暖かい目で静江を見てた。
いや、静江、浮かれ過ぎだって。
つ、疲れた。
静江、少しは手加減しろっての。
2時間ぶっ通しで、卓球だの1オン1バスケだのゴーカートだの、そりゃ疲れるわ。
しかも制服のままではしゃいだもんだから、静江パンツ丸見えだし。っていうか隠す気ないだろ。
「あ、水色!」
静江も覗くなって!
しかも汗のせいでブラウスがピッタリと体に貼り付いて、見せたくないのに色々透けて見えてしまってるし。隠しようもないから静江にしっかり見られてるし。静江も同じく透けてるし。いやいや静江、見せつけなくてもいいから。
、、、私よりは大きいけど私の手にちょうど収まるくらいでちょうどいいんじゃね?って、いや、その感想はまずいでしょ。
それで2時間遊んだ感想。
私、「こういうのは私服で。」
静江、「眼福。」
おい。
「魅惑的な太ももとかわいい下着。瑠璃子のイメージとちょいと違うけど、これはこれで。」
「何言ってんだか。」
同性だから見ても見られても気にはならないし、静江の下着姿なんか体育の時間の更衣室で何度も見てるんだけど。
でも、う〜ん。やっぱりね、恥ずかしくないわけじゃない。
だけど久しぶりに体を動かして楽しかった。
ん?久しぶり?
そういえば、最近ひとみとはこういうところ来てなかったな。
と言うか、ひとみと遊びに行くことが減ってたんだよね。
学年上がって新しいクラスになってから、かな?ひとみに遊びに誘われるのが減ったのは。
、、、野矢が同じクラスになってから、か。
「瑠璃子、どうかした?」
「ん?ああ、ちょっと考え事。」
笑って誤魔化す。
今日は静江と遊んでるんだから、こう言う顔見せちゃダメだって。
「そうそう、私のパンツどうだった?かわいかったでしょ?」
「静江のパンツ見たってなんとも思わないって。」
オレンジでブラとお揃いで静江に似合ってるとは思うけど、だからといって、ねえ?
もしかして、私の顔見て空気を変えようとしてくれたのかな。
静江ってそういうところあるんだよね。特にここ最近。
そういう意味では感謝、、、
「え〜。せっかく瑠璃子に見せるためにお気に入り穿いてきたのに。」
、、、台無し。
「バカなこと言ってないで帰ろうよ。もうお腹ペコペコ。」
台無しだけど、一応感謝しとく。
サンキュ、静江。
「おはよう。」
挨拶して教室に入る。
席に着いたら静江がやってきた。
「おはよう。昨日は楽しかったね。またデートしようね。」
「今度は私服で、ちゃんとガードして行くから。それとデートじゃないから。」
「え〜。」
「え〜じゃない。」
静江がそんな殺生な、なんて言いながら落ち込んだふりしてやがる。
笑ってるとチャイムがなって授業が始まった。
昼休み。
4人で昨日のドラマの話とか、他愛の話をしながらお弁当を食べていく。
華姫と茉莉、少し眠そう。そのくせ肌ツヤいいけど。
皆んなが食べ終わった頃、
「昨日、どうだった?」
華姫が静江に話を振った。
「静江と瑠璃子のふたりで遊びに行ったんだよね?」
茉莉も乗り出してくる。
ドヤ顔の静江曰く、
「瑠璃子のパンツがかわいかった。」
おい。
「王子様、ガード硬かったからね。静江なんかしょっちゅう見えてるのに。」
「それで?どんなパンツだったん?」
いやいや、華姫と茉莉、食い付き過ぎでしょ。
「水色で、フリル付き。面積はちょい小さめだった。」
友達に自分の下着の報告されるとか、これなんの羞恥プレイ?
「いやあ、王子様だからスポーティでかっこいいの想像してたけど、かわいいのも全然あり。」
親指まで立ててるし。
「う〜ん、私も見たかったな。」
「じゃ、今度は4人で遊びに行こう!」
「いやいや、もう見せないから。っていうか、私の下着だったら更衣室で見てるでしょ?」
今日にでもまた引っ張って行かれそうなんで、ちょっと牽制。
「わかってないな、瑠璃子。」
「うん、わかってない。」
茉莉と華姫が同じような反応。何?その残念なものを見るような目は。
「見えてるんじゃなくて、見えそうで見えない、でも、あ、見えた!っていうのがいいんだって。」
茉莉がおっさんみたいなこと言い出した。って華姫も頷いてる?
「だからと言って静江みたいにしょっちゅう見えてもね、見飽きるんだよ。」
「そだね、ありがたみないよね。」
辛辣。
「私だって可愛いの穿いてるんだけど?」
静江の不満たっぷりな声に、
「そういう問題じゃないんだって。まあ、男子は喜んでるみたいだけど。」
華姫のフォロー、になってるのかな?これ。
「思春期男子には静江のパンツでも堪らないんじゃ?」
茉莉、それフォローじゃないよね。
「パンツはかわいいんだけど、静江だしな、、、」
言いながらこれもフォローじゃないじゃん、ってセルフツッコミ。
「瑠璃子まで?」
3人で笑ってると、
「ふんだ。お前ら、覚えとけよ。」
あらら、拗ねちゃった。拗ねた静江もかわいいかも。
「でも、静江が男子に人気があるのは事実なのよね。」
「意外にもね。」
だから茉莉、それフォローじゃないって。
「まあ、顔も悪くないし、性格も悪くないし、スタイルも悪くないし、ちょろそうだし。」
「、、、瑠璃子、それ誉める気無いだろ。」
ジト目をよこしてくる静江にニコリと笑って、
「冗談だよ。静江って結構かわいいし、性格も明るくて皆んなに好かれるタイプだし、スタイルも結構いいしね。お胸は少し残念だけど。」
誉めてやったら照れてやがる。
こう言うところは静江のかわいいところだ。
「って最後のは瑠璃子には言われたくないんだけど?」
「そうね、瑠璃子ぺったんこだもんね。」
華姫〜。
「そんなことないもん。少しはあるもん。」
ちょっと拗ね気味に言ったら、
「そだね、ちょうど手のひらサイズ?」
茉莉の手が伸びてきてむんずと私の胸を鷲掴み。いきなりだったんでノーガード。
「にゃ、にゃ〜!」
慌てて両手で胸を隠した私の悲鳴に、
「私これくらいのおっぱいも好きだよ。」
茉莉がニコニコしてるけど、
「痛!」
華姫に頭叩かれてた。
無言の圧。華姫、怖いって。
「そんなに怒んないでよ。一番好きなおっぱいは華姫のなんだから。」
茉莉が華姫の胸に手を伸ばす、かと思いきや、胸に顔を埋めてる。
おい、公衆の面前でいちゃつくんじゃない。
華姫も茉莉の頭なでてるし、ふたりだけの世界になっちゃってるよ。
「暑い熱い。お〜い、ふたりとも、帰っておいで。」
静江の呼びかけにも関わらず、
「ん〜、いい匂い。またしたくなっちゃった。」
だから茉莉、そういうのはふたりっきりのときにして。
華姫も茉莉の髪にキス落とすの止めて。
「瑠璃子、もうこいつら放っとこう。」
「そうだね。」
結局お昼休みの終わりまで華姫と茉莉のイチャイチャを見せつけられた。
静江は静江でぶつぶつ何か呟きながら手を開いたり結んだりしてるし。
何してんの?
放課後。
「中谷。ちょっといい?」
帰り支度しながら静江とおしゃべりしてたら山本君が静江に声を掛けてきた。
「山本くん?何?」
山本くんとは殆ど接点もないのに、静江は笑顔で答えてる。
静江、人当たりいいもんな。
「ちょっと、ここでは、、、」
ちらりと私を見る山本君。困ったような顔してる。
私が邪魔なんだろうなと察して、
「じゃ、静江。私帰るわ。」
かばんを手に立ち上がって、静江に手を振る。
「また明日〜。」
静江も私に手を振返して、それから山本君に向き直ってた。
何の話だったかは明日静江が報告してくるでしょ。
で、その翌日。
静江、朝からちょっとばっかり調子っぱずれ。
遅刻ギリギリで教室に入ってきた静江。慌ててるのか、自分の足が絡まっていきなりコケた。
だけならいいんだけど。
盛大にスカートめくれてるよ。
これだからガード緩いって言われるんだよ、、、と思ってたら、ん?
めっちゃ恥ずかしそうに顔を真っ赤にして自分の席に走って逃げ込んだ。
授業が始まったら始まったで、指名されたら、
「ひゃ、ひゃい!」
と素っ頓狂な声出してるし、黒板に答えを書き始めたら英語の授業なのに数式書き始めるし。
どうした静江。
そんなこんなでお昼休み。
いつものメンバーで集まって、
「いただきます。」
食べ始めたのはいいけど、静江、それ私のサンドイッチなんだけど?
「おい。」
流石に突っ込んだ。
「ん?」
わかってないし。
「それ私の。静江のは目の前にあるでしょ?」
「あれ?」
「あれ?じゃない。ほんと今日はどうしたん?」
ため息を吐きながら静江を睨むと静江もため息吐いてるし。
ため息吐きたいのはこっちだって。
「そう言えば静江、昨日の放課後、山本くんに、」
「や、や、山本くん?」
茉莉の言葉に過剰反応。
静江、テンパりすぎだろ。
「で、どうだったの?」
華姫が冷静に静江に問いかける。
「え、えっと、な、何の話かな?」
キョドってるし。
「山本くんと何の話したの?」
どうやら私の言葉がトドメになってしまったようで静江はうっと呻いて机に突っ伏してしまった。
3人の熱視線が静江に注がれる中、静江がぼそりと、
「告白された。」
と白状した。
「お〜う。」
「ふ〜ん。」
「まじ?」
茉莉華姫私の反応を聞いて、静江が顔を上げる。ちらりと私を見たけど、何で?それから皆んなをぐるりと見渡す静江。
そう言えば静江って結構男子に人気があるんだった。
前にも本人に言ったけど、かわいいし、性格もいいし、スタイルもお胸を除けばいいし。ガードゆるくてパンツ見れるし、って関係ないか?男子にモテない理由はない。
「それで付き合うん?」
茉莉が急かす。
「、、、断った。」
静江の答えに、
「まあ、そうでしょうね。付き合うって言ってたら私静江のこと見損なってたかも。」
華姫が優しい目で静江を見てる。
「うん、そだね。」
茉莉も納得してるみたい。
ふたりは当然だって感じだけど、山本くんって顔は普通でも性格が男前な感じなんだよね。包容力とか決断力とか、そういうの。付き合ったら多分女の子を幸せにしてくれるタイプ、かな?だから尚更気になって、
「何で断ったん?」
興味本位で聞いてみる。
「、、、好きな人、いるから。」
え?
静江、好きな人いるの?
ん?何今の?
「でも静江、そっちも結構茨の道かもよ?」
華姫の言葉に、
「私もそう思う。今だってわかってないもんね。」
私の言葉に茉莉と華姫がため息と言うか苦笑というか、そんな顔して私を見てる。
「茨の道?わかってないって?」
『こっちの話し。』
華姫と茉莉のふたりがハモる。
「何それ。」
ちょっとだけ疎外感を感じて不服を滲ませて言うと、
「瑠璃子が気づかないと意味がない。」
「そだね。」
華姫と茉莉がいつもよりきつい目で私見てるし、
「全然わかんないんだけど?」
私は不貞腐れてほっぺを膨らませて抗議すると、
「はあ。」
静江が盛大なため息をついた。
「ほら静江、膝立てない。」
私のイライラした声が響く。
最近ガードの緩い静江に理由もなくイライラさせられて、つい静江を責めてしまう。
「女の子なんだからもっとお淑やかにして。だいたいパンツ見られて恥ずかしくないの?」
「いや、恥ずかしいけど、そんなに言わなくたって、、、」
静江が言い訳がましく返すもんだから、余計にイライラして、
「言わないとわかんないでしょうが!」
更にきつい声が出る。静江がしょんぼりと下を向く。
「瑠璃子、そのくらいにしてあげて。」
「最近の瑠璃子、静江に対して当たりきつくない?」
華姫と茉莉が私を宥めるように私と静江の間に入る。
「だってこれくらい言わないと静江わかってないし。男子が喜ぶだけじゃない。」
「まあ、そうなんだけどさ。」
私の剣幕に茉莉が少し引いてるのがわかる。
「でも、瑠璃子だってこの前まで静江のガードが緩いの笑ってたと思うけど?それがどうして?」
華姫が首を傾げて不思議そうに私を見てる。
「だって静江が、」
って、私続けて何言おうとしてる?
「ガード緩いと男子が喜ぶのが嫌なだけ。」
思わず口から出た言葉に自分で驚く。
どうして嫌なんだ?
私の言葉を聞いた華姫が何故かニヤリと口元を歪めた。茉莉もへえ〜なんて声を出してる。
「そういうことならいいけど。あんまりきついと静江拗ねるよ?」
言われて静江を見ると、確かに拗ねてしまってるみたいでつ〜ん、なんて言いながらそっぽを向いてしまった。
こういう仕草はかわいいんだから、お淑やかになったら、、、
お淑やかになったら、何?
自分で自分の思考の行き着く先がわからない。何だか急に不安になる。
最近の私、少し情緒不安定だ。
「ま、静江も、も少しガードしっかりしよ?そしたら、ね?」
茉莉が静江に優しく語りかける。
いつもなら茉莉は静江をからかうような口調なのに、何でそんな優しい言い方するの?
それに、そしたらって何?
さっきまで不安を感じてたくせに、急にもやもやしだす。
「瑠璃子、顔付きが険しいよ。」
そう言って華姫が私の眉間をつつく。
つつきながら、
「静江、風向き、変わってきたかも。」
華姫の言葉に静江が目を見開く。
信じられないけど信じたい、そんな顔してる。
ちらりと私を見てそんな顔をする静江を見てたら、もやもやが余計に酷くなった。
帰り支度をしてたら私の前に人の気配。
静江と思って顔を上げると、
「ひとみ、、、?」
ニコニコと、前と変わらない笑顔を私に向けるひとみが立ってた。
「瑠璃子、今日、少し付き合って?」
前と少しだけ変わってしまった誘い文句。ふと気になって教室を見渡しても野矢の姿は見えない。
「、、、いいけど。」
前と違って警戒した声が出る。
当たり前だ。
ひとみは私を、、、
「瑠璃子に何の用?」
私とひとみの間に静江が割り込んでくる。
「あなたには関係ないんだけど。私は瑠璃子に用があるの。」
「だから、その用って何だって言ってんだ。」
喧嘩腰の静江の声。
「ちょっと静江、止めて。」
この場を収めようと放った一言に、静江は不満そうな顔を私に向ける。
「だってこいつが、」
「いきなり割り込んできて喧嘩腰な上にこいつ呼ばわり?いい性格してるわね。」
「ひとみもストップ。」
ひとみを止めるように手を広げる。
ふうっと息を吐いて、それからふたりを交互に見て、
「今日はひとみに付き合う。静江、そういうことだから。」
静江がひとみをひと睨みして、ふんっとばかりに背中を向けて自分の机に向かっていく。かばんを手にするとそのまま教室から出ていった。
「ひとみも沸点低すぎ。前はそんなことなかったでしょ?」
静江の背中を睨みつけていたひとみが、
「そうだったかしら?」
しれっと答える。
はあ。
ため息を吐きつつ、
「それで?付き合うって、どっか行くの?」
ひとみに聞くと、
「うん。あのお店。覚えてる?」
「、、、うん。」
多分私に野矢と付き合うことを報告した店のことだろう。忘れるわけない。二度と行かないって決めてたから。
決めてたにもかかわらず、私はひとみと一緒にそのお店に入る。
コーヒーが不味かったからとコーラを頼む。ひとみは前と同じくラテ。
窓際に並んで座る。あのときとは違う席。窓の外の雑踏。店内はがらがらで、私たち以外は1組だけ有閑マダム達が談笑してる。
「で?付き合わせた理由、聞いてもいいよね?」
氷が入ってるにもかかわらずぬるくて炭酸も抜けてるコーラを飲んでひとみを見る。
「このお店、飲み物不味いよね。」
ひとみの言葉にため息が出る。
「そんならもっと美味しい店に連れてけよ。」
「お客が少ないから話すのにはいいでしょ。」
そう言って笑う。
ひとみがその笑いをするときって、だいたい悪巧みしてるときだよね。
嫌な予感というものは得てして当たるものだ。
「夏海とは別れたから。」
「、、、は?」
ひとみの言葉を理解するのに時間がかかる。
夏海と別れたって、、、
「野矢夏海と別れた。親友の瑠璃子には報告しとこうって思って。」
野矢と別れた?
「何で?」
興味本位とかではなく、思わず溢れた言葉。
「顔が良くてスタイルがいいだけの女だったから。」
ラテを一口飲んで不味いと言いながらひとみが続ける。
「最初はそれでもよかったのよ。でもね、話をしてるといつも自分の世界に入り込んでしまって本の話とか、私が興味ないことばっかり。楽しくないのよね。そして何よりもキスが下手。セックスはもっと下手。ひとりでしたほうがまだいいって、そんなのフラストレーション貯まるだけじゃない。だから別れた。」
「ふ〜ん。」
野矢とそういうこと、したんだ。
何だろう、この気持ち悪さ。野矢への嫉妬ではないと思うけど。
「それで?どうしてそんな話いきなり私にする?わざわざ呼び出したりしてまで。」
視線を上げると、ひとみがニコニコと、わざとらしい笑顔を貼り付けてる。
「言ったじゃない。親友の瑠璃子には報告しとこうって。」
親友、ね。
「今更。」
「そうね、今更、だよね。だけど、今更だけど瑠璃子には聞いて欲しかったの。」
そう言ってひとみが私の方に手を伸ばしてくる。
ひとみの手が、私の手に触れる。両手で優しく握りしめられる。
「ねえ、瑠璃子。もう一度やり直さない?今度は親友としてではなく、恋人として。」
ひとみの手のぬくもりが心地いい。このぬくもりが、どんなに欲しかったことだろう。
そして、恋人、と言う言葉。
気が狂うんじゃないかと思うほど恋い焦がれ求めていた言葉。
あの頃は。
それじゃ、今は?
ひとみの方を振り向くと、ひとみが、真っ直ぐに私を見つめてる。
この距離、久しぶりだな。
少し髪伸びた?相変わらずきれいな髪。
「夏海と付き合ってわかったの。恋人っていっしょにいて楽しくないとダメだって。夏海と別れて瑠璃子とのこと思い出したの。瑠璃子といるときはいつも楽しかったなって。」
私の手を握るひとみの手に力がこもる。
皆んな気づいてないけど、ひとみって、目がきれいなんだ。見てると吸い込まれそうに感じるときが、何度もあった。
「、、、私も、ひとみといるときは、楽しかった。」
吸い込まれそうなひとみの目を見ながら、私は素直にそう答えてた。
「だから、もう一度、瑠璃子と楽しい時間を過ごしたいなって。親友としてではなく、恋人として。」
ひとみと私の間の距離が縮まる。
私の手を握りしめていたひとみの手が、私の手から離れて、そして、私の頬に触れる。
頬が熱い。
ひとみから伝わる熱と、吸い込まれそうな目のせいで、もう何も考えられない。
少しずつ近づいてくるひとみ。
「瑠璃子。目、閉じて。」
優しい囁き。キス、するのかな。
でも、その吸い込まれそうなきれいだった目は、ああ、前と変わってしまったんだね。
邪な感情が透けて見えてるよ。
近づいてくるひとみを、私の手が拒絶する。
これ以上近づくなというように。
目を閉じることなくひとみを見る私。
「ねえひとみ、私が好きだから私とキスしたいの?それとも、キスしたいだけなの?」
「瑠璃子、何言ってるの?」
ひとみ、視線が踊ってるよ。
「私はひとみのことが好きだったからキスしたかった。でも、今のひとみは違うよね。好きでもない私とキスしたいだけだよね。」
頬に触れていたひとみの手を払う。
「野矢と別れたんじゃなくて、野矢の方から別れていったんじゃないの?」
「そんなわけ、ないじゃない。」
ひとみ、嘘吐く時瞬きの回数が増えるの、変わってないよね。
「野矢が独りよがりな話をするんじゃなくて、ひとみが野矢の話についていけないだけでしょ。ひとみって俗物なものしか興味ないし、野矢みたいなインテリにはついていけないんじゃない?キスにしてもひとみのほうが下手くそで、そうね、野矢がディープキスしようとしたら逃げ出したとか?。セックスだって野矢って意外と快楽に貪欲そうだし、ひとみじゃ野矢のこと満足させられなかった、ってところ?」
図星、なんだね。何も言わないで俯いてしまった。
「それで?野矢に捨てられて、寂しいから好きでもない私と恋人としてやり直したいって?キスしたいって?セックスしたいって?ねえ、巫山戯てるの?」
ひとみ、私のことちゃんと見なさいよ。
でも、やっぱりひとみは私のことを見ることもできずに、何も言うこともできずに俯いたまま。
「私、そんなに安くないから。それから、」
私は席を立って、そして、最後の言葉を。
「さよなら。」
そのまま店を出る。
ひとみが追いかけてくることも、ましてや私を呼び止めようともしない。ただ、俯いてるだけ。
憐れね。
この言葉は、ひとみに向けたものなのか、初恋が完全に終わってしまった私に向けたものなのか。
多分、どちらも、なのかな。
次の日の朝、教室に入ると案の定静江が小走りで私のところにやって来た。
ちらりとひとみの席の方を見るとまだ来てないみたい。野矢は、、、相変わらず本読んでる。
「瑠璃子、昨日、」
「その話、しないから。」
悪いけど、誰にも、静江にも話す気はない。自分の失恋話できるほど自分の感情を消化したわけじゃない。それにひとみを悪人にしたくもない。
それでも、結果がどうなったかは、私とひとみを見てればわかるだろうし。
「、、、気になる。」
友達として心配してくれてるんだろうけど、
「ごめん。話したくないから聞かないでくれると嬉しい。」
「そう言われると、、、はあ。仕方ないな。」
諦めてくれたみたい。
「それじゃあ、穴埋めに、私と付き合って。」
「いいけど?」
「いいんだよね。嘘吐かないよね。」
静江の剣幕に若干引き気味な私。
思わず頷く。
「言質は取ったし、改めて私と付き合うってことで。」
「放課後どっか行くの?ラウンドスポーツなら行かないよ。」
また私のパンツの話になるとか嫌すぎる。トラウマだよ。
それに、今日のはまじで見られたくない。
ん?何だか真剣と言うか、いつもと雰囲気が違う気がするけど、静江?
「ううん。私と瑠璃子が付き合うの。」
「、、、は?」
意味がわからん。何言ってんだ?放課後遊びに行くんじゃないの?
「私、瑠璃子のこと好きなの。だから、付き合って、っていうか付き合うことになったから。」
「、、、はあ?!」
始業のチャイムが鳴る。
「じゃ、お昼にね。」
そう言って、静江は自分の席に戻っていく。
ちょっと待って。え?何?どういうこと?
静江が私を好き?付き合うことになった?
疑問符だらけの頭の中で、当然授業なんて上の空。
何の授業だったのかすら覚えてない。
そんな状態のまま、お昼休みになった。
静江に連行されて、いつもと違う誰もいない場所に。
連行するのはいいんだけど、腕をがっしりと組んでるから私の腕に静江の柔らかいのが当たったり、静江の腕が私のささやかなのに当たったりで、落ち着かない。
「ここなら誰も来ないでしょ。」
周りを見渡しても見覚えのない風景。学校にこんな場所あったっけ?
「ここ、どこ?」
「コスプレ部、じゃなかった、服飾研究会の部室。コスプレ部の友達から鍵借りてきた。」
わざわざ言い直したのに結局コスプレ部言ってるし。
言われて周りを見れば、きれいな布地とかミシンとか、そんなものが散らかってる。もう少し整理したほうがいいんじゃない?
そんなことは、どうでもいいか。
静江が私に向き合って、真剣な顔して私を見てる。
私もちゃんと静江の目を見て返す。
「今朝のあれ、完全にだまし討ちだよね。」
私から切り出す。
「そうだね。」
素直に認める。
「それで、確認したいんだけど。」
「どうぞ。」
何だか、静江、余裕があるな。私は全然なのに。
「静江が、その、、、私のこと、好きっていうの、、、ほんと?」
疑ってるわけじゃないけど、どうしても確認したかった。
静江がそんなわけ無いじゃん、とか冗談でした、とか言い出しそうな気もしてたから。
「ホントだし、本気だよ。」
静江の答えに、余計に余裕がなくなる私。
「だから、今朝の、ちゃんとやり直すね。」
そう言って静江は私をまっすぐに見つめて、
「私、瑠璃子のことが好き。だから、私と付き合って欲しい。」
大きく息を吐くと、静江は真剣だった顔を少しだけ崩して、微笑みを浮かべる。
「もう付き合うことになってるけどね。」
いやまあ、今朝のあれだと、それはそうなんだけど。
でも、今、静江は本気で私に告白してくれた。
ここでだまし討ちだからとか、そういうこと言って逃げてしまうのは、静江に対して、静江の告白に対して失礼だと思うから。
だから、私もちゃんと答えなきゃ。
「はっきり言うとね、」
私が口を開くと、静江は浮かべていた微笑みを沈めて真剣な顔付きに戻る。
「私、静江のこと、もちろん嫌いじゃない。好きだよ。でもそれは友達として好きだって意味で、静江のことを恋愛的な意味で好きかどうかはわからない、というよりもそんなこと考えたこともない。」
正直に答える。これ、告白の返事になってるかな。
「だから、私と付き合って。私のことを知って。私の思いに気づいて。私のこと、ゆっくりでいいから、友達としてではなく、恋愛的な意味で好きになって。」
もしかして、静江のほうが私よりずっと大人なんじゃないの。
こんな答え聞かされて、嫌だ、なんて言えるやついるの?
はあ、参った。参りました。
静江なら、私のこと、ちゃんと上辺だけじゃなくて、私をまるごと全部受け入れてくれて、その上で私のことを好きでいてくれる、そう思える。信じられる。
だから私も、静江のこと、好きになれそうな気がする。
「、、、それじゃ、よろしく、お願いします。」
ペコリと頭を下げる。
頭を上げると信じられないと言った顔で私を見る静江の顔が目に入る。
「静江、面白い顔してる。」
笑ってやったら、
「いや、だって、ほんとに付き合えるとか、信じらんない。いや、まじ?夢じゃないよね。」
「夢じゃないよ。」
私の答えに、静江がうわ〜とか言いながらその場にしゃがみ込んだ。
「ちょ、ちょっと静江?」
「一生分緊張した〜。力抜けちゃった。」
いや、わかるけどさ、わかるんだけど、でもね、そんなんだから、
「ガード緩すぎ。丸見えじゃない。」
静江にお似合いの黄色。かわいいんだけど。
「こんな時にそんなこと言わなくったっていいじゃん。」
確かにそうなんだけどさ。ガード緩い静江は嫌だ。
「静江がパンツ見られるの、私が嫌なの。」
「、、、え?まじ?」
静江がめっちゃ嬉しそうな顔してるけど、どこに喜ぶ要素があった?
「瑠璃子、私がパンツ見られるの嫌なんだ。それって、私は瑠璃子のものみたいなやつ?私の彼女のパンツを見るな!みたいな?ねえねえ、妬いてくれるの?」
「な、違う!静江のパンツ見て男子が喜ぶのが嫌なの!別に、静江が私のものとか、そんなんじゃ、、、」
にまにま笑う静江の顔が憎たらしい。
「、、、ああもう!私と付き合うんだったら、ガード、しっかりしてよね。」
キョトンとした顔をした静江、と思ったらいきなり、
「瑠璃子、それ、反則。まじやばい。やば過ぎる。」
静江のその反応のほうがやばくない?テンション高過ぎない?
「ちょっと、何が反則なのよ。」
「瑠璃子がツンデレた!」
「はあ?何バカなこと言ってんの!」
「いや、だって、あの瑠璃子が、あの瑠璃子が私にツンデレ、、、このまま死んでもいいかも。」
「ちょっと、付き合うって言ってもまだ何もしてないのに、いきなり死なないでくれる?」
「何もしてないって、、、瑠璃子、もしかしてもう色々期待しちゃったりしてるの?いいよ、色々しちゃおう!」
「調子乗り過ぎ。」
ジト目で睨んでやって、ついでに頭にチョップをくれてやる。
「ごめん。はしゃぎ過ぎた。」
わかればよろしい。
しゃがみ込んだままの静江に右手を差し出す。静江が私の手を握ってヨイショと立ち上がる。
、、、何で手を離さない?
「瑠璃子の手、触り心地いい。」
「ちょっと、触り方!」
私の右手を両手で挟んでるだけだったのが、指でつつうっと手の甲を撫でられてた。
ぞわぞわする。
ぺしっと、左手で静江の手を叩いとく。
「いいじゃん。付き合ってるんだから。」
「触り方がえろ過ぎるからダメ。」
「エロくないよ〜。そう感じるのは瑠璃子がエロいからじゃないの〜。」
私をからかうような言い方。
「、、、怒った。」
私はふん!とばかりに静江に背中を向けて出入り口に向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと瑠璃子。ごめん。ごめんってば。」
私を追いかけてくる静江に振り向く。
静江の顔を見てぎょっとした。からかわれてイラッとした気分が一瞬で吹っ飛んだ。
「ごべん瑠璃子。ぞんなづもりじゃながっだの!づぎあえるがらうれじぐでぢょうじにのっだの。ごべん、ごべんなざい。」
まさか静江が泣き出すとは思ってなかった。こっちこそごめん。
「もういいから、ほら、泣き止んでよ。かわいい顔が台無しじゃない。」
ポケットからハンカチを取り出して静江の顔に押し付ける。
「ごべん。」
もう一度謝ってから静江が私のハンカチを受け取って涙を拭いてる。
静江って元々喜怒哀楽はっきりしてたけど、今の静江はちょっとはげしいというか。
子供か。
告白とかで完全にテンションが狂っちゃってたんだろうけど。
意外と甘えん坊だったり?
涙を私のハンカチで拭く静江を見てたらお昼休みの終わりを告げるチャイムがなりだした。
私は右手を差し出した。
「?」
静江が不思議そうな顔してる。
「ほら、教室に帰るよ。手、繋がないの?」
「、、、つなぐ。」
おずおずと手を出してきて、私の手を握る。
部室を出る。静江はおとなしく私の隣を歩く。手はしっかり握ってる。
ほんと子供みたい。
こういう静江もかわいいとは思うけど、どちらかと言うといつもの静江のほうがいいな。
そのまま、手をつないだまま教室に入る。
皆んなの視線が集まったような気がするけど、気のせいだろう。次の授業の準備とかおしゃべりしてるし。
生暖かい視線を感じるけど、今はスルー。どうせ後から追求されるだろうし。
それと、睨まれてるのもわかるけど、気にしない。
「また後で。」
静江と手を離す。静江は頷いて自分の席に戻っていく。
背中を見てたらチャイムと同時に先生が入ってきた。
無題 東森 小判 @etch_haru9000
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。無題の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます