甘味のこととか、派閥のこととか

「キンベリー!今いいかな?」


 オリエンテーションと履修登録を終え、群がってこようとする学友を払いのけてお昼ご飯を食べに行こうとしていたわたくしとエイリルに、ヴィアナ王女が声をかけてきた。

 昨日の今日で早いな。まあ計画通りだからヨシ。


「こんにちは、殿下」


「昨日はお疲れ様でございました。ヴィー殿下」


「ん、エイリルもね。二人とも、これから一緒にお昼でもどう?」


 まだ説明を済ませていないため、隣の親友からはそれとなく、どういう風の吹き回し?的な視線が送られてくる。

 まあまあ、追々話すからさ。

 教室の外で、別室にいたサマナとエイリルの侍女と合流しつつ、私は王女の誘いに乗ることにした。


「お誘い、喜んで受けさせてもらうわ」


「私も一緒でよろしいのでしたら、是非に」


 学園内には食堂のほか、貴族派閥向けのサロンや、寮のロビーなど、いくつか食事向けのスポットがあるらしい。入学したばかりなので、実際に行ったことがあるのは寮のロビーだけだけれども。

 わざわざ呼びにきたということで、てっきりサロンに向かうものだと思っていたのだが、王女が私たちを連れてきたのは庭園で、少し驚いた。


「本日はパンツスタイルなのですね。よくお似合いですわ」


「そう?ありがとね」


 古傷を庇う必要がなくなったからか、彼女の制服はロングスカートからスラックスに変わっている。王族とはいえ、こんなにもすぐ新しい制服を用意できるとは思えないので、元々こっちが好きで持っていたのだろう。


 王都のマナリア邸には流石に及ばないが、学園の敷地内にあるにしては十分立派な庭園を歩いて、バラ園の中にあったガゼボ(東屋みたいなやつ)にたどり着いた。

 春先の陽気は暖かく、外で食事を摂るのに寒さを感じることはなさそうだ。


「ようこそ。ここ、穴場なんだよ」


 八角形の屋根の下、丸テーブルには、色とりどりのスイーツ、果物の乗ったタルトからプリン的なものまで、ずらりと並んでいる。

 昼飯、とは。


「この辺鄙な場所に食事を用意するのも大変でしょうしね」


「今日は二人を招くために、メイドにやってもらったけど、普段は自分でお弁当を持ってきてるんだ」


 ぼっち飯じゃねーか。王女とは。

 ていうかこれ、これさあ。もしかしなくても昨日パーティーで私が、ケーキとタルト美味かったって言ったからだよね?

 スイーツは女の子の燃料なのはそうだし、私もめちゃめちゃ甘党だけど、それはそれとして健康体なのでいつもは普通のメニューを食べる。エイリル、アルカイックスマイル崩れてるよー。恨みがましそうな目を向けないでねー。


「では……遠慮なく」


 手をつけないわけにもいかないし食べるか。美味しそうではあるしな。

 えーっとできるだけ昼食として成立するもの。アップルパイとフルーツタルトにしておくか。


「さ、どうぞ召しあがれ」


 紫苑の瞳をきらきらさせて、満面の笑顔で美味しい?美味しい?と言外に問うてくるヴィアナ王女。かわいいけど普通にちょっとウザいから。食べるのに集中させてくれ。


 パイ生地はサクサクで、香ばしく焼き上げられており、とろりと滴るリンゴジャムは甘すぎなくて、よくマッチしている。

 タルトの方はといえば、カスタードはしっかり甘いものの、上を飾るフルーツたちが瑞々しく、口の中をさっぱりさせてくれた。

 ──成程、これは美味い。


「どちらも絶品ね。これはヴィー王女のメイドが?」


「ううん。私、昨日のパーティーの料理を作った料理人と付き合いがあってね。お願いしたんだ」


 お昼がスイーツになって少し嫌そうだったエイリルも、気づけばパクパクと、チョコレートケーキを頬張っている。


「とても美味しいですわ。腕のいい方なのですね」


 私とサマナ、エイリルは、ブリギート領にいたころからお菓子作りを趣味にしてきた。

 時に、うちの料理人にアドバイスをもらったり、逆に前世レシピを教えたりして、素人ながらかなり上達したと思う。

 けれど、このアップルパイとフルーツタルトには及ばない。昨日は立食パーティーということもあって、なんとなく美味しいな、と思った程度だったが、相当洗練された腕前をお持ちのようだ、その料理人殿は。


「殿下、うちの侍女にも一口食べさせてもいいかしら?後学のために」


「構わないよ。なんだったら、今度彼に会いにいく?」


「それは嬉しいわね」


 サマナにも切り分けたチーズケーキをあげる。このなめらかさはなかなか遠いわよね。あ、無理しない程度でいいから計測魔法を使っておいて。分量がわかれば最高よ。

 なんて、目だけでコミュニケーションができるようになってきたのは、彼女が私をよくわかってくれているからだろうな。


「はー。二人に喜んでもらえて良かったよ」


「失礼かもだけれど、王女殿下はあまり、誰かと会食する機会はないのかしら」


「ベル、無礼ですわよ」


「あはは、いいよいいよ。まー、私は自由にさせてもらってる分、人も寄ってこないからね」


 ヴィアナ王女は現国王陛下の末娘。蝶よ花よと溺愛されて、この通り自由奔放に育ったわけだが、王位継承順位の低さゆえに、派閥を持っていないらしい。

 正直取り巻きなんて邪魔だと思わないこともないが、王族貴族は面倒だからな、誰も周りにいないのはよくない。あー、そういえば私、エイリルの派閥増強に付き合わないといけないんだよな。


「誰かに祭り上げられるわけでもなく、恨まれるわけでもない、といったところ……ね」


「うん?うん。そんなとこ」


 今の所、彼女が暗殺される要因が見えてこない。王族の殺害というリスクに見合うリターンが、あるとは思えないんだよな。


「ねえ、エイリル。君はさ、どう思ってるの?派閥とか」


「……マナリア公爵家の者として、重要性は再三、教えられてきましたわ。けれど」


「けれど?」


「彼女といると、利益だけの付き合いにどんな意味があるのだろう、と考えてしまうこともございます」


 私が答えの出ない思考の沼にハマっていると、ヴィアナ王女とエイリルが、なにやら真剣な顔で話し始めていた。

 派閥、派閥ね。実際、腐敗の温床ではあるんだよな。人間、集まる生き物だから無くす方が難しいんだけど、それはそれとして、権力争いに足の引っ張り合い程度ならともかく、金銭の融通とかコネでポストにつくとか、公権濫用になってくるとちょっとなあって思うところはある。

 辺境伯令嬢として、キンベリーには国家への忠誠心がある。私としても、愛する民と国を守りたい気持ちは強い。魔物から国境を必死で守っている私の兵士たちがいるのに、中央が腐ってるとなるとムカつく。


 なので、エイリルの派閥強化には友達だから付き合うつもりだったけど、それは彼女が困った時に助けてくれる相手を探すためというのが大きな動機だった。

 望む望まないに関わらず、公爵令嬢は中央の権力争いに巻き込まれるものだからな。したくない結婚とか、魔法が使える道具のように扱われるとか、そういう胸糞の悪い状況から、私は親友を守りたい。


「ヴィアナ王女がよければ、私たちで緩やかな同盟関係を組まない?」


「同盟関係?それは、派閥とは違うのかな」


「王女がエイリーの派閥に入っても、エイリーが王女の派閥に入っても、角が立つでしょう?私はエイリーの右腕だけど、ヴィー殿下が困っていたら助けたい」


「派閥というほど強固な結びつきではなく、あくまで互いの不都合に対する協力関係。貴族社会の理不尽に対する、ささやかな防衛手段ということですわね?」


「そんなところよ。派閥として大きくなって、面倒事が増えるのは御免被るけど、独りでやっていけるほど世界は甘くない。だから、妥協ね、妥協」


 派閥強化、という約束とは少し外れるが、マナリア公爵家にとっても悪い話ではないはずだ。直接的にヴィアナ王女派とは公言せず、王族との繋がりを作れる。邪推するものはいるだろうが、「派閥」という制度が公然とある以上、そこまでの付き合いをしていないからこそ、表立って誰も叩けない。


 王女殿下も、束縛を受けない範囲で味方ができるし、私は暗殺から彼女を守るために、仲良くしておきたい。

 win-win-winだ。私ってば天才かも。


「要は政治権力関係なく、お友達として仲良くしましょうってことよ」


「それはわかりやすくていいね。ふふ、信じてもいいんだね?キンベリー」


「私はヴィー王女を裏切らないわ」


 三人で順番に握手をして、私たちの同盟関係が始まった。

 これが、王女を助けるためのピースになることを願うばかりだ。

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