ゲームの世界に転生する、ということ

 パーティーの喧騒から離れて二人きり、バルコニーでお話。

 なんてロマンティックなシチュエーションなんだろうなあ。会話内容が王女暗殺に関係してなければ、胸が高鳴ったかもしれねえよ。


「で。どういうことなのよ」


「原作の話はしなくていいんじゃ?」


「人が死ぬ、しかも国の中枢人物なんて聞いたら、黙っていられないでしょうが」


 声を潜めつつ荒らげる、高等技術かも。

 原作を知らないわたくしにとって、グラスノウの知識は役に立つものばかりじゃないはずだ。変わってしまった運命、救えるかもしれない命、そういうものに雁字搦めにされて、今が見えなくなる可能性もある。

 だから、積極的に白竜と雪の騎士──ドラスノ、だっけか。ゲームの話を聞こうとは思ってなかった。いやでもさあ、あの人死ぬんだよねーって言われて、はいそうですかとは言えなくないか?私がおかしいの?


「うーん、僕としてはキンベリー様にあんまり関わってほしくないんですけど」


「その辺りも含めて教えてちょうだい。私ね、この国が結構好きなの。民がいて、国があって、戦三昧だけど辺境伯領がおおむね平和だから、私は自由に暮らせているから。無責任なお人よしじゃないつもりよ」


「そこら辺の覚悟とかは、別に気にしてないんですよね。キンベリー様は前世の僕より人生経験長いだろうし。あなたには自由にのびのび、やりたいことをやっていて欲しいから」


「それじゃあ、王女に関わることを渋るのはなぜ?」


 彼はしばらく、顎に手を当てて唸っていた。芝居がかった仕草ではあるが、月明かりに照らされたその姿は、とても絵になっている。

 やっぱ顔がいいって卑怯だよね。なんでも似合う。


「ヴィー様周りのことを説明するには、ドラスノ全体のネタバレ、もといストーリーを話さなきゃいけなくて、時間がかかるっていうのが一つ」


「しばらく授業はオリエンテーションでしょうし、一つ二つサボったってわけないわ」


「あははっ、サボりかー。それはいいね、憧れてました。でも、話せない理由はもう一つあって」


 言葉を切ったグラスノウは、冗談めかした笑いを消して、真剣な面持ちで再び口を開いた。


「……ラスボスが関わってるんですよ。今の僕じゃたぶん、いやほぼ確実に、勝てない」


 どこか悔しそうに、少しだけ視線を下ろした彼に、ふと思った。

 ああ、この人はなんだと。


 私と違って、この世界とよく似たゲームがあることを知っているグラスノウ。

 やりこんでいたゲームに転生したらどうしよう?なんて、サブカルに染まっていた前世の私も、考えたことがないと言えば嘘だ。きっと、全力でその世界を満喫するし、ゲームではできなかったことをたくさん試して、強くなクリアすることを目指すはずだ。

 その過程はどこか、遊びの延長線上で。死んでも次がある、なんて考えながら、ふわふわ生きるんだろう。きっと彼も同じように、ゲーム感覚でこの世界を生きているんだろうと、勝手に思っていた。

 スキルや、ステータス、フラグ。見えないものを見えているかのように話すから、余計に。


 けれど、違った。

 グラスノウという少年は、主人公に転生した少女は、ちゃんとこの世界を生きている。ゲームの知識を活かしても、この世界をゲームだと思っていない。行き交う人々を、美しい景色を、ただのテクスチャと思っていない。

 自分の命を、ストック制のデータだなんて、絶対に考えちゃいない。

 だって、本気じゃないとそんな顔はできない。負けても次があると思ってる奴は、悔しくて悔しくて、爪を手のひらに食いこませるようなことはしないから。


「いつかは勝ちますよ。ゲーム主人公よりずっと早く、僕は強くなる。でも、今じゃない。今じゃあなたを守れない」


 あの日辺境伯領で、私とエイリルを未知の魔物から守ってのけた剣技は、さらに磨かれている。それでも、まだ足りないのか。


「だから、首を突っ込まないでくれるとありがたいなーって。王女様が死なないと、ストーリー本格的に進まないですし」


 へら、と笑った彼の顔を見て、私は気づいたら胸ぐらを掴んでいた。

 持っていたシャンパングラスは地面に落ちて砕けたけれど、関係ない。本気のおまえが、そんな思ってもいないことを口にして自分を誤魔化すことは、許さない。


「おまえが諦める理由のために、私が愛する……自分が愛する世界を穢すな」


 ストーリーのことを考えてる人間が、ブリギート辺境伯領を救うわけがないだろうが。

 一度だっておまえは、エイリルを、サマナを、兵士たちを、この世界の人々をゲームのキャラだと軽んじたことはなかった。

 自分の推しである「煉獄ちゃん」がこの世界に存在しないと知っても、興味を失って放り投げることはしなかった。


 そりゃ、この世界が好きになったからだろ?現実リアルとして受け入れて、生き抜くって決めたからだろ?

 なら、ゲームのステータスを理由に諦めてんじゃねえよ。おまえの、私の生きてる世界は、ゲームじゃない。百戦やって百戦結果が変わらない、数字と数字の戦いは存在しないんだ。


「話してくれないのなら、いいわ。ゲーム知識は究極の手段だけれど、私に他に手がないわけじゃない」


「待って、キンベリー様、だから」


「私はね、おまえほどドライになれないの。好きなものとそれ以外、興味があるものとないもの、そんなふうに分けて諦められない」


「僕は別に……!」


「だから、一人でだってヴィアナ王女を救うわ」


 言ってて思った。私とブリギート辺境伯領のことは推しだから助けたけど、王女はそうじゃないから助けない。これって、ゲームだと軽んじてるに入るんじゃね?

 まあ、人間一本筋通ってることの方が少ねえからな。人、矛盾するいきもの。


 なのでちょっと突き放してるけど、グラスノウが悪いとは思ってない、案外ね。

 ていうかキンベリー、こいつのこと考えようとすると確定で惚れメガネかかるからさ。あんま悪く考えらんねえんだわ。洗脳かな?

 いやでも顔がいいからな、全然許すよ。


 だけどそれはそれとして、私はやりたいことをやりたいようにやる。

 美味しいスイーツを食べて、おしゃれに着飾って、女の子とイチャイチャしながら過ごすには、心に引っかかった「救えなかった誰か」とかいらないの。


 はア。王女とは関わらないで行こって思ってたんだけどな。

 いっちょ、暗殺阻止してみよか。情報、暗殺されるらしいってことしかないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る