あるいは幸運なミステイク 〜王政復古秘話〜
四谷軒
01 慶応三年十一月十五日、近江屋事件
慎太、慎太。
そう呼ぶ声が聞こえる。
見ると、額を斬られた竜馬が見えた。
「慎太、慎太ッ!」
手は利くか。
よく聞こえないが、そう言っているのはわかった。
「…………」
中岡慎太郎は立ち上がる。
痛みをこらえて。
後頭部を斬られ、両手両足を斬られた。
特に右手は、ほとんどぶら下がっている状態だった。
それでも慎太郎は立ち上がる。
目と耳の感覚が、少し、ほんの少し、戻って来る。
朋友の坂本竜馬の方が重傷だ。
額――前頭部を横に、真一文字に斬られている。
背中も斬られたらしい。
「慎太、わしはもう駄目じゃ」
「竜馬」
「わしは脳をやられちょる、もう駄目じゃ」
「竜馬」
待っていろ、竜馬。
あと少しなのに。
幕府という仕組みを壊し、新たな、この国を作るまで、あと少しなのに。
「竜馬」
待っていろ。
竜馬、今、医者を。
慎太郎は物干しに出て、「誰かいないか」と怒鳴る。
返事はない。
それならとここは二階なので、物干しからそのまま一階の屋根に出た。
「誰かッ、誰かッ!」
竜馬が死んでしまう。
誰か、来てくれ。
だがその叫びも虚しく、来る者はいない。
そういえば、竜馬の声がしない。
まさか。
「誰かッ! 医者をッ! 医者を……医、者を……」
叫ぶうち、慎太郎の意識は薄明の中へと落ちていく。
こんな。
こんな。
このまま何も。
何も、誰にも伝えられないのか。
…………。
*
慶応三年十一月十五日。
近江屋。
中岡慎太郎は、この宿の二階に投宿していた朋友の竜馬――坂本龍馬を訪ねた。
そこを、刺客に襲われた。
刺客が何者かは、不明。
その目的も、不明。
ただいえることは――慎太郎と竜馬は致命傷を負った。
それが目的だとするならば――
刺客はただひとつの
それは――中岡慎太郎がその場では絶命せず、二日の間、生き延びたことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます