そうだ、パライソさ行くだ!
平中なごん
一 隠れ切支丹の村
聖京大学で准教授を務める
若輩の上に茶髪のロングヘアーという奇抜な格好をした異端の学者であるが、その旺盛な知的好奇心と飛び抜けた行動力から、その評判はウナギ登りに登っていた。
殊に専門とする〝怪異〟については民俗学の枠を超えて探究をしており、ついた仇名は〝怪異リサーチャー〟。
現在、そんな彼が最も興味を抱いているのは、宮城県の山中にある〝
おそらくは隠れキリシタンと思しき土俗信仰が今なお伝わり、伊達政宗が遣欧使節としてスペイン、さらにはローマへと派遣した
だが、太野の興味を惹いているのはそれだけではない。天園村の村人の中には、まったく歳もとらず、異様に長寿の者がちらほらと存在しているらしいのだ。
ただし、その者達は長寿の対価とでもいうかのように、皆、知性を失って呆けてしまっているのだともいう……。
ともかくも、民俗学はフィールドワークをしなければ何も始まらない……太野はさっそく天園村を調査のために訪れた。
「──見た感じはどこにでもありそうな寒村だな……」
日に数本しかない地元の巡回バスを降り、錆びれたバス停の傍から太野は村を見渡す。
隠れキリシタンの村とはいっても、別に一見して何か特別なことがあるわけではない。
時折見かける村人達もほとんどが老人であり、不老長寿と思しき人物もまったくもって見当たらないし、こうした山間地の村のご多分に漏れず、この地でもそうとうに過疎化と高齢化が進んでいる様子だ。
そんな長閑な風景の中にあって、茶髪のロングヘアーにブラウンのスーツを着た太野の方が、むしろ見るからに特殊な異分子である。ここでは明らかに悪目立ちをしている。
「ああ、こんにちわ。ご精が出ますねえ」
「…………」
話を聞こうと野良仕事をしている村民に声をかけてみるが、疑念の眼差しでギロリと睨まれると、太野は怪しまれて悉く無視されてしまう。
「うーむ……田舎にありがちな閉鎖的ムラ社会のようだ……」
それだけが理由ではないように思うのだが、そんな感じで聞き取り調査はうまくいかないまま、太野は村落を進んでゆく……彼が目指しているのは、村の中心的役割を果たしている氏神の神社である。
その神社の宮司の家は代々村長を務めてきた一族でもあり、古くは村の誕生した頃から名主をしてきた旧家でもある。
その宮司ならば、村の習俗や長寿の者の秘密についていろいろ知ってるのではないかと考えたのである。
「あれが天園神社か……」
だが、緩やかな坂道を登り、高台にある神社が見えてきた時のこと。
「…デヘヘヘヘ……ゲヘヘヘへ……」
「……ん?」
神社の方から、一人の男性が坂道を下りてきた。
歳は20代くらいだろうか? 白い浴衣をだらしなく着崩し、焦点の合わぬ目で宙を見つめると、ヘラヘラ笑って口からはヨダレを垂らしている。
「やあ、こんにちは。もしかして、君は宮司さんとこのお子さんかな?」
太野は軽く手を挙げると、その青年に笑顔で挨拶をする。
「…ウヘヘヘヘ……おらあ、
だが、青年は太野に気づいていない様子で、何やら独り言をブツブツ呟くと、相変わらずヘラヘラ笑いながら坂道を下って行ってしまう。
「はらいそ? …ってどこだ? ……いや、もしかしてあれが噂に聞く長寿の……」
一瞬、面食らうも、すぐにその可能性へ思い至る太野であったが、そこへもう一人、今度は若い女の子が坂道を小走りに駆けてくる。
色白の肌に鼻筋の通った端正な顔立ち、黒髪を三つ編みおさげに結い、白いブラウスに黒いロングスカートという清楚な服装をした高校生ぐらいの大変な美少女である。
「あ、どうも……」
会釈する太野に、少女はちょこんと頭を下げると先を行く青年を追いかけるようにして、そのまままた小走りに駆けて行ってしまう。
「……やはり神社関係者か? ……あの二人にも後で話を聞いてみたいな……」
見ていると、追いついた少女は浴衣の袖に取り付き、なにやら青年に語りかけている様子だ。
その後姿をしばし見送った後、太野はくるりと踵を返して、再び神社の方へ向けて歩き出した──。
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