夜の月と、天の海と

島崎八歌

プロローグ

「サラサ王妃〝イゾラの旅芸人〟が……」

 言って、侍女は慌てて口元を手で押さえ、周りを見渡した。

 まるでこの会話を、他の誰かに聞かれることを恐れるように。けれど、部屋には王妃と侍女以外、誰もいない。

 それでも侍女は用心のためにと思ったのか、さらに声をひそめた。

「彼らが、トリアの都に入られたようです」

 侍女は手にしていた封書を王妃に手渡した。

「先ほど、一座の使いという者より、お預かりいたしました」

 宛名も差出人も書かれていないその封書を、サラサ王妃は震える手で開封した。


『我が一座一番の舞姫の舞を

 ご披露いたしましょう』


 書かれていた内容はたった二行の短い文。けれど、王妃にはそれだけでじゅうぶん通じたらしい。

 読み終えたそれをろうそくの炎にかざし、燃え尽きるのを確認すると、サラサ王妃は侍女に命じる。

「すぐに彼らを呼んで」

「かしこまりました」

「それと、このことはくれぐれも……」

 この後に続くであろうサラサ王妃の言葉を、侍女は心得ておりますというように頷く。

 王妃はああ……と声をもらし、窓の外、夜のそらに皓々と輝く月を見上げた。

「ようやく、わたくしの願いが化膿のですね。〝イゾラの娘の舞〟を目にすることが」

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