ニ 彼女との出逢い

 彼女との出逢いは、ほんとベタなパターンだったとはいえ、それ故に運命の出逢いだったといえるかもしれない……。


 その日、IT系のベンチャー企業を経営している僕は、とある商社を商談のために訪れていた。


「──ああ、それじゃあ、そういうことでお願いします…あっ!」


「きゃっ…!」


 だが、帰りも向こう担当者と話を続けながら廊下の角を曲がったその時、反対側からやって来た女性社員とぶつかってしまった。


 どうやら資料を抱えていたらしく、派手に尻餅を搗いた彼女はその紙の束を床にぶちまけている。


「すみません。大丈夫ですか?」


「…痛たたた……こ、こちらこそすみませ…ハッ!」


 こちらはなんともなかったが、見事な尻餅を搗いてしまった彼女に僕はしゃがみ混んで手を伸ばす……だが、上げたその顔を見た瞬間、僕は魂を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。


 別に絶世の美女というわけではない。ちょっと可愛い部類かな? というくらいのレベルだ。


 それに好みのタイプというのでもないのだが、潜在意識に刻み込まれている何かが、彼女は僕にとって特別な人間であると語りかけてくるのである。


「……あ、い、いや。こっちこそつい話に夢中になってしまって……拾うの手伝うよ」


 手を差し伸べるも彼女の手を握る勇気はなく、僕は腕を引っ込めると誤魔化しがてらに書類を拾い始める。


「……あ! す、すみません! あとは自分でやりますから……」


「なに、みんなでやった方が早い……」


 改めて謝る彼女の方を振り返ることもできず、ドキドキする心臓の音を気取られないよう注意しながら、僕はせっせと散らばった紙をかき集める。


「はい、これ。じゃ、お仕事がんばってね」


「あ、は、はい……」 


 そして、あえて素っ気なくそれを渡すと、逃げるようにしてその場を後にした。


 社屋を出て車に乗り込んでから、なんでもっと積極的にならなかったのかと、僕は強い後悔の念に捉われる……だが、この後も僕らは数奇な運命に導かれ、偶然にも何度となく邂逅することとなるのだった──。

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