僕だけ使える大ゲリール

莫[ない]

⇩第一章 幕開け⇩

第01話 駆除

 僕は、今から嘘をつきます。自分は愛を知りませんでした、と。

 町の孤児院に入った理由は、育児放棄ではありません。僕の両親は、行方を外出中に眩ませました。

 二人の足取りは森で途絶え、今も見つかっていません。そして、家の戸を叩いたのが教師たちです。

 彼らは、僕を孤児院に案内しました。住み家を他の子供達と共にして、数年を穏やかに過ごします。

 ある日、背の高い男が孤児院に訪れました。大きな傷を負った患者を治しに来たそうです。

 僕は、治療の様子を友達といっしょに窓から見下ろして眺めました。職員が、怪我人を中庭で待つ医者のもとへ連れてきます。

 背の高い男は杖を出し、緑色の光が刈り揃った芝生の上でぼうっと煌めいて、周囲に放たれました。そう。


 まるで、今みたいに。


「大ゲリール」

「っ」

 倒れていた剣士が、息を吹き返しました。背中まで達した貫通痕も、みるみるうちにふさがります。

「助かった、ヤツエ」

 空をないだ音が聴こえました。剣士が、油断した敵に一撃を喰らわせます。

 体勢を立て直す暇さえ与えずに、剣士が追撃をしかけます。

 敵が、人とよく似た足で逃亡を図ります。しかし、目論見は叶いませんでした。

 矢が、膝に刺さります。敵が、地面に転倒しました。

「足元が空いてるよ」

 弓士が、声を僕の背後方面から上げました。

 剣士が敵を蹴って、うつ伏せにさせます。敵は腕をあげることすら、最早適わない様子でした。

 剣の切っ先が、喉仏をねらいます。敵は幾重もの皺を面に刻み、剣幕はまさに鬼のようでした。

「なんだ、お前まだ喋れるのか」

「は、背徳者どもめ。特に、術師。貴様には絶対、罰が下る」

「死んでくれ。ヤツエを、仲間を嘲るな」

「命の、冒涜者があ」

 叫びはギャップに広がって、木々の奥へ吸いこまれていきました。

 もはや、続きを聞くことは適いません。首が、剣士によって両断されました。

「気にするな。しょせん、死に際の恨み節だ」

 剣士が、得物に付いた土を払いながら呟きました。そして、声が背後からも立ちます。

「同感だね。それよりトウヤ、目ぼしい物は持ってそうかい」

「特別なものは、ねぇな。ああ、この小さいのはどうだ。分かるか、ヤツエ」

 剣士のトウヤが敵のベルトポーチを探って、水晶の小瓶を取り出しました。

 中には、小粒で同じ色の何かが詰まっています。しかし、僕にも正体までは分かりませんでした。

 トウヤは粒を弓士のツルミにも見せましたが、彼もまた同じ様子です。

「鑑定士の仕事だね。もしくはトウヤ、試しに一粒、さ」

「っは、冗談だろ」

「最悪の場合、ヤツエの癒術があるさ」

「大、ゲリールな。ほらよ」

 トウヤが粒を蓋のあいた瓶から取り出して、ツルミに放り投げました。      

 彼は粒をキャッチし、ため息を吐きます。

「かぶれたり、接触毒の可能性は考えなかったのかい」

「どちらにせよ同じことさ」

「分かったよ」

 ツルミが、小粒を飲み下しました。僕たちは、彼の様子を見守ります。


「うっ」


 ツルミが、みぞうちを掻きむしり始めます。爪痕を装束に何筋も残した後に、彼はうつぶせに倒れました。

 僕は、杖を彼にかざします。

「ゲリール」

 杖に巻かれた布、表面に刻まれた術文が緑色の閃光を放ちました。

 ツルミが息を吹き返して、上体を起こします。そして、トウヤを小突きました。

「死んだかと思ったよ」

「どうだった」

「見ての通りさ。武器に塗るもの、かもね」

「さっき切られたときは、大丈夫だったぜ」

「たしかに。だとすれば、水源の汚染が目的か。あるいは自決用に」

「自決用にしては、量が多くないか。まあ、前者も最悪だが」

「今までにない事項だけど、何かの兆候かもしれない。町に戻ろう」

「ヤツエ」

 ぼくはツルミに頷いて、魔術を唱えます。周囲のざわめきが次第に大きくなり、獣や猛禽たちが集まってきました。

 丸裸になった敵の遺骸が、食い荒らされていきます。

 ぼくらは背を向けて、帰路に踏み出しました。

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