すべてお酒のせいだから

牧木

プロローグ ~夜道と出会い~

8月。

夜になっても、うだるような暑さだっていうのに

町はずれの小さな飲み屋は賑わっている。


汗をかいたグラス、騒ぐ人の声。

そんな景色はなんだか嫌いではなかった。



「モモ。これよろしく」

「はい!」

私はカウンターに置かれたビールとお通しを2番卓に運ぶ。

そろそろ12時なのに、まだまだお客さんは途切れない。


「モモちゃん、今日も頑張るねぇ」

「特にすることもないですから」

「せっかくの夏休みなのに」

「いいんですよ。ごゆっくり」

大学が夏休みに入ったというのに私は、

ほぼ毎日叔父の居酒屋でアルバイトをしている。

こんな日々でも嫌ではない。

そもそも知り合いの少ない私には、夏休みにどこへ行くこともないし。



午前1時。ラストオーダーも終わり、

ようやく最後のお客さんもおぼつかない足で店を出た。

ノーゲスト状態の客席を見て、急に疲れたという実感があった。


「お疲れ、モモ」

「お疲れ様。叔父さん」

「…俺、25なんだけど。おじさんっていうのやめよう?」

「なら、私のことモモっていうのやめてよ」

「でもモモはモモだからなあ」

私の名は百瀬詩織。

叔父さんが昔からモモって呼ぶせいでお客さんにも覚えられている。

名字由来の呼び名でも特に変じゃないと思うけど。


「叔父さんも百瀬でしょ」

「それはそうなんだけどね」

叔父さんは父方の親戚だから、名字は百瀬だ。

だから変だと思うんだけど、なぜか定着している。


「叔父さんはなんで呼ばれたいの?」

「こーちゃん、とか?」

「却下で」

「ひどいなあ」

叔父こと百瀬幸一はそう呼ばれたいらしいが、なにか癪にさわった。

「じゃあ、店長で」

「…おじさんよりはましか」

「たまに、幸一さんで」

幸一さんと、そんなどうでもいいことを話しながら片づけをしていると、

気づけば時計は1時50分を指していた。






「送っていかなくて大丈夫?」

「家すぐそこだし」

「気を付けて帰れよ」

「わかってる。仕込み頑張って」

そう言って私は、店を出た。

幸一さんは明日の仕込みをするために少し店に残るらしい。



時刻は2時近い。

町はずれということもあり、古い街灯と月明かりだけが薄く照らしていた。


家が近いとはいえ、この道は少し怖い。


そんなことを思いながら歩いていると、

闇の中からうめき声が聞こえた。


なんなんだろう。一体…

恐る恐る除きこむ。


電柱のそばに影が見える。

よくみると、人がしゃがみ込んでいた。

「あの…大丈夫ですか?」

私はそう声をかける。


しゃがみ込んでいた人は今にも泣きそうな声で答えた。

「大丈夫です…」

私を見つめた顔を見て驚いた。

「なにしてるんですか?」

「ちょっと飲みすぎて」

にしても、こんな女の子がこんな時間にどうしたのだろうか。

私の感情は恐怖から心配に変わっていった。


「とりあえず立てます?」

「たぶん…」

そう言いながら彼女は腰を上げる。

だいぶ酔っているみたいだし、本当に大丈夫なんだろうか。


「ちょっ…」

そんな私の心配は当たる。

彼女の足はもつれ、私に抱き着くように倒れ掛かった。

「大丈夫ですか!?」

「…ふらふらする」

ダメそうだ。なんとなくこのまま歩いて帰れる雰囲気ではないなと思う。

そもそも彼女の家なんて知らないし、

この辺はすぐにタクシーが拾える場所でもなかった。


とりあえず休ませないと、と思ったけどそんな場所なんて…





「つきましたよ」

「…ごめんね」

そうつぶやく彼女を抱えながら、私は居酒屋の裏口を開けた。


「どうした!!?モモ」

「この子がちょっと酔いすぎたみたいで倒れてた。休ませていいよね」

「座敷使っていいから。やばそうなら俺も呼んでくれ」

「ありがとう」

偶然にも幸一さんが残っていたから、ことなきを得た。

よかった。休ませることができそう。



私は彼女を座敷席に寝かせた。

「とりあえず休んで。具合悪くなったらすぐ言って」

「…うん」

私はそう言うとカウンター裏の冷蔵庫から紙パックのジュースを出す。


「はい。ゆっくりでいいから」

「…ありがとう」

私はグラスに注いだトマトジュースを彼女に渡す。

少しでも楽になってくれるといいな。


「…ちょっと!」

「少しだけ」

彼女は横になったまま、私の膝を抱くように手をまわした。


本音を言うとこの状態で吐かれたら嫌だなあと思ったけど、

本当に辛そうだし、どうにかしてあげたい。

これで安心できるなら…



「優しいね…」

私は考えるより先に彼女の頭を撫でていた。

疲弊を物語っているような、ぼさぼさの髪を優しく撫でていた。


この子、よく見るとかわいいし、

あのまま夜道にいたら…


そもそも、なんでこんな子が泥酔しているんだろう。


色んな疑問が浮かぶ中で、私の意識は薄れていった。





「モモ。おはよう」

「…おはようございます」

視界がはっきりするにつれて、状況も鮮明に理解できた。


私は翌朝、幸一さんの声で目を覚ました。

どうやら眠ってしまった私をそのままに出来なくて、ずっと店にいたらしい。


「よく寝てたなあ」

「…なにもしてないよね?」

「するわけないだろ」

「…そういえば、あの子は?」

「一足先に帰ったよ」

目が覚めた時に隣にいなかったからびっくりしていたが、

無事帰れたようだ。

私の中にあった心配事はすっと消えていった。



「なにこれ」

そして、すぐに私は横に落ちている紙に気づいた。


『ありがとうございました。トマトジュースおいしかったです』


そう書かれていた。



「大変だったなあ。昨日は」

「いいよ。あのくらい」

確かに酔っ払いの介抱は大変だった。

けどそれよりも驚いている。


夜道で出会った酔いつぶれたかわいい女の子を、まさか私が介抱することになるなんて…


そんな明らかに普通ではない出来事が

なんだかとても、


心に残っていた。

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