涙色の夢路(ゆめ)【壱】

陽萌奈

プロローグ

 彼と出逢ったのは――源平、戦国、幕末の歴史人物がつどう異世界だった。


 少し寒くなり始めた東京の街に、柔らかな陽の光が降り注ぐ。

 そんな中、19歳のあたし――わらもえは、バス停に続くアスファルトを歩いていた。


「……ェ天気やな」

 そう言ったのは、隣を歩く青年。あたしの恋人だ。


 七三分けの瑠璃るり色の髪に雪のように白い肌、しゃくどう色の大きな目を縁取る長い睫毛。水色のパーカーと黒のスリムパンツが、華奢な体を包んでいる。


「うん、最近よく晴れてるよね」

 穏やかな眼差しで空を見上げている彼に、あたしは答えた。


 女性も裸足で逃げ出してしまいそうな美人だけれど、その小さな喉仏や骨が浮き出た手の甲に、彼が男性であるということを再認識させられる。


 ……こうやって微笑むことも、以前はなかったのにな――特に、からは。


 ここは東京だけど、かなり田舎だ。公園やスーパーがあるくらいで、高層ビルなどは無い。場所によっては長閑のどかな風景も見られる、とても過ごしやすい街だ。

 その中で一際目を引くのが、そめおか病院だった。かなり大きな病院で、建物の手前に広い駐車場がある。


 あたしは、生まれつき心臓に病気があった。もう手術をして元気になったけれど、それまではずっとあの病院で、入退院を繰り返していた。

 幼い頃から看護師になるのが夢で、今は都会の方にある源明げんめい看護大学で勉強している。


「もっと勉強して、いつか看護師になれたら……ゼッタイあそこで働くんだ」


 お世話になった病院だから、今度は看護師として患者さんをる側に立ちたい。


 最初は、あたしが循環器外科でお世話になったということもあり、循環器外科の看護師として働きたいと思っていた。だけど、今は精神科の看護師を目指している。


 あたしの恋人である彼が――精神を病んでしまったからだ。


 3年前に起こったあの事件以来、自力では何も出来ないほどの無力感、あるいは錯乱状態に陥り、ボロボロになっていた彼。

 今も染岡病院で治療を続けてはいるけれど、それでもこうして外を歩いたり、自然と笑顔を見せてくれるくらいには回復している。


 ようやく手に入れた幸せを噛みしめたあたしは、涙色に染まるこのみちを振り返った。

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