第26話 代行者〜山羊座〜
パリン。
女が手に持っていたコップが床に落ち割れた。
女は目の前に現れた化け物に驚愕して手から力が抜けた。
「あ…あ…」
漸く状況を理解した女は体中の力が抜け座り込んでしまう。
「(殺される。私は今日死ぬ。こんなことならもっとやりたいことをやればよかった。自分の好きなように生きればよかった)」
死を覚悟して今までの生き方を後悔する。自分に自信をもって誰にも縛られることなく自由に生きるべきだったと。
「おい、人間。俺の話しを聞いているか」
これからのことを説明していたが女が座りこんだまま動かないので不審に思う。女に近づくも心ここにあらずといった感じだ。
「(どうすべきだ、これは…仕方ないか)」
パチン。指を鳴らして女の意識を戻して話しに集中させる。
神力を使って強制的に話しを聞かすので、女は気を失うことも声を出すこともできない状態にされる。
そんなことをされなくても女は恐怖で声を出すことができない。
「もう一度言う。俺は黄道十二神の一神山羊座のアイゴヌルス。人間、お前には俺のために戦ってもらう」
「…」
予想を遥かに超える化け物の言葉に気を失いそうになるも神力のせいで意識はしっかりしていた。
「おい。返事をしろ」
アイゴヌルスがそう問うも女は口をパクパクさせるだけで声を出すことができなかった。
「(あっ、俺のせいで声が出ないのか)」
すぐに自分が神力を使ったことを思い出す。
『人間、答えよ。俺のために戦う意志はあるか』
女の頭の中に直接問いかける。
『戦い?私が…どうして』
何故自分がどうして化け物のために戦わないといけないのかわからない。いや、そんなことはどうでもいい。早くここから逃げ出したい。そう思う女。
『俺がお前を選んだからだ』
『何で私を?』
『お前以外に俺の代行者は務まらないと思ったからだ』
アイゴヌルスの言葉に女は恐怖に包まれていた感情の中にほんの少しだけ喜ぶを感じた。
初めて誰かの一番になれると。
『私はあなたの力になれるの?』
この際化け物でもいい。誰かの一番になりたい。そのためなら、何でもできるとそう確信した。
『ああ。お前以外は俺の役にたたない』
アイゴヌルスは女が欲しいと思っている言葉を言う。
『わかった。私は戦う。貴方のために戦う。貴方の代行者になる』
『本当にいいんだな』
女の言葉に顔がにやけそうになるのを必死に我慢する。
『ええ。私は何をしたらいい?』
女はもう化け物に対する恐怖心がなくなっていた。
アイゴヌルスは女の問いにこれからのことを説明し、何故こうなったのかも話した。そして、人と神を殺さないといけないことも。
女は話しを聞いてアイゴヌルスがこんな姿にされたのは王と呼ばれている存在がやったのではと推測した。きっと、本人も化け物の姿にされて悲しんでいる。
私が本来の姿に必ず戻してみせると誓う。
「お前はできるか」
もう大丈夫だと判断し普通に話す。
「はい。貴方の邪魔をする者は誰であろうと必ず排除します」
「(アスター。俺の代行者が決まった)」
「お呼びでしょうか、アイゴヌルス様」
アイゴヌルスに呼ばれ天界から降りてくるアスター。
「ああ。あの人間が俺の代行者だ」
「わかりました。初めまして。私はアスターと申します。以後お見知り置きを」
「私は雪中花(ゆきなかはな)と申します」
頭を少し下げる花。
「では、これより代行者としての証を刻んでいただきます」
「山羊座の紋章のことか?」
「はい、そうです。その証が刻まれていないとアナテマには参加できず不戦敗になってしまいます」
アスターの説明にそういうことは最初に説明すべきではと心の中で思うアイゴヌルス。
「どこでもいいのか」
「はい。大丈夫です」
アスターの返答を聞いた後アイゴヌルスは花にどこに入れて欲しいか尋ねた。
「ここがいいです」
少し恥ずかしそうに右足首をみせる。
「わかった」
そう言うとアイゴヌルスは膝をつき花の右足首に手を添え神力を注いでいく。
「これでいいのか?」
「はい。問題ありません。では、私はこれで失礼します」
アスターが天界に戻っていき、漸く休めると思い指を鳴らして雲のベットを作りだす。
「俺は寝る」
そう花に告げるとアイゴヌルスは雲のベットに寝転がる。
「嘘でしょ」
どこからともなくいきなり現れた雲のベットに自分の目を疑う花。
アイゴヌルスの話しを信じていないわけではなかったが、それでも少しだけ疑っていた自分何いた。
だけど、自分にはない力。それを目の当たりにして漸く本物の神なのだと実感した。
今は化け物の姿でもこの戦いに勝てば私は神の代行者として人類で最も偉大な人間になれる。
そう思った花。
この瞬間から花はどんな手を使おうと必ずアイゴヌルスを勝たせると決意した。
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