プロローグ 或る青年の日常

 物心がついたその頃から、この街並みと日常は見慣れたものだった。


 道路を挟む様に立ち並ぶ建物の上を、箒やら絨毯で飛んで移動する人達や、或いは背中より生える翼をはためかせて自力で飛行する人は、この国ではさして珍しくもない。その下、道路を歩く人々の顔ぶれも、この世界で最多の人種たるアティリア系はもちろんの事、『向こう側』からの移住者とその子孫であるアジア系、果てには哺乳類や霊長類以外の特徴を有する者達までが、各々の目的のために行き交う。


 何千人もの様々な人々が行き交う中、一人のカジュアルな服装に身を包んだ、金髪の青年は、大通りに面した一つの店のドアを開けた。


「おやクエンサー、いらっしゃい」


 街の大通りに面したカフェに入るや否や、ホブゴブリンのマスターがコップを磨きながら出迎えてくれる。クエンサー・バルボターズはカウンターの一席に座り、マスターとともに働く猫獣人の店員に注文する。


「ブレンド1杯とサンドイッチを一つ…いや、ゆで卵も一皿」


「はいはーい、只今お持ちしますね~」


「…バル、お前はいつもそのメニューだな」


 すると一人の青年が隣に座り、クエンサーに話しかけてくる。クエンサーは視線だけを向けて答える。


「フミオ、お前だってここに来たら、いつもの内容を頼むだろう?公務員と言っても気ままに贅沢出来る程の給料は出ないのは知ってる通りだろう?」


「分かってるよ。マスター、エスプレッソとサラダ、コーンビーフのサンドを頼む」


 佐々木文雄ささき ふみおは注文を送りつつ、ポケットからスマートフォンを取り出す。そして記事を読みながら、グラスに入った水を飲む。


「ただ、来月からは『海』の連中を中心に臨時で昇給が入るらしい。どうにも、東の方がきな臭くなってきたみたいだ。旧態派のはた迷惑なテロも未だに起きているし、俺達中央も、エルドローザへ『遠出する』可能性が高い。新聞はたまに目を通しておけよ」


「分かっているよ…にしても、本当に旧態派の時代錯誤な主張には飽き飽きするよ。今更貧しいだけの時代に戻りたいと思えるわけがないだろうに」


 クエンサーはそう呟きながら、目前に置かれた皿へ手を伸ばし、サンドイッチを頬張る。佐々木も「違いない」と頷き返しながら、フォークを手に取ってサラダを食べ始める。


 当たり前の様に広がる、何て事の無い日常。しかしこの街にそういった光景が生まれるには、30年の月日と多くの生命を必要としたのである。

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