翠華杯スタート(3)

 レギ・クロウの固定カメラドローンの映像を見ていると、ダードルズのアームドスキンはショートジャンプをくり返しつつ迫ってくる。牽制のビームはグレオヌスのブレードガードで捌かれているが距離が詰まるほどにそれも難しくなる。

 しかし、へーリテの兄は特に動くでもなく待っていた。すり抜け様に砲口が向くのも冷静に見ている。事実、トリガータイミングは合っておらず、通り過ぎたあたりでビームが発射されていた。


「我らがショートレンジシュートアタックを見事に躱したな」

「1mmも動いてないし」


 明らかに不慣れな動作でじたばたと方向転換するゼムロンの一隊。姿勢も定まっておらず、挟む攻撃も怪しい照準でしかない。


「なにこれ、コント?」

「色々なチームがおりまして、なにぶんこのチームなどはほとんど練習もしていないような選手たちなので」

 ユナミの補佐官が解説してくれる。


 兄は落ち着いて直撃しそうなビームだけを払っている。リフレクタを使うまでもないという風情だった。

 対して赤い機体は激しく動きまわっている。当たりそうにもない軌道の光条を大きく避けながら踊っていた。


「はっ! ほっ! っとぉ!」

「器用に躱してくるぞ。もっと散らせ」

「いや、最初から散ってるし」


 軽やかなステップに合わせてバク転や側転、宙返りまで混じえている。それに合わせてアリーナの観客が手拍子まで刻みはじめた。


「こんなショーみたいな試合も組まれるです?」

「いいえ、真面目なのですよ。ミュッセル君はお客さんを楽しませようと道化を演じてくれますけど」

 ユナミはわざとだと言う。

「そうなんですね。ミュウお兄ちゃん、遊んでるんだ」

「いや、あれは簡単ではない」

「ええ、見た目よりもずっと」


 ブレアリウスは楽しげに口端を上げている。デードリッテは興味深げに見入っていた。確かに一瞬たりとも止まらず動きつづけている。見事なバランス感覚だと思うが、へーリテにはその難しさまではわからない。


「そろそろ反撃といくぜ」

「む!」


 跳ねとびつつするすると接近して足を払う。転ばせた機体の脚を掴んで放り投げた。ちょうどレギ・クロウのところまで滑っていく。


「僕に処理しろと?」

「しゃーねーだろ。こいつらみてえな下手くそを怪我させずに撃墜ノック判定ダウン取るの面倒なんだよ。ゼムロンを壊すのは忍びねえしよ」

「確かに! クロスファイト運営の整備班が涙を流して喜んでいるでしょう!」

 リングアナまで乗っている。


 不承ぶしょうにグレオヌスはブレードを突き立てていく。起動停止させられたゼムロンが積み重なっていき、最終的にツインブレイカーズの勝利宣言がなされた。


「お兄ちゃん、活躍する暇なかったね?」

「ええ、でもとても参考になったかも」

 母は残念に思っているかと問い掛けたが楽しそうにしている。


 よくわからないままにリングが整備されるインターバルを過ごしていると、兄とミュッセルもVIPルームに案内されてきた。すぐに駆け寄る。


「おめでとう、お兄ちゃん」

「ああ、ありがとう、リッテ。出番なかったけどさ」

「う、うん。全機、お兄ちゃんが撃破したことになってるよ?」

 記録だけに言及してフォローすると兄は苦笑いしていた。

「さあ、抽選が始まるな。もしかしたら午後も試合があるかもしれない」

「だったらちゃんと栄養補給しとかないと」

「そうね。ありがたくいただきましょう」


 ランチが準備されている。大した量ではないが趣向が凝らされたものだった。


「さすがに次は来週みたいだ」

 手を伸ばしているうちにリング上に巨大パネルで組み合わせが発表された。

「残念」

「ま、次はフラワーダンスの試合だからさ。応援してあげるといい」

「ビビさんたち! そうだった」


 試合相手が決定した。奇しくも同じAAAトリプルエースクラスのチーム『センチネルボーイズ』だ。


「慎重派のチームに当たっちまったな。こいつは地味な試合になんぜ」

 ミュッセルが戦績データを調べながら言う。

「そうなの?」

「電子戦系のメーカーと契約してるカスタマーチームだ。普通に考えりゃ、ねちっこい攻撃をしてくんだろうな」

「あり得るな。障害物スティープルを使った探知戦みたいな感じかも」


 グレオヌスが戦闘状況の映像よりはドーム天井の俯瞰カメラのパネルを勧めてくる。そうでないと状態がわからないと言われた。


「一転してタクティカルバトルね。バラエティに富んでいて楽しい」

 デードリッテは純粋に喜んでいる。

『注意して観ておいたほうがいいわ。ホライズンは他とは違う機体ですもの』

「シシルがそう言うならば」

『ええ、市販機として出まわる可能性がありますの』


 シシルが場合によっては父の攻略対象になる可能性を示唆している。若干ではあるが、空気が引き締まったように感じる。


「楽しんでくれよ。あいつら、面白え試合すっからよ」

 ミュッセルが和ませる。

「孫娘も意気込んでおりますので観戦してやってくださいな」

「エナさん、気合入ってた。お兄ちゃんたちと当たるまでに勝てるチームにするって」

「愉快なこと言ってくれてんじゃん。見せてもらおうじゃねえか」

 赤毛の少年は不敵な笑いを見せている。

「研究しておかないとな。もっとも、どこのチームのスカウトも血眼で粗探ししてるんだろうけど」

「まだ早え。今見つけたってすぐ潰されるような攻略法なんて意味ねえぜ」

「ああ、もう少し落ち着いてからか」


 兄たちはフラワーダンスをライバル視しているのだとへーリテも理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る