狼少女、学校へ(1)

 週明け、いつもと変わらない朝の時間。エナミは何気なくスツールリフトでバイクレーンを走っていた。

 グレオヌスの家族の話は彼女の家に少なからず影響があったが職務のことなので聞いていない。父親が休日出勤をする羽目になっただけでやり過ごしていた。


「おーっす」

 隣に並んできたのはミュッセルのリフトバイクだ。

「おはよう。元気だった?」

「おう。ま、色々あったけど着いてから話すわ」

「うん、楽しみ……、へ?」

 気づいたのはグレオヌスが二人乗りをしているところ。

「え、誰?」

「あー、あれな」


 狼頭の少年の体躯の向こうに隠れて見えない。が、横乗りしている膝下がスカートなので女の子だとわかった。


「リッテがついてきてんだ」

 なんてことのないように言う。

「グレイの妹。見学だとよ。あとで説明する」

「そうなの。妹さんいるの知らなかった。彼はご両親のほうが有名すぎて気にしてなかったかも」

「可愛いぜ」


(え、え、え?)

 激しく動揺してしまう。

(可愛いって? ミュウ、自分から? そんなこと初めて)


 なにかの拍子に挟んでくることはある。あまりに自然すぎて聞き逃しそうなタイミングで。だから、そんな言葉を聞きたければ引きだすしかない。なのに、グレオヌスの妹は当たり前のように享受していた。


(もしかして強力なライバル? だとしたら身近さで一気に引き離されてる!)

 危機感を抱く。


「お、ビビたちもいたな」

 スツールリフトの一団に追いつく。

「おはよう」

「おはよ……、って誰!?」

「目ざといな。待てよ。もう着くだろ?」


 校門を通り過ぎて駐輪場へ。グレオヌスは枠に収める前にタンデムシートの人物を降ろす。身長は同じくらいの小柄な女の子だ。ヘルメットに掛かった手の甲は毛皮に覆われていた。


(当然だけどアゼルナン、正確にはミックスの子。どんな子かしら?)

 獣人種ゾアントピテクスの少女を注視する。


 ミュッセルが降りてきてヘルメットを引き取っている。その下から現れたのはやはり狼頭である。しかし、グレオヌスと違ってふわふわとした毛に覆われた丸っこい顔だ。女の子だけあって手入れに気を使っているものと思われる。


「な、超可愛いだろ?」

「おー」


 赤毛の少年は毛並みに指を差し入れ、頬といわず頭といわず撫でまわしている。狼少女は嫌がりもせず照れた仕草を返していた。


「よろしく頼む、妹のへーリテだ。今日から一週間は公務官オフィサーズ学校スクールの見学をする」

 ヘルメットをバイクのリアにロックしたグレオヌスが紹介してくる。

「ほんとだ。最高に可愛い。でも、その扱いはなに?」

「なにって可愛いじゃん。撫でたくなんだろ?」

「く、ちょっとわかる」


(違った。ペットとか小さい女の子に対する態度なのね)

 少し安堵する。

(ただ、妹ちゃんのほうが満更でもなさそうなのが気になるけど)


 油断できない。ミュッセルのほうに意識はなくともへーリテは意識していそうだ。可愛さの基準が違うとしても、将来的にはライバルになる可能性は残っている。


「ああ、癖になりそう」

「ほんと。これヤバい」

「気持ちいいのにー」

「あんたは自分の毛皮触ってればいいじゃない」

「極楽」


 女子たちは三者三様の反応をしている。しかし、一様に好意的だった。黙ってなすがままにされている少女は確かに可愛い。


「へーリテです。リッテって呼ばれてます」

 皆を紹介されてそう返している。

「幾つ?」

「十三歳だ。ジュニアの通信教育しか受けてない。だから集団生活ってものを知らない。失礼があったらいつでも僕に言ってくれ」

「十三かぁ」


 ビビアンたちが微妙な反応なのにはわけがある。結構成熟しているからだ。身長も大差なく、胸の膨らみなどは彼女らと変わらない。加えて、ひらひらのワンピースを着せられていると愛らしさも増す。


「見学って?」

 気になっている。

「母が手配して許可を得ている。なにもなければ妹も公務官オフィサーズ学校スクールに留学させるつもりなんだ。その予行演習」

「そうなのね」

「今の感じだと次の次の年度で入学できそうです。お願いします」

 兄に似て礼儀正しい。

「二年後?」

「妹は僕と違って勉強が好きなんでスキップできそうだ。だから十五で入学すると思う」

「うっわー、優秀。あたしたちとは違うんだわ」


 なにかにつけて撫でている。全員が癖になっているようだった。


「うん、頑張れば大丈夫だと思う。いい成績残せばここも二年で卒業できるかも」

 何気なくフォローする。

「そうなんか? 俺にゃ無理な芸当だがよ」

「だって、私十五歳だもの。みんなの一つ下」

「えー!」

 全員が仰天していた。

「しまった。なに一つ疑いもなく同い年だと思ってた。スキップするような子は政務科とか司法科に進むもんだとばかり」

「そんなことない。特に志望がなかったら公務科を受ける。専科でないとその道に進めないわけじゃなし」

「そうだけど、絶対に有利じゃない」


 事実である。結局は資格を得ないと配属は認められない。その資格試験に合格できるようなカリキュラムを組まれているのが専科なだけである。独自に勉強すれば資格試験をパスするのは可能。


「勉強は好きだけど、まだなにしたいかわからないからリッテも公務科受けます」

「それがいいかも。決まってから転科するのも自由だし」

「相談乗ってもらってもいいですか、エナミ先輩?」


 心地よい響きに、つい気を許してしまうエナミであった。

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