碧星杯決勝(3)

 胸中の不安を隠してレングレンは攻めつづけるがミュッセルのヴァンダラムは揺らぐ気配がない。ヒット&アウェイをくり返す斬撃はまだ真紅のボディには届いていない。


「それでいいのかよ?」

 少年の台詞がリフレインする。


(いいはずだ。こんな緊張状態をいつまでも耐えられるはずがない。機械ではないのだから)

 エネルギーを供給して同じ条件付けをすれば同じ動作をくり返すのが可能な機械と人間は違う。

(そもそも機械にこんな回避や迎撃が出来はしない。私だって一撃ごとにアレンジを加えている)


 突く。薙ぐ。変化させる。様々なブレードアクションを駆使して攻めている。それは反対側のフェチネも同じこと。それを防ぎながら少年は訊いてきたのだ。


「その程度のブラフがクロスファイトトップチームに通用するって思ってる?」

「そうかよ」

 彼女のメンタル攻撃も通じない。


 低く薙ぎにいった剣身が意思に反して落ちる。操縦殻コクピットシェルには「カツン」という振動が伝わってきた。

 フェチネのフィックノスも慌てて間合いを取っている。同じ現象に襲われたのだろうか。


「リクモン流奥義『絶風ぜっぷう』」

 少年の声が静かに流れる。


 わずかな隙間にヴァンダラムが両の拳を腰だめにかまえていた。その右腕の肩から先が消える。


「ガン!」


 ブレードが弾ける。コンソールパネルは右手首にダメージがあったことを伝えてきた。咄嗟に引き戻す操作をするも、再び衝撃音とともに上に跳ねてしまった。


「ゴッ!」

「かふっ!」


 今度は腹にダメージ判定。その衝撃はコクピットまで通ってきてレングレンの生身の身体を叩いた。肺から息が抜ける。


「なに……、あぐっ!」


 フェチネ機も横に跳ねている。脇腹で砕けたビームコートが白い粉を撒き散らしていた。アームドスキンは軽く浮いてさえいる。


烈波れっぱの間合いはずしゃ勝てると踏んだんだろ? 甘えなぁ」

「まさか……」

「奥義が一つなんて誰が言ってんだよ」


 衝撃音が二つほぼ同時に鳴ってフェチネがまくれて転ぶ。すぐには立ち上がってこられない。危険を察したが、そのときにはヴァンダラムが間合いの内に入り込んでいた。

 拳を腰だめにした真紅の機体が目の前にいる。逃げる暇もなく両方の肩から先が消えた。


「しまっ……!」


 今度は単発ではない。音と音が重なって一つに聞こえるほどの轟音だ。レングレンのフィックノスがそれを放っている。

 装甲の溶着継ぎ目が割れる。隙間が開く。めくれて剥がれてくる。最後には後ろへ吹き飛んでいった。


「なん……という……スピードで……」

「見えてんなら立派なもんだ。てめぇは一流だよ。喜べ」


 機体を叩く拳は止まらない。フィックノスの各部の装甲が剥がされていく。全身のパーツが警報を発していた。

 どんどん裸にされていく。各部で機構が剥き出しにされている。そこさえも破壊に襲われていた。


「あ……、が……」


 破壊のシャワーがやんだときに立っていられたのは奇跡のように感じた。しかし、彼のフィックノスはもう反応してくれない。膝から崩れて落ちると、前のめりに倒れた。


「損傷リミットオーバぁー! なんと珍しい撃墜ノック判定ダウン要件が成立だぁー!」

 リングアナが吠えている声が遠く聞こえた。


(逃げろ、フェチネ。いや、無理か……)


 掴まっているメンバーの姿を最後にレングレンの意識は途絶えた。


   ◇      ◇      ◇


「馬鹿な……」

 ゼド・ビバインは愕然としていた。


 レングレン、フェチネ両機の撃墜ノック判定ダウンが宣言されたのだ。動揺しないわけがない。


「向こうは終わったみたいだけどどうする?」

 答える義理はないが、別の声が割って入った。

「おう、終わったぜ。面倒臭え砲撃手ガンナーの相手、ご苦労」

「そうか。じゃあ僕もそろそろ動こうかな」

「なんだったら俺様が全部食ってやんぜ?」

「決勝くらい見せ場を譲ってくれよ」


 惹きつけておくつもりが張り付けにされていた。三方からの狙撃に苦慮しているように見えて動いてないだけだったのだ。確かに一発のダメージも通っていない。直撃弾は全てブレードの腹で防がれていた。


「移動! ゲリラ戦に移行!」

「了解!」


 答えは返ってくるが間に合っただろうか。相対位置を頭に入れつつレギ・クロウの死角に入り込む機動をする。


(次の隙間で見える)

 一瞬の間に狙撃を挟む。牽制を入れて狙点を読めなくさせないと始まらない。


「しっ!」

「遅いな」


 ところが見えたグレーの機体は眼前。すでにブレードが振りおろされる瞬間だった。リフレクタをかざす暇もなく力場がボディを舐めていく。

 モニタいっぱいに撃墜判定の表示。透けた文字を通して地面が近づいてくる。機能停止させられていた。


「ワイズ、シュバル、もたせてくれ。テンパリングスターの誇りを」


 思い虚しく悲鳴だけがオープン回線を打つ。僚機の状態が次々と撃墜に変わっていった。背筋を恐怖が上がってくる。


「こんな試合なんて今まであったか? クロスファイトになにが起こってる?」

 理解が及ばない。


「ノックダウぅーン! 碧星杯優勝はぁー、チぃーム『ツぅイーンブレイカぁーズ』! なんとなんと、ノービス1クラスがかっさらっていったぁー! こんなことがあるのかぁー! クロスファイトの歴史が次々と塗り替えられていくぅー!」


 リングアナの宣言にゼドは下唇を噛んだ。

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