はぐれ者の拳(1)

 ウレタンスティックが風切り音を立てて空を斬る。体格に合わせて打撃部を1mもあるものにしているが、グレオヌスの一撃はミュッセルにかすりもしない。


「じゃあ、初期からの参加なんだ?」

「ああ、もう四年になるぜ」


 星間管理局本部から実機マッチゲーム『クロスファイト』の開催が告知され、巨大アリーナ『CFドーム』の建設が一年掛けて行われた。開始当初はミュッセルは十一歳。さすがに参加は認められなかったが、翌年十二歳になると同時に選手登録したという。


「最初はひとっつも勝てなくてよぉ」

 それでも格闘士ストラグルタイプ一本だったらしい。

「厳しいだろうね」

「アームドスキンもレンタル機使ってたんだけど、こいつもなかなか合わねえんだ」

「一般機は徒手格闘の仕様に作られてないじゃないか」


 クロスファイトには機体レンタル制度もある。当然だがアームドスキンを自前で準備できる選手などそうはいない。

 目的はアームドスキン開発励行であるため、メーカーがテストパイロットを使って参加するのが本来の形。しかし、それでは盛り上がりに欠けるためレンタル機体も準備された。


「使ってるうちに癖ってもんも理解できてきた。格闘で勝つ方法もな」

「あんな感じでエリアが限定されれば可能だろうね」

「他にも色々と手を打ってどうにかこぎ着けて、やっとソロは天辺が見えてきたぜ」


 スティックの先が跳ねる。目にも止まらぬ速さのはずだが、美少女紛いの少年はなんなく躱してしまう。


「勝って、賞金を貯めて部品を揃えるのに二年も食っちまった。設計はその一年前には済んでたのよ」

「素人なのによくやる気になったね。並大抵の苦労じゃないだろうに」

「そうでもしねえと本当に強くはなれねえってわかったかんな」


 突きは叩き落されるが、一歩踏み込み腕を入れる。逆袈裟に跳ねたウレタンスティックはミュッセルの首筋1cmのところをかすめていった。


「お前こそ、こいつを持ち出してくると人が変わるじゃねえか。まあ、こっち側じゃねえってのはわかってたがよ」

「体術は基本程度しか教わってないんだ。僕の本領はこれさ」


 荷物から引っ張りだしてきたウレタンスティックを示す。一日一回くらいは振っておかないと身体が鈍ってしまうと持ってきたが意外に早く役に立つ。


「生半可な技術で君に対しても、なにも得るものがないだろう?」

「ああ、訓練としちゃベストだな」


 学校にウレタンスティックを持っていって見せると、ミュッセルは喜々として組手に誘ってきた。放課後に彼の家で手合わせしている。

 グレオヌスもかなり本気で振っているのに有効な打撃は一発も入っていない。お互いにしゃべる余裕のある中での組手でも素人目には激しく映るレベルだろう。


「ま、要するにブーゲンベルクリペアうちみてえな設備があったからできたことだがな」

「それでもさ、こんな町工場でアームドスキンを一機組み上げて、しかも実戦レベルに仕上げられるのはすごいことだ」

「調べたら、ゴート宙区ほんばじゃ常識だっていうからよ。不可能じゃねえって思った。マシュリがいてくんなきゃ、ここまでの仕上がりにはならなかったがな」


 そのマシュリは傍に立って二人の組手を見守っている。切っ先と拳を合わせて終わりを示し合わせるとタオルを差し出してきた。


「お疲れ様でした」

 口調はいつも平板である。

「ありがとうございます」

「チュニ様が夕食をご一緒にと申されておられました。シャワーをお借りしてはいかがですか?」

「おう、汗流そうぜ」

 ミュッセルに引っ張られる。


 目の前で服を脱がれると未だにドキッとするが、やはり中身は男。細身ながらしっかりと筋肉に覆われた身体には、彼と似たようなものが付いている。意識の切り替えに苦労しながら熱い湯を浴びた。


「どうぞ」

 スポーツウェアは洗濯され、元の制服が差し出される。

「どうも。少し時間がありそうですね?」

「ミュウは着替えてくるそうですので」

「お聞きしても?」

 マシュリはタンブラーを渡しながら頷く。


 空調機の風が当たる場所に移動するとマシュリの腰まである長い髪が舞った。絶世の美を体現する横顔にはなんの感情も浮かんでおらず、銀色の瞳が静謐を湛えている。一部の隙もなくロングスカートのメイド服を着こなしたまま、こちらを向いて促してきた。


「彼はバレルの血筋の人ですか?」

 率直に訊く。

「噂に聞いたことがあります。かの血筋の人には戦意から攻撃を読む異能を持つ人間が現れると。それなのではないですか?」

「いいえ」


 メイド服のゼムナの遺志はこともなげに首を振る。そんなことは最初から調べてあるといわんばかりに。


「ですが、そうとしか思えない挙動をします。もしかして別の異能なのですか?」

 その疑問にも首を振られた。

「ブーゲンベルクの一家はずっとこのメルケーシンで暮らしてきた人のすえです。バレルの血は混じっていません」

「それではなぜ?」

「ミュウは戦気眼せんきがんを持っています。彼は『はぐれライナック』なのです」


 グレオヌスはマシュリの言葉に静かに耳を傾けた。

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