ミュッセルの家(2)
グレオヌスには見間違いようがなかった。マシュリと呼ばれた彼女の纏う空気は独特のもの。そして、彼がよく知っているものだったからだ。
(シシルと同じ存在……)
ゼムナの遺志である。
驚きの表情のまま凝視していると軽く首を振られる。話すなという意味だと察した。狼頭の少年にはそれを飲み込む分別がある。
「こいつはマシュリ。住み込みで手伝ってくれてる。親父の仕事もそうだが俺の機体のほうもな」
軽々しく紹介されるとなんとも言えない気持ちになった。
「そうなんだ。一人じゃ大変だと思ったけどアドバイザーがいたんだ」
「お、なんでわかった? 設計から組み立てまでは俺だけだったんだけどよ、使いもんになるよう改造するあたりからはマシュリが来てくれて助かってる」
「そりゃあね。助言くれるくらい詳しい人がいないと素人にはなかなか」
苦しい言い訳である。なにせ彼女はとても技術者には見えない。纏っているのは臙脂色のワンピース、正確にはメイド服であろう。淑やかな所作で椅子に腰掛ける。
「ああ、ベース設計は管理局が無料公開してくれてるんだがよ、特殊なチューニングをするとなると厄介じゃん」
当たり前のように説明してくる。
「そこにフラッとやってきたマシュリが手ぇ入れてくれたらなんとかなっちまった。すげえだろ? 軍っぽいところにいたお前にゃなんでもねえかもしんないがな」
「アームドスキンの仕様変更なんて軍でも大仕事さ」
「坊主、軍にいたのか?」
ダナスルが訊いてくる。
「両親ともが
「じゃあ、儂らの生活はお粗末に思えるかもしれんな」
「いいえ、新鮮ですよ。おそらく、これが父が僕に学んでほしいものだと思います」
普通の人の普通を知るべきなのだろうと思う。本当に守るべきものがなんなのかわからないまま軍にいれば、無造作に蹴散らしてしまうかもしれない普通を。
「そうか。ならいつでも来い」
グレオヌスは「お言葉に甘えて」と返す。
「よし、んじゃ、プロの目で俺のアームドスキンも見てくれよ」
「僕も技術的には素人なんだけど」
その後はミュッセルの真紅のアームドスキンの説明会になった。とても洗練された構造ではないがコンセプトは見て取れる。
(完璧に格闘タイプだ。白兵戦なんてものじゃない。パンチやキックといった打撃戦を主眼においた仕様になってる)
薄々は勘づいていたが明白になる。ミュッセルは格闘家だ。そして、アームドスキンでも格闘技をやろうとしている。
「可能なのか? いや、当然可能なんだけど……」
考えが言葉になってもれる。
「ああ、なにが可能だって?」
「君がこれでやろうとしていることさ」
「わかるか?」
黙って頷く。
「決まってる。だから、この『ヴァリアント』を作ったんだぜ」
「そうかもしれない。が……」
「証明してやるって」
ミュッセルは自慢げに言う。その根拠を聞き出そうとしたところで声が掛かった。チュニセルが夕食の準備ができたので降りてこいと。
「美味い」
グレオヌスは舌鼓を打つ。
「育ち盛りの舌なんてわかりきってるよ。こういうのが食べたくて仕方ないんじゃない?」
「ええ、まあ」
「たんとお上がりな」
こってりとした料理ばかりだが申し分なく、家庭の味が深みを与えている。
「不思議とうちの子は育たないんだけどね」
「うっせえ。親父とお袋の血を受け継いでんだから仕方ねえだろ」
「ひとの所為にしない」
ミュッセルが「他人事じゃねえ!」と吠えている。
温かい食事と愉快な会話をなにもかも忘れて楽しんだ。シシラーレンにも団欒があったが、それとはちょっと違う面白さが堪らなかった。
「ご馳走になりました」
辞去を告げるとマシュリが見送りを申し出る。
「んじゃ、頼む」
「お任せください」
「じゃあ、また明日、ミュウ」
隣を歩く、この世のものとも思えない相貌をうかがい見る。なんの感情も表さない極上の美はただ湖面のように静かだった。
「どうしてこちらへ?」
訊かずにいられない。
「彼の運命に関わっているのならいずれ知ることになるでしょう、シシルの養い子よ」
「少しだけ片鱗を見せてもらいました。マシュリ、あなたはミュウを見極めようとなさっているのですか? 協定者とするために」
「いえ、わたくしはすでに選んでいます。グレオヌス、あなたも関係者ならわたくしたちの解放を知っているのでしょう? その意味はおわかりのはず」
(確かに。一年足らずしか経ってないけど、『翼』によって全てのゼムナの遺志は解放された。彼らがなにをするにも自由な状態だけど、いったいなにを?)
シシルはそのままの生活を望んだ。父もなにも言わなかった。彼らは家族のままで続いている。しかし、これからはゼムナの遺志と人との関わり方は変わってくるかもしれないと思っている。
「人の中で生きることを積極的に選んだ結果とでも? それにしても彼は」
「そんな無意味なことはしませんわ」
「無意味? それ以外にわざわざこんなふうに……、まさか?」
グレオヌスの問いにマシュリは答えもせず、静かに微笑んでいた。
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