第6話
朝食の時間になって、僕とドォルは食堂に向かった。彼と顔を合わせたのは久し振りだったから、少し話そうということになった。
僕はサンドウィッチとコーヒーだけを注文した。ドォルは朝からラーメンを食べるらしい。朝からと断る意味は特にない。彼がいつから起きているのか分からないし、もしかすると、彼にとっては今は朝ではないのかもしれない。
「このプロジェクトは、そろそろ終わるんじゃないかと思ってね」ラーメンを一口啜り、ドォルはそう言った。「資金的にも、保ってあと数年というところだろう。それまでに何らかの成果を出さなくてはならないが、これまでのことを考えれば、難しいと結論づけざるをえない」
「やる気だけでは、どうにもなりませんから」僕はコーヒーを飲む。コーヒーを全部飲み終えてから、サンドウィッチを食べるつもりだった。
「お前さんは、どうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「このプロジェクトが頓挫したあと、彼女をどうする?」
「どうする、とは?」
ドォルは片手で箸を構えたまま、もう片方の手でコップを持って水を飲んだ。僕の方をじっと見ている。口に入った氷を砕きながら、なお僕のことを見続ける。こちらが真っ当な答えを口にする限り、意地でも何も言わないつもりらしい。
僕は溜め息を吐く。
「どうもしません」僕は答えた。「この国では、死んだ人間は燃やすのでは? それに倣うしかないでしょう」
「それではすべてお仕舞いだ」
「もう、とっくの昔に終わっています。彼女の脳だけ生きていても仕方がない」
「お前がそんなことを言うとは、思ってもいなかったな」
「そう言わざるをえません」
コーヒーの最後の一滴を飲み終えて、僕はサンドウィッチを食べる作業へと移行する。
「何をしたらいいのか、分からない」僕は話した。「僕に彼女を理解することは不可能です。何を言いたいのか分からない。この四年間、ずっとそうでした。どう解釈したらいいのか……。いえ、本当はその前からそうだったかもしれない」
「弱気になっているようだな」
ドォルの言葉を聞いて、僕は少し笑った。
「そうかもしれません」
「いずれにしろ、プロジェクトは最後までやりきらなくてはならない。その分の資金は得ているわけだからな。それまでの間は、こちらも全力を注ぐしかない」
「もう、注げる力なんて残っていませんよ」
僕がそう言うと、ドォルは黙った。こちらが何か言うことを要求しているわけでもなさそうだから、僕も一緒になって黙った。
僕は……。
僕は、彼女を理解したかったのだ。
これまで、ずっと……。
理解したかったし、できるものと考えていた。
彼女が口にする言葉の一つ一つに耳を傾け、彼女が示す仕草の一つ一つに目を凝らした。
それで分かると思っていた。
けれど……。
分からない。
そう……。それは、彼女が生きている間もそうだった。死んでしまったから分からなくなったのではない。死んでしまったことで余計に分からなくなったことは確かだが、死んでしまったことが分からなくなったトリガーではない。
どうしたら、彼女を理解できるのか?
彼女は何を言いたいのだろう? 彼女は何をしたいのだろう?
……分からない。
食べるものを食べ終えて、僕とドォルは食堂をあとにした。休み時間は設定されていないから、いつでも休むことはできるが、それはいつまでも休む訳にはいかないということでもある。
部屋の前に戻って来たとき、僕とドォルはすぐに異常に気づいた。
ドアの上にあるディスプレイに、赤い文字で「アラート」と表示されている。
僕とドォルは一度顔を見合わせる。
一人ずつ生体反応を認証させ、金属板を押して部屋の中に入った。
二歩。
三歩。
室内は閑散としていた。先ほどまで灯っていたインジケーターは、今は一つも光っていない。電子音も聞こえなくなっていた。それだけではない。辺りに職員が倒れている。それも、何人も……。
ドォルが僕より先に動いて、傍に倒れている職員のもとへ駆け寄った。首もとに触れ、背中に耳を当てる。彼は僕を見ると、大丈夫だ、と小さな声で呟いた。その声が室内に幾重にも響き渡り、余計に異様さを増した。
僕の視線は正面へと向けられる。
そこに手術台がある。
その上に設置されたカプセル。
彼女が入っていたはずのカプセル。
入っていたはずの、カプセル?
僕は、自分でも知らない間に、一歩、また一歩と足を踏み出して、そのカプセルがある方へと近づいていった。
硬質かつ曲面を成したカプセルの表面に触れる。
手もとの基板を操作して、シェードを解除した。
φ。
何も、ない。
誰も、いない。
彼女はそこにいなかった。
僕は呆然と立ち尽くす。
ドォルが傍にやって来て、カプセルを覗き込んだ。彼は何事かを叫んでいたが、僕の耳には届かなかった。
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