第3話 年寄りは若者をからかうもの

【side ジェイミー】


 上手くいった、わよね!?

 私のことを魔法使いのお婆さんだと信じたわよね!?


 私は再び寝息を立てるルーベンを見ながら、ガッツポーズをした。


 しかし、若い女の声がしたような気がすると言われたときは焦った。

 老婆に変化する前の声を聞かれてしまっていたようだ。

 独り言を呟く癖がこんなところで足を引っ張るとは思わなかった。


「…………水浴びでもしてこようかな」


 そういえばここ数日、結界を張るのに忙しくて湖まで行けていなかった。

 一人暮らしだから数日くらい別に良いかと思っていたが、ルーベンがいるなら話は別だ。

 今回の人生ではルーベンと恋をするつもりは無いが、それでも臭いと思われるのは嫌だ。


 私は手早く着替えを用意すると、寝ているルーベンを置いて湖へと急いだ。



   *   *   *



 家に帰ると、ルーベンはすでに起きていた。

 しかしベッドから動くことは出来ないようで、ベッドの上に座ったまま考え事をしているようだった。


「おや。起きておったのか」


「おかえりなさい」


 水浴びの帰りに木の実を採ってきて正解だった。

 起き上がれる状態なら、何かを胃に入れた方が良いだろう。


「食欲があるなら果物を食べなされ。それとも、すりつぶした方がええかのう?」


「ありがとうございます。そのままいただきます」


「もう少し元気になったら肉も出すから、早く元気になるんじゃぞ」


 そうは言ったが、この家に肉は無い。

 つまりルーベンが回復するまでには肉を狩らなければいけない。

 上手くウサギが罠にかかってくれると良いのだが。


「あなたはこの森でずっと一人で暮らしているんですか?」


 ルーベンが私を見ながらそんな質問をしてきた。

 答えはノーだ。

 この森には結界を張る間だけ滞在するつもりだし、住んでいるこの家は廃墟を魔法で綺麗にしただけのものだ。

 しかしルーベンに結界の話が出来るわけもない。

 結界を張ることが出来るのは『聖女』だけだからだ。


「そうじゃよ。町の喧騒から離れて森で心穏やかに生きておる」


「そんな生き方もあるんですね」


「豪勢な食事は食べられないがのう。ひっひっひ」


 私の言葉に、ルーベンは顔を曇らせた。


「……それでも、弟に命を狙われるよりはマシなはずです」


「その怪我を負わせた犯人は弟なのかい?」


「実行犯は別ですが、首謀者は弟です。悲しいことに」


 これまでの人生で、ルーベンの弟は国王命令で外国へ留学に出ていたはずだ。

 ……なるほど。

 弟によるルーベンの暗殺計画を知った国王が、留学の名目で弟を海外へ飛ばしていたのか。


「弟が犯人なら、城に帰ったらまた命を狙われるのではないかい?」


「…………俺、城で暮らしていると言いましたっけ?」


 しまった。

 ルーベンの素性を知っているから、つい「城」という単語が出てしまった。


「ひっひっひ。わしに隠し事は無駄じゃよ。お主の服を見れば大体わかる。それにわしは大魔法使いじゃからのう」


 大魔法使いだからといって初対面の相手の素性が分かるわけではないが、こう言っておけば魔法に精通していない者なら納得する可能性がある。

 というか納得してくれ。

 他に良い言い訳が思いつかないから。


「敵なら俺を助けるわけはない、か……?」


 ルーベンは半信半疑のようだった。

 これは押せばイケる気がする。


「わしを疑っておるのかい。こんなに親切な老人を?」


「親切でフレンドリーな相手だから裏切らない、とは限りませんから。弟のように」


「それはそうじゃのう」


「…………」


「…………」


 私とルーベンはそのまましばらく見つめ合っていたが、ふっとルーベンが緊張を解いた。

 どうやら完全には納得していないものの、これ以上探っても私からは何も出てこないと判断したようだ。


「そういえば、俺が一つしかないベッドを使っている間、お婆さんはどこで寝ていたのですか?」


「床じゃが?」


「床!?」


 私が何でもないことのように答えると、ルーベンはとても驚いた様子だった。


「申し訳ありません。お婆さんをそんな場所で寝かせるなんて。年寄りは大事にするように言われていたのに」


「気にすることはない。怪我人と年寄りなら、怪我人がベッドを使った方が良いはずじゃ」


 それに本当の私は年寄りではない。

 床で寝たところで、少し首が痛くなる以外に大した問題は無い。


「いいえ、お婆さんを差し置いてベッドを使うのは心苦しいです。今夜はお婆さんがベッドを使ってください」


 普段王宮の高級ベッドで寝ているのに、何とも殊勝な心掛けだ。

 しかし。


「わしに怪我人を床で寝させる趣味はないんじゃよ。怪我の治りが悪くなっては困るからのう」


「ですが」


「それならわしと一緒にベッドで寝るかい?」


「えっ!?」


 悪戯心の湧いてきた私は、そう言ってルーベンをからかった。

 戸惑うルーベンは何とも可愛らしい。


「えっと、あの、その……」


「ババアの冗談じゃよ。ひっひっひ」



   *   *   *



 どうしてこうなった!?


 おかしい。おかしすぎる。

 今、私はルーベンと添い寝をしている。

 老婆の姿なのに。


「なぜ添い寝を」


「あなたが言ったんですよ。一緒にベッドを使おうと」


「それはそうじゃが、あれは出来心というかほんの冗談で……」


 いきなりルーベンとの添い寝は心の準備が出来ていないと言いますか。

 まあルーベンは私のことを老婆だと思っているから、ドキドキしているのは私だけなんだろうけど。




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