聖女の恋は始まらない~4度目の人生では運命の恋を断ち切りたい~

竹間単

第1話 始まらないはずなのに

【side ジェイミー】


 私はカゴいっぱいに果物を乗せて、森の中をスキップしていた。

 上機嫌も上機嫌だ。


「結界も張ったし、果物も採ったし、万事順調!」


 欲を言えば、結界を張り終えた記念に肉か魚が食べたかったが、果物だって立派な食糧だ。

 ご飯にありつけるだけでありがたい。


「今回は欲張らずに慎ましく生きるって決めたんだもの。大事なのは、足るを知ることよ」


 一人で暮らすうちにすっかり癖になってしまった独り言を呟きながら、家へと急ぐ。


「今日は採れたての果物をこのまま食べて、余った分はジャムとドライフルーツにしようかしら。あとは罠用のエサも残しておかないと……」


 ここで、私の上機嫌は終わりを迎えた。


「なんでこんなところに」


 地面に続く血痕と人間の足跡が目に入ったからだ。


 私は即座に木の陰に隠れ、懐から杖を取り出した。


 この血が、狩りに来た人間が仕留めた動物の血だった場合は問題ないが、危険なのはその逆だ。

 人間に大量出血をさせるような猛獣が近くにいる可能性がある。


 果物の入ったカゴを地面に置き、慎重に血痕を辿ってみる。

 本当はこの場から逃げた方が良いのだろうが、これが人間の血だった場合、何もしないでいたら救える命を見捨てることになる。


 血痕を辿っていくと、崖下に着いた。

 どうやらこの血の持ち主は、崖から落ちてここへ来たらしい。


「……ということは、ここから歩き始めて、逆側へ向かったのね」


 私はごくりと喉を鳴らし、元来た道へと戻って行った。

 この血痕の先にいるのは、獲物を狩った人間か、猛獣に怪我をさせられた人間か。


「後者でしょうね。崖から落ちているわけだし」


 ということは、無傷の猛獣が近くに潜んでいる可能性がある。

 杖を握る手に力が入った。




「やっぱり怪我をしたのは人間だったのね」


 そうしてやって来た血痕の先には、服を赤く染めて倒れている人がいた。

 体格からして男だろう。


「これは……猛獣につけられた傷じゃないわね」


 一目見て分かった。

 彼の身体には、猛獣のものと思われる爪の痕が一つも無かった。

 代わりに、剣によって出来たのだろう大きな傷があり、そこから血が溢れていた。


 彼に近付いて脈があるか調べると、辛うじて生きてはいるようだった。

 しかし意識は無いようで、私に腕を掴まれても何の反応も示さなかった。


「……とりあえず家に運びましょうか。このままだと血の匂いで、それこそ猛獣がやって来るわ」


 応急処置として簡単な止血魔法を掛けてから、運ぶために浮遊魔法を掛ける。

 すると、今まで髪で隠れていた彼の顔が明らかになり……。


「今回も、会ってしまうのね」


 倒れていたのは、私のよく知る男だった。

 過去の私と、三度出会い、三度恋をし、全ての人生で不幸になった男。


 この国の王子である、ルーベンだ。



   *   *   *



 森の中にある簡素な家の簡素なベッドに、ルーベンを寝かせる。

 高貴な彼には、この家もこのベッドも、ものすごく不釣り合いだ。


「治癒魔法を掛けたから命に別状はないけど、血を失い過ぎたわね」


 彼の負った傷はかなり深く、さらに崖から落ちたことで骨折もしていた。

 この状態で森を移動したのだから、彼の胆力はすさまじい。


 それにしても。


「これまでの人生でルーベンがこんな怪我を負ったことはなかったのに、今回はどうして……?」


 謎の現象に首を捻っていると、ふとあることに思い至った。

 私は今回の人生で、これまでとは決定的に違うことを行なった。

 それは。


「今の時期に私が森に結界を張ったから、ルーベンが襲われたの……?」


 これまでの人生との違いは、そこだ。

 でも、どうしてそれがルーベンの暗殺未遂に繋がるのだろう。

 私は一つずつ、順序立てて思い出してみることにした。


 これまでの三度の人生で、今年魔物が町を襲うことを知っていた私は、今回は前もって森の中に結界を張った。

 これにより、魔物が森を抜けて町へ行くことが出来なくなった。


「結界とルーベンに何の関係が……?」


 そこではたと気付く。


「もしかしてルーベンは……今回だけではなく、これまでも暗殺を計画されていた?」


 暗殺者に森で殺される予定だったルーベンだが、これまでは暗殺が遂行される前に暗殺者が魔物に襲われたせいで暗殺計画が中止になっていたのだとしたら……。

 今回、私が森の中に結界を張ったことで、魔物が暗殺者を襲うことが出来なくなったのではないだろうか。

 そして魔物の襲撃に遭わなかった暗殺者は、予定通りにルーベンの暗殺を行なった。


 もしそうなら、辻褄が合ってしまう。


「ということは……この怪我は、私のせいよね」


 怪我の治療が済んだら、さっさと城の近くにでも置いてこようかと思っていたが、自分のせいで怪我をした人間を雑に扱うのは罪悪感が湧きすぎる。


「しばらくはここで面倒を見た方がいい、わよね?」


 そもそも暗殺者に狙われたのだから、瀕死の状態で城の近くに置いたら今度こそトドメをさされてしまうかもしれない。

 そして瀕死の彼は、逃げることも応戦することも出来ない。

 目を覚ます前に襲われたら、助けすら呼べない。


「今回の人生ではルーベンと関わりたくないんだけど……さて、どうしたものか」


 ベッドの上で眠るルーベンを見下ろしながら、私は考えを巡らせた。






――――――――――――――――――――


ここまでお読みいただきありがとうございます。

竹間単と申します。


王道の回帰ものストーリーを書いてみたかったため、この作品を執筆しました。

楽しんで頂けたら幸いです。


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よろしくお願いします^^



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