第10話 お玉杓子

春先にお玉杓子が一杯の溜め池残る

無人の村よ


◆思い描いた景色

 廃墟マニアなら知っていると思うが、限界を超えて無人になった村落は結構ある。

 誰も電車もバスも満足に通っていない、山奥に住みたいと思わないし、安心して置いてもおけない。

だが、そんな誰も住まなくなった村落をまわる、変わり者もいる。

 事前に当たりをつけた場所に車で向かう。

 大概は途中で通行禁止の柵が設けられており、そこからは歩きだ。

 現場に到着したのは10時頃だった。

 あまり大きくない村落を適当に回るだけ。

 案外、道も家も現状を維持しているものだ。

 何件かの古い民家にもお邪魔する。

 何らかの理由で出入口が開けてある家だけである。しっかりと封じられている家には、入らないのがマナーだ。

 その古い空気感というか、生活感というか、なんとも言えない営みの匂いを感じ、無くなったものへ共感する独特の時間を堪能し、散策は続ける。

 村の外れに溜め池があった。

 しゃがんで見てみると、そこには様々な生き物の営みがあり、お玉杓子が群れをなして泳いでいた。

「こんな何も無い村に何用かな」

 不意に声が聞こえた。

「無くなったものと、新しく育ったものの空気を感じに」

「それは楽しいかね」

「そうですね、僕の住んでいる町には、機械と風の音しかないので、時々迷子になるのです。こういった場所でしか得られないものがあります」

「酔狂なものだ」

「酔狂はいいものです」

 後ろを振り向くと誰もいない。

 こういった場所では、よくあることだ。

 時計を見ると午後3時である。

 そろそろ御暇しないと、真っ暗になって帰れなくなる。

 村はずれに来た時、人の気配は複数になっていた。僕はお邪魔しましたと頭を下げると、空気が柔らかくなった。

 今度くる時は、和菓子でも買って来よう。



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