第三十七話 心のケア
盗賊団、”黒の支配者”の一員となったレイは、バラックに連れられて洞窟の脇道を土属性魔法で手を加えることで造られた部屋の中に入った。
六畳二間程のその部屋にはベッドと机と椅子。そして小物類がある戸棚と防具が一式置かれているという、非常に簡素なものだ。
「取りあえず、ベッドにでも座ってくれ。ここは俺の部屋だから、遠慮はいらん」
バラックの言葉に、レイはコクリと頷くと、てくてくと歩いてベッドの淵に腰かける。
そんなレイを見て、バラックは思わず「人形みたいだ……」と呟いた。
こうして改めてレイを見てみれば、やはり相当劣悪な環境にいたことが見て取れる。
「はぁ……てか、心のケアってどうやるんだ……?」
バラックは頭を掻きながらそうぼやく。
あの時は勢いでそのまま頷いてしまったが、冷静になった今、その選択を後悔する。
せめて、お頭――ルイに何か助言を貰うべきだった。だが、今からそれを聞きに行くのは流石に気が引ける。
「まあ、いい。取りあえず色々話してみようか。会話は大事だからな」
取りあえず、何か話題を提示して、話をしてみよう。
そう思ったバラックは、レイの横に座ると、安心させるようにレイの背中を擦りながら口を開く。
「レイの好きなことってなんだ?」
バラックはなるべく答えやすい質問を考え、問いかける。
すると、レイは少し考えるような仕草をしてから口を開いた。
「剣術と魔法。これをやっている時がとても楽しかった」
レイはどこか懐かしむかのように遠い目をしながら言葉を紡ぐ。その時、ほんの僅かだが口角が上がったような気がした。
お、この質問は正解だったようだ。
そう思い、内心ほっとしつつ、バラックはその話題を更に深堀することにした。
「剣術と魔法か。実は俺も剣術をやっててな。ほら」
そう言って、バラックは腰の鞘に収まった片手剣を軽く見せつける。この時、刀身は見せないのがポイント。
こういう子供は、自身を傷つけそうなものを見てしまうと、奴隷として傷つけられた過去を思い出してしまうからだ。
「そうなんだ……」
レイはバラックの鞘を横目で見ると、ぼそりとそう言う。そこには、例えるなら自分と同じ趣味を持つ仲間を見つけたような喜びの感情があった。まだ相変わらず表情は暗いが、悲観することはなさそうだ。
バラックはそんなレイを見て、そう思うと、安堵の表情を浮かべる。
「ああ。今度、俺がレイに剣術を教えてやるぞ」
そう言って、バラックはレイの頭を優しく撫でる。すると、レイは気持ちよさそうに目を細める。
(この感触。ちょっと違うけど、お父さんみたいだ……)
撫で方や力加減、掌の大きさなどはお父さんと全く違う。だが、込められた思いのようなものは、あの時のお父さんと同じ。
レイはそう思い、まるで安心したように息を吐くと、父――グレイのことを思う。
(やっと、あの酷い所から抜け出せた。でも、安心はできない。僕は何としても生きるんだ。絶対に)
レイはそう、心に決める。
まだ、安心はできない。村を滅ぼされ、信じていたガストンに裏切られ、もっと酷い目に合わされた。
ここでもまた、同じ目に合うかもしれない。
それを回避する方法、それは――
(強くなる。それらから抗い、生きるために。生きるために、強くならないと――)
レイはそう決意すると、そっと目を閉じる。
すると、次の瞬間。
ぎゅるるるー
レイの腹が大きな音を立てて鳴った。
ああ、そう言えばここ最近ほとんど食べていないんだった……
緊張が途切れたことで、空腹が一気に押し寄せて来たレイは、そのままばたりとベットに横たわる。
「あ、やっべ。そうじゃん。レイ、絶対腹減ってたじゃん。ちょっと飯持ってくるから、待っててくれ!」
バラックはいきなり腹を鳴らして倒れたレイを見て、慌てたようにそう言うと、大急ぎでドアを開け、部屋から跳び出した。そして、そのまま洞窟内を走り、食糧貯蔵庫の部屋に向かった。大切な食料を保存するこの部屋に入れるのは、頭のルイと、バラックのような幹部のみ。ああ、そう言えば個室を持っているのも頭と幹部だけだったな。
色々とやることが多くて、煩わしいと思ってしまうこともあった幹部の肩書も、意外なところで役に立つものだなと思いながら、バラックは食糧貯蔵庫の前に立つと鍵を開けて中に入る。
「おおう……相変わらず寒いな……」
食糧貯蔵庫に1歩足を踏み入れた瞬間、全身を冷気が襲い、バラックは思わず身震いする。
ここは凍結の魔道具によって常時冷凍庫のようになっており、燻製肉や干し肉をいざという時の為に長期間保存しておく場所だ。
「んっと……ま、これでいっか」
バラックは適当に冷凍されている干し肉を一塊手に持つと、食糧貯蔵庫の外に出て、鍵を閉める。
そして、レイの下へ戻った。
「レイ。持ってきたぞ」
自室に戻ったバラックは、ベッドに横たわるレイにそう言うと、戸棚から皿と木箸を取り出し、机の上に乗せる。
「じゃ、焼くか。
バラックは凍った干し肉を掲げると、完全無詠唱で中級火属性魔法、
直後、凍った肉塊が炎に包まれた。
「い、いい匂い……肉……!?」
次第に肉が焼けてくるにつれて、いい匂いが漂い出し、レイの鼻孔を刺激する。
そして、ばっと起き上がり、目の前で焼かれている肉を見るや否や、目を輝かせる。口元からはよだれを垂らし、完全に待てと言われている犬状態だ。
そんな極度の空腹状態であるレイがこの肉に跳びつこうとしないのは、偏にレイを散々痛めつけたルークが、許可されていないことは絶対にするなと、酷い拷問と共に心に植え付けたからだ。
一方、そんなレイを見たバラックはふっと笑うと、少しだけ火力を強める。
「……よし。こんなもんでいいだろう」
そう言って、バラックは
「ゆっくり食べろよ。一気に食ったら胃が驚いちまうからな」
バラックの言葉に、レイは目を輝かせながら頷くと、木箸を取って欲し肉を小さく切り出し、口に運ぶ。
「……美味しい」
もぐもぐと口を動かしながら、レイは頬を綻ばせてそう言う。
ちまちまと肉を切り出し、食べる姿はさながら小動物のようだ。
「ふっ 中々美味しそうに食べるな」
そんなレイを、バラックは微笑ましそうに見る。だが、それと同時に奴隷支配がかなり根付いてしまっていることを思い知らされた。
(あの様子だと、命の危機を感じるほどの空腹を感じているはずなのに、それでも俺の言うことを聞いて、ゆっくり食えるのか……)
生き物としての生存本能よりも、奴隷時代に打ち付けられた楔が上回っていることに、バラックは胸が締め付けられるような思いになる。
(ああ。やっぱりレイを見ると、息子を思い出すな……)
バラックは虚空を見つめながら、かつて違法奴隷にされた息子の姿を思い浮かべる。
Bランク冒険者という地位と名誉を捨て、強盗殺人という罪を犯して何とか救い出し、そして自身の手の中で逝った息子の姿を――
(はっ 泣けてくる)
途端に視界がぼやける。
バラックは目から零れ落ちた涙をそっと手で拭うと、再び視線を虚空からレイへと戻すのであった。
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