第二十六話 その頃リックは――
リック視点
フェリスさんの家に来てからもう2週間が経過した。
そのため、もうここでの生活には慣れつつあった。
そんな俺は今、戦闘訓練兼狩りをするために、フェリスさんと一緒に森を歩いている。この森には魔物がそこそこ現れる為、そいつと戦って経験を積みつつ、食事を手に入れようという訳だ。
問題として、ここ周辺の森に現れる魔物はやや強めで、俺では正直なところ1対1で何とか勝てるといったところだ。つまり、2体以上現れれば、本来なら逃げるしかない。だが、それはフェリスさんがいるお陰で解決している。
ぱっと見は華奢で戦いとは無縁に見えるフェリスさんだが、実際は200年以上生きているエルフで、弓術と風属性魔法の腕前はかなりのものだ。
今の所フェリスさんが弓を外したところは見たこと無いし、風属性魔法も、無詠唱で上級魔法を扱え、最上級魔法さえも完全詠唱でだが、扱うことが出来るらしい。
俺からしてみれば、弓術は正直なところあまりよく知らず、ただ凄いという感情しか湧かなかった。だが、風属性魔法の腕前は別だ。
風属性魔法は、もう10年近くも使ってきた。故に、その凄さはよく理解できる。もし、俺がフェリスさんと同じ領域に立てれば、確実にAランク冒険者になれるだろう。
すると、フェリスが唐突に耳をぴくぴくっとさせたかと思えば、立ち止まった。
フェリスはエルフ故に耳がよく、魔物の接近もそれで感じ取っている。
「リック。ミノタウロスが2体接近してきているわ。もう大丈夫だとは思うけど、一応1体は私が倒しとくから、もう1体はリックが倒してね」
フェリスさんはそう言うと、弓を構える。
「うん。分かった」
フェリスさんの言葉に俺は頷くと、長さ1メートルほどの杖を構える。
木の枝が絡みついて出来たかのようなこの杖は、フェリスさんから貰った杖で、魔法の発動を補助する役割を持っている。
ズン、ズン、ズン……
次第に地面が揺れ始める。
そろそろか……?
すると、2体の牛の頭を持つ体長3メートル程の魔物、ミノタウロスが木々の間から姿を現した。
その直後、片方が眉間から血を出したかと思えば、仰向けへゆっくりと倒れる。横をチラリと見れば、フェリスさんが弓を下におろすところが目に入る。流石フェリスさんだな。もう仕留めたのか……
「グガガアアア!!!」
倒れたミノタウロスを見るや否や、生き残っている方のミノタウロスは絶叫のような咆哮を上げる。
そして、木の棍棒を振り上げると、怒りのままに俺めがけて振り下ろした。
「魔力よ。
その直後、俺の目の前に風が渦巻き、圧縮された空気の壁が現れ、ミノタウロスが持つ木の棍棒を防ぐ――どころか、風圧によって木の棍棒の上半分がバリバリと粉砕された。
うん。流石は中級風属性魔法、
「グガ!?」
木の棍棒が破壊されたことにミノタウロスは驚愕し、上半分が無くなった木の棍棒を唖然とした様子で見る。
おいおい。俺から意識逸らしていいのか?
「魔力よ。鋭き風となりて敵を穿て。
杖を構え、詠唱する。
すると、風が渦巻き、槍のような形状になったかと思えば、ミノタウロスの頭部へと一直線に放たれる。
「グガァ!?」
ミノタウロスの頭は
頭部を失ったミノタウロスは、そのまま仰向けにバタンと倒れる。
「ふぅ。倒せた」
地面に崩れ落ちたミノタウロスの死骸を見ながら、俺は満足げにそう言う。
「うん。凄いね。その年で上級魔法を発動できると言われた時は耳を疑ったけど、これを見ちゃえば納得出来るわ」
フェリスさんはパチパチと両手を叩きながら俺に近づく。そして、おもむろに俺の頭を優しく撫でた。
「む、昔からずっと魔法の基礎練習はしてきましたから……」
俺は気恥ずかしくなり、微かに頬を赤くしながらそう言う。
いや……何か子供の身体になったせいか、精神も若干子供よりになっているようで、感情が直ぐ表に出てしまい、平然とした態度がとれないんだよね。
だから、本当はこんな顔したくないんだけどなぁ……
ほら、フェリスさん、恥ずかしがっている俺の顔見てニコニコしてるし。
何か余計に恥ずかしい……
そうして、羞恥心が爆発しそうになりながらも何とか堪えきると、持ち帰る分の肉の選定を始めた。流石にこんなに沢山は持ち帰られないし、持ち帰られたとしても保存する場所がないからな。
「じゃ、ほいっと」
フェリスさんは腰にかけていた短い杖を構えると、中級魔法、
魔法名すら言わない、完全無詠唱と呼ばれる絶技を児戯とでも言うかのように発動しまくるフェリスさんに、毎度の如く驚きつつも、俺は切り分けられたミノタウロスの肉を持ってきた革袋いっぱいに詰める。そして、持てるだけ持ったら、残りは放置してそのまま帰る。処理しなくても、どうせ明日には骨すらもなくなっていることだろう。
そして、そのまま10分ほど歩いて家に辿り着いた俺たちは、早速狩ってきたミノタウロスの肉の保存を始める。保存法は、安定の燻製だ。
「んっと……3等分でいいか。
革袋から肉塊を1つ取り出すと、更にそれを
この燻製器はフェリスさんの故郷である精霊樹の里で造られたもので、劣化しにくかったり、魔物を呼び寄せないように匂いの漏れを防いだりといった便利な機能が付いている魔法が組み込まれた道具、魔道具らしい。
俺たちは4つある燻製器に肉をセットし、いい感じになってきたら取り出して革袋に入れ、地下室に放り込む。因みに、この地下室には凍結の魔道具が設置されている為、ここに燻製を入れれば、当分の間腐ることは無いだろう。
「……ふぅ。これで良いかな?」
今日の昼食と夕食の分以外の全ての肉を燻製にし、地下室に放り込んだ俺は、額をぐっしょりと濡らす汗を手で拭いながらそう呟く。
いや~沢山働いたから腹減ってきたな……ん? これは……
「肉を焼く音だなっ!」
俺は嬉々とした思いで声を上げる。
匂いは届かないが、今確実に家の中からじゅーじゅーと肉を焼く音が聞こえて来たんだ。間違いない。
俺は歩き出すと、家のドアをバッと開け、中に入る。
そして、一直線に台所へと向かうと、エプロン姿でフライパン片手に肉を焼くフェリスさんの姿が目に入った。
「よっと……あ、リック。ありがとう。丁度焼けたところよ」
そう言って、フェリスさんはもう片方の手に大きな木皿を乗せると、フライパンを斜めに傾けて、その木皿の上に肉を乗せる。
そして、フライパンを魔導コンロに置くと、ダイニングテーブルの上に沢山のミノタウロスの肉が乗った大皿を乗せた。更に、その横に周辺の森で採取した山菜のサラダも置く。
「これで完成っと。あ、これを忘れちゃ駄目だね」
フェリスさんはそう言って台所に戻ると、胡椒が入った小さな瓶を持ってくる。
そして、ぱっぱっぱと薄くまんべんなく肉の上に振りかけた。
そうそう。胡椒付きの肉って結構美味いよな。
しかもこの胡椒、ちゃんとここ周辺の森で手に入るらしい。何やら特殊な果実を加工して作っているとか。
「これでよしっと。それじゃあ、命の恵みに感謝して、いただきます」
「いただきます」
俺は手を合わせ、いただきますと言うと、早速木箸を手に取り、肉をつまむ。
そして、大口を開け、豪快に肉を頬張る。
「もぐもぐ……ん! 美味いな」
そこそこ美味い牛肉のような味で、捻りのない、純粋な美味さだ。焼き加減はミディアムといったところかな?
前世の頃、地元の人気ハンバーグ店でよく好んで食べていたハンバーグの焼き加減と似ている。
そんなことを思いながらどんどん肉を頬張るが、途中で我に返ると、即座に山菜サラダに手を付ける。
危ない危ない。調子に乗って、また肉をあほみたいに食べるところだった。
偏った食生活を続けたせいで死んだ前世と同じ轍はもう絶対に踏まない。何としても、これだけは避けなくてはならないのだ。
そう何度目かも分からない決意を固めると、草食動物のようにもしゃもしゃと山菜サラダを頬張る。
フェリスさんからちょくちょく「子供なんだから、お肉をいっぱい食べなさい」と言われるが、そんな甘言には乗らないぞ!
もちろん、体づくりのために肉は必須だが、だったらそれ相応の野菜も食べなきゃいけないってものだ。
そんなことを思いながら、俺は食事を楽しんだ。
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