第七話 転生者

 リック視点


 俺には前世の記憶がある。

 日本で、遠藤大樹として生きていた記憶だ。

 前世の俺は、中年太りしたごくごく普通のサラリーマンだった。

 上にやれと言われたことを5時間のサービス残業と合わせてやる。そんな毎日を送っていた。

 そんな俺の最期は、糖尿病からの心臓発作。享年53歳。因みに独身。

 別に不憫だったって訳じゃないんだけど、幸福だったとは言えず、後悔が沢山ある。そんな人生だった。


 だが、次に目を開けると、俺は異世界でリックという名前のベイビーに転生していたんだよ。

 魔物がいて、冒険者がいて、魔法もある――そんな世界だ。

 そんな夢にまで見た世界で、俺は思いっきり生きようと心に決めたんだ。

 自分がやりたいことをして金を稼ぎ、ちょっと贅沢をして、寿命で死ぬときに後悔はないって言いたい。


 その為に、俺は幼い頃から親に内緒で魔法の練習をした。ただ、どれだけやっても使えるのは火、風、土の3属性だけで、水とか光などの他の属性は全く使えなかった。だが、それもそのはずで、1歳の時に魔法適正検査というやつを受けたら、火、風、土の3つのみが使えると親に言われたのだ。

 初めて自分が使える魔法の種類を知った時は、「3属性って少なくね?」と思ったが、周りの大人たちがめちゃくちゃ驚いているのを見て、「あ、これ凄いのか」って考えを180度改めた。


 その後は、憧れの冒険者になるべく魔法の訓練に没頭しすぎていたせいで、人との交流が減り、結果としてボッチになっちゃったんだよね。

 前世でもボッチだったし、俺はそんな運命に愛されているのだろうか……

 だけど、何とか親の付き合いのお陰で、レイっていう少年と友達になることが出来た。

 レイは光属性に適性があって、傷を治癒したり、相手からの攻撃を防いだりできる。だから、レイといずれ冒険者をやりたいな~なんて思ったんだ。気も合うし、戦闘面での相性もいい。これ以上にない組み合わせだ!ってことで、俺はレイと冒険者ごっこと称した割とガチな訓練を始めたんだ。

 え? 名称がダサい?

 言うな言うな。子供だから、子供っぽい名称にしようって思ったら、これしかなかったんだよ! だから笑うなー!

 ……ごほんごほん。

 まあ、てな感じで着々と冒険者になるための準備を進めてた。

 そんな時だった。悲劇が起こったのは――


 夕食を食べた後、いつものようにベッドの上に仰向けで寝転がりながら魔法の練習をしていたら、いきなりとーちゃんが入って来た。

 何事か?と思って聞いてみたら、何やらこの村が盗賊らしき集団に囲まれているって言いだしたんだよ。で、とーちゃんは危ないから家に居ろって言うと、かーちゃんと一緒に村の皆にこのことを知らせに行った。

 流石に怖くて、俺は言われた通りに大人しく待った。

 そして。

 終わりの始まりを知らせる声が聞こえてきた。


「「「やるぜぇ!!」」」


「「「潰せえ!!」」」


 バリバリッ! ドン!


 外から声が聞こえて来たかと思えば、木でできた何かが崩れ落ちるような音が聞こえてきた。恐らく盗賊が、村に侵入してきたのだろう。


「ど、どうしたらいいんだ……」


 ここから逃げた方が安全なのか?

 それとも家に隠れていた方が安全なのか?

 そう必死に考えるが、答えは一向に出てこない。ただ時間だけが過ぎていく。


「どうすれば……な!?」


 頭を抱えていた俺はふと窓の外を見た。

 そして、絶句した。

 そこには、激しく燃え上がる家があったのだ。木造のせいで、燃える速度も速い。このままでは直ぐにこの家にも飛び火する。


「やばい! ここに隠れていたら焼け死ぬ!」


 家に隠れていたら確定で死ぬと分かった瞬間、俺はベッドから跳び起きた。

 もつれそうになる足を必死に制御しながら、バンとドアを開けて家を飛び出す。

 そして――地獄を見た。


「隠れやがって。はあっ!」


「やめ……ぐああああ!!!」


 目線の先で、知り合いの男が武装した男――盗賊によって切り殺されていた。

 彼の身体からは血飛沫が勢いよく噴き出る。そして、ドサッと地面に倒れた。


「う、う……」


 いきなりのことに、俺は体が強張り、動けなくなった。

 ここから一刻も早く逃げなくてはならないと分かっているのに、体が言うことを聞かない。


「お、次はお前か!」


 そうこうしている内に、俺はさっきそこで村の人を殺した奴に気付かれてしまった。

 そいつは血がべっとりと付いた剣を俺に向けると、口角を上げる。


「う、うわああ!」


 俺は何とか体を動かすと、全速力で逃げ出した。


「まてぇ!」


 あいつは、俺の後を追って走り出す。

 ……駄目だ。子供の体では大人の速度には敵わない。


「くっ……風強化エア・ブースト!」


 走り出し、少しだけだが冷静さを取り戻した俺は風を纏うことで身体能力を上げる風属性魔法、風強化エア・ブーストを無詠唱で使った。


「……よし!」


 後ろを見ると、あいつとの距離がだんだんと離れていくのが見えた。

 だが、これで逃げ切れるほど、世の中は甘くなかった。


「おい!逃げてる奴がいるぞ!」


「マジか! さっさとやるぞ。やり損ねたら団長にマジで怒られるからな」


 そう言って、俺の逃げ道を塞ぐ奴らがごろごろ出てきやがった。

 だが、それでは俺に届かない。

 冷静さを取り戻した俺が、お前ら如きに負けるわけがない。

 俺は、生まれた頃からずっと魔法の練習をしてきたんだぞ!


「魔力よ。渦巻く風となりて全てを飲み込め。全てを巻き込み、敵を殲滅せよ。暴風竜巻テンペスト!」


 直後、俺を起点に風が渦巻いた。

 風は一瞬にして大きな竜巻となり、周囲30メートルにあった全ての人、物を巻き込んだ。当然、巻き込まれた奴らに生き残る術はない。


「くっ……思ったよりもきついな」


 だが、今の魔法で俺は魔力のほとんどを使ってしまった。更に、魔法に体が追い付いていないせいで、全身が筋肉痛になったみたいに痛い。

 魔力回路が完全ではないこの歳で、上級魔法を使えばこれくらいの反動はあるか……

 中級以下の魔法を使えば反動は来なかっただろうが、それで仕留められなかったら怖いからな。

 迷惑になりそうという理由で、中級以上の魔法は頭で覚えるだけに留め、使ったことは一切ないかった。そのせいで、自分が使う魔法の威力をちゃんと把握できていないことが悔やまれる。


「ぐっ……風強化エア・ブースト!」


 俺は切れていた風強化エア・ブーストを再度使うと、暴風竜巻テンペストの範囲外にいた奴らが唖然としている隙に逃げ出すべく、走り出した。

 体が痛い。今すぐにでも倒れ込みたいぐらいだ。

 だが、俺は生き残るために、何としてでもここから脱出する!


「……ぐっ マジか」


 あと少しで村の外というところまで来たが、燃え盛る炎のせいで逃げられない。

 しかもこの匂い……油か?


「ちっ マジで逃がすつもりがねぇのかよ」


 だが、諦める訳にはいかない。

 魔力がもっとあれば、ここに岩の橋を架けられたのであろうが、今は無理だ。

 だったら――


「はあああああ!!!」


 俺は風強化エア・ブーストによる身体強化を活かして、燃え盛る炎を飛び越えた。

 火炙りにされているかのような熱さを感じつつも、何とか飛び越えて、村の外に脱出することが出来た。


「はぁ……て、マジか!?」


 ふと後ろを見ると、ズボンと服の裾が若干燃えている。

 俺は慌てて地面に倒れると、ゴロゴロと転がって火を消した。


「あ、危ねぇ~……マジで焼け死ぬところだった……」


 仰向けで寝転がったまま、俺はほっと息をつく。


「おら!」


 だが、村から聞こえてくる声ではっとなると、勢いよく立ち上がった。

 そして、そのまま全速力で走り出す。

 痛みで、思うように体を動かせない。魔力はもうすっからかん。だから、風強化エア・ブーストはもう使えない。

 そんな中で、俺はとにかく走り続けた。

 だが、気合で走り続けられるほど、ここはご都合主義な世界ではない。


「あ……」


 2キロほど走ったところで、俺はバタリとうつ伏せに倒れてしまった

 ……駄目だ。もう動けない。指1本動かすのですら苦痛に感じる。

 奴らや、魔物がここに来たら終わるだろうな……


「くそが……め……」


 村を襲撃してきた奴ら――どもへの恨み言を最後に、俺は意識を手放した。


 ◇ ◇ ◇


 レイ視点


 僕は今、走っている。

 とにかく走っている。

 全身が痛い。とても眠い。

 それでも、僕は走り続けた。

 だけど、僕には街まで走り続けられる体力がない。


「あっ う……ぅ……」


 僕は途中で膝をついて倒れてしまった。


「に、逃げ……ないと……」


 僕は奴らから逃げるために根性で立ち上がると、重い足を引きずりながら歩き出した。

 はたから見れば亀のような遅さだけど、今の僕からしてみれば全速力だ。


「はぁ……はぁ……ぅ……」


 頭がボーっとする。でも、歩き続ける。

 そして、空が青白くなってきた頃、前方に街の出入り口の門が見えてきた。


「あと……少……し……」


 意識を朦朧とさせながらも、僕は歩いた。


「あ……」


 だが、とうとう限界を迎え、僕はうつ伏せに倒れてしまった。


「あ……」


 意識が途絶える間際に僕が見たのは、僕に気が付いて駆け寄る人の姿だった。

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