第五話 別れ

 レイは走った。

 とにかくひたすらに、がむしゃらに走り続けた。

 幸いなことに、また襲撃者と遭遇することはなかった。

 だが――


「くっ 炎に囲まれているか」


 グレイは足を止めると、前方に広がる炎の壁を見て、悪態をつく。

 村を囲う木の柵や、その周辺にある建物が軒並み燃やされているせいで、このままでは外に出られないのだ。


「レイを担ぎながら強行突破するか……いや、レイ。結界バリアを発動しながら移動できるか?」


「試したことはないけど……多分出来ると思う」


 グレイの問いに、レイは少し考えるような仕草を取り、頷く。

 その言葉にグレイは安堵の息を漏らすと、再び口を開いた。


「それなら良かった。なら、自身を結界バリアで守りながら、あの隙間を走り抜けるんだ。お父さんは強いから、このまま走っても問題ない」


「え……」


 グレイの言葉に、レイは目を見開き、絶句する。


(僕だけが結界バリアを展開する? それは嫌だ。僕だけじゃなく、お父さんも一緒に覆わないと。お父さんが火傷しちゃう)


 それを回避するにはどうすればいいのか。

 やることは1つのみ。


「魔力よ。光の防壁となりて我等を守れ。結界バリア!」


 レイは詠唱をすると、自身とグレイの2人を覆うドーム状の透明な防壁、結界バリアを展開した。


「レイ!? ……いや、ありがとう。早く行くぞ」


 グレイは自身も巻き込んで結界バリアを展開したことに一瞬驚きつつも、直ぐに切り替える。

 ここで問答している暇はないし、もし無理そうだったらレイを抱きかかえ、守りながら行けばいい。

 それでも何とかなるだろう。


「うん。行こう」


 レイは頷くと、グレイと共に走り出した。

 そして、そのまま炎の中に跳び込む。


「くっ……難しい……」


 移動しながらこの大きさの結界バリアを展開するのが予想以上に難しい。

 魔法を使うために必要となる魔力も、そこそこ使う。

 だが、出来ない訳ではない。

 そう思いながら、レイは炎の中を走り続ける。

 そして、20メートルほど走ったところで、遂に炎から抜け出すことに成功した。


「よし……出来た……!」


 レイは立ち止まり、安堵の息を吐くと、結界バリアを解除する。

 後は前方に続く一本道を走って、街へ行き、このことを伝えるだけだ。

 街までは馬車で約4時間。走った場合はもう数時間程かかるため、まだまだ過酷な道のりではあるが、一先ず死地から抜け出すことは出来た。


「レイ! 走るぞ。ここではまだ見つかるかもしれない」


「うん。分かった」


 村から出たことで少しほっとしていたレイは、グレイの言葉で再度気を引き締めると、グレイと共に走り出す。

 その直後のことだった。


 ヒュン!


「がっ……!」


 風を切るような音と共に、右太股に激痛が走り、グレイがその場で膝から崩れ落ちる。


「!? お父さん! 大丈夫?」


 レイは膝をついて顔を歪ませるグレイに駆け寄ると、狼狽えながらそう言う。

 そして、気づいた。

 グレイの右太股に矢が刺さっていることに――


「今治すから!」


 レイはグレイの右太股に刺さった矢を抜くと、回復ヒールをかける。


「魔力よ。回復の光となりてこの者の傷を癒せ。回復ヒール!」


 傷口が光に包まれる。

 だがそれだけで、グレイの傷は一向に治らない。


「何で!? ちゃんと発動しているのに……!」


 初めての事態に、レイは混乱する。


 ザッ ザッ


 傷を治せないことに混乱するレイの耳に、土を踏みしめる音が飛び込んできた。

 レイは思わず顔を上げる。

 するとそこには、燃え盛る村の方からレイのもとへ歩み寄る1人の男がいた。

 銀髪蒼目。黒い外套を羽織る美形の若い男。

 そして、右手には弓を持っている。


(あの男が、お父さんを撃ったの……?)


 そんな疑問をよそに、男はここから10メートルほど離れた場所で立ち止まると、口を開いた。


「その矢には回復魔法を妨害する術式が仕込まれているからね。5分程は効きづらいと思うよ」


 どこかヒヤリとするような、されど軽い。そんな口調で男はそう言う。

 その言葉に、レイはぞくりと怖気を感じた。

 男は言葉を続ける。


「何も知らない君には悪いけど、老若男女1人も逃がすつもりはない。虐殺は好きではないのだが、国のためだからね。まあ、元をたどればお前たちが原因なんだし、君もそれと同類だったと思って受け入れてくれ」


 男は穏やかな口調でそう言う。

 ……意味が分からない。

 何でこれが国のためになるの?

 何で僕たちが悪いみたいに言うの?

 そんな疑問をレイは頭に巡らせる。

 すると、グレイが足を震わせながらも斧を杖代わりにして立ち上がった。


「ここは俺たちにとって大切な場所なんだ。何の説明もなしにいきなり立ち退けと言われて納得する訳が無いだろ! しかも、それによる保証も無いと言うじゃないか!」


 グレイの訴えるような言葉に、男は眉を顰める。


「そういうものか。だが、国は国のことを考えてあの案を出したんだ。たかが300人のわがままでその案を取り消すなど、ありえない!」


 男はそう言って、グレイの言葉をバッサリと切り捨てる。

 一方レイは、男の言葉を何度も何度も頭の中で反芻していた。


(どういうこと? 盗賊かと思ってたけど明らかに違う。じゃあ何? 何なの?)


 だが、男の正体は一向に浮かばない。分かるのは、男が盗賊ではないということだけだった。


「ただ、説明も保証も無い? そんなはずは……ああ、予算削減か。従順ならそれでよし。反発するならこうやって滅ぼすということか」


 男は顎に手を当てると、何か考えるようにそう言う。

 だが、その言葉は小声だったこともあり、2人の耳には届かない。


「まあ、どっちにしろやることは変わらない。カナリア村の住民は皆殺しにする。国に対してわがままを押し通そうとしたのは事実だから」


 男はそう言うと、弓を地面に置いた。そして、代わりに腰の鞘から剣を抜くと、構える。


(僕も戦わないと)


 そう思った直後、グレイがレイの前に立った。そして、視線だけ後ろに向ける。


「レイ。お前は先に街へ行ってろ。お父さんは……こいつを足止めしてるから」


「それって……」


 生物の本能的な何かで、レイは察する。

 あの男はグレイよりもずっと強いことを。

 そして、グレイが死ぬつもりであの男を足止めしようとしていることを――


「だったら僕も! 僕が魔法で援護する!」


 グレイ1人で戦うよりも、こうした方がいい。

 そう咄嗟に判断したレイは、グレイに向かってそう叫ぶ。

 死んでほしくない。そう願いながら。

 だが、グレイは一瞬目を見開くと――首を横に振り、声を張り上げた。


「いいから早く逃げろ! 早く!」


「う、うん。分かった」


 レイはグレイの気迫に押され、逃げるように街へ向かって走り出した。


「……幸せに生きてくれ」


 走り去るレイに、グレイは背を向けながら、ぼそりと呟く。

 その言葉は風に流されるようにレイの耳に届き――


「おっと。逃がすつもりはないよっ!」


「ここは絶対に通さない!」


 同時に2人は衝突し、金属のぶつかり合う音が、辺りに響き渡った。

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