第四話 襲撃者との戦い
「な、え!? ど、あ、と……」
突然のことにレイはパニックになり、言葉にならない声を出す。
「レイ、落ち着け。落ち着いてくれ」
グレイは斧を地面に置くと、レイの目線までしゃがんで、レイを抱きしめた。そして、背中を優しく擦る。
落ち着いてくれ、落ち着いてくれと願いながら――
「う……だ、大丈夫」
何とか落ち着きを取り戻したレイはそう言う。
「よかった。ただ、どうするか……」
グレイは斧を肩に担いで立ち上がると、顎に手を当てながら、思考を巡らせる。
「室内で隠れてやり過ごす……いや、これだと戦いになった時にジリ貧だし、家を燃やされたら終わりだな。地下室……も駄目か。上を燃やされたら直ぐに酸欠になる。なら、外に出て、全速力でここから逃げるのが最適解か……」
今なら襲撃者の意識もレイたちだけに向くことはない。他にも逃げ惑う人がいるからだ。
故に、弓や魔法で狙撃される可能性も低い。
「……よし。レイ、お父さんについて来い! 絶対に離れたら駄目だぞ!」
「うん!」
グレイの言葉に、レイは不安をかき消すように、大きく頷いた。
「よし。行くぞ!」
グレイは声を上げると、家のドアを開けて、外に飛び出した。レイも、後に続いて外に出る。
そして――絶句した。
「な……そんな……」
村の端に位置する建物が激しく燃えているのが見えた。激しく燃え盛っており、見ているだけなのに熱く感じてしまうほどだ。
だが、何よりもレイの心を抉ったのは――
「おらぁ!」
「ぎゃああ!」
そう。人が殺される光景だ。
ここからそう遠くない場所で、逃げ惑う村の人が殺されているのだ。
恐怖で体が強張る。動けなくなる。
「レイ! 止まるな! お父さんについて来い!」
グレイは声を荒らげるようにして叫ぶと、レイの手を引き、走り出す。
レイの前でこんな声を、グレイは今までに出したことがあったのだろうか――
いや、恐らくないだろう。
レイは一瞬足がもつれて転びかけたが、直ぐに体勢を整えると、グレイと共に走り出した。
だが、そこに立ちはだかる人が数名、現れる。
「おっと。お残しは厳禁だからな。逃がすわけにはいかねぇんだよ」
「お、ガキ守ってる奴じゃん。よし。ガキを捕らえて、こいつの前でじわじわと嬲り殺すのはどうだ?」
「いーね。賛成」
立ちはだかる人は3人。皆武装しており、彼らは逃げる2人に前に立ちはだかるなり、愉悦に満ちた顔をする。
だがそれは、レイから見れば、狂気に満ちた顔だ。
ぶるりと体が震える。
(ガキとは、恐らく僕のことだ。僕を殺す気なんだ。この人たちは……)
さっき見た村人のように――いや、それ以上に惨たらしく……殺される。
そんな恐怖がレイを支配していく中、その支配を芯から打ち破るように、グレイが声を上げた。
「お前ら……そんなこと言ってタダで済むと思ってるのかぁ!」
グレイは怒りを露わにし、憤怒に満ちた表情で3人を怒鳴り、睨みつける。
そのあまりの形相に、自身が怒られている訳ではないにも関わらず、レイは思わずビクッと震える。
一方、そんな怒りを正面から受けた3人は、普段から戦い身を置いているのにも関わらず、無意識の内に冷や汗を垂らし、怯む。
だがそれはほんの一時で、直ぐに心を落ち着かせ、言い返す。
「おおう。こえ~。ただ、これは許されるんだよな~。だって、お前らが拒否しなければ攻められることはなかったんだから」
「せいぜい俺たちのストレス発散に役立――がはっ!」
もうこれ以上喋るな。
そう言わんとばかりにグレイは地を蹴り、距離を詰めると、1番近い所にいた男の首を撥ねる。
「な、てめぇ……がはっ」
「ぐあぁ!」
突然の攻撃で反応が遅れた2人に、グレイの憤怒の一撃を受けられるはずもなく、無様に頭蓋骨を破裂させて崩れ落ちた。
「う……」
そんな光景を見て、レイは思わず口元を手で覆う。
無理もない。12歳の少年に、この光景はあまりにも酷だ。
むしろ、ここで吐かなかったことを称賛するべきだろう。
グレイはそんなレイを見て、若干後悔の念を浮かべるが、直ぐにかき消すとレイに近づき、優しく声をかける。
「レイ。見たくないものを見せてしまってすまない。でも、今は逃げることだけに集中してくれ……」
「う……うん!」
死体は気にせず逃げる。死体は気にせず逃げる。
死体は気にせず逃げる。死体は気にせず逃げる。
レイはそう自身に言い聞かせながら、再びグレイと共に走り出した。
だが、襲撃があれだけで終わることはなかった。
「危ねぇ。危ねぇ。俺らがここにいなかったら危うく逃がすところだったな」
「逃がしたら色々と厄介だからな。団長がいるから最終的には逃げられないだろうけど、それでも叱られるだろうからなぁ」
「ま、サクッと殺すか」
暫く走り、村の外まであと少しというところで、再び2人は襲撃者に見つかってしまう。
3人の襲撃者は皆一斉に剣を構えると、じりじりとグレイとの距離をつめる。
先の3人とは違い、3人はグレイが握る斧に付着する大量の血を見たことで、仲間を殺されたと察し、警戒しているのだ。
「はあっ!」
1人が、グレイめがけて剣を振る。
「はっ!」
グレイはすかさず斧を構え、剣を防ぐ。だが、まるで示し合わせたかのように他の2人がグレイに斬りかかる。
「はっ はあっ!」
グレイはすかさず後ろに跳んで回避しながら、横なぎに斧を振った。
「くっ 危ねっ」
「ちっ くそが」
「手強いな」
3人は寸でのところで後ろに退いて躱す。
このままではマズい。今は拮抗しているが、もしここに1人でも増援が来たら、たちまちこの戦況は崩壊する。
レイはそのこと焦燥感を覚え、思考を巡らせる。この極限の状態が、逆に冷静さを与えているのだろう。
(何か僕に出来ることは……あ、そうだ! 魔法だ!)
光属性魔法。
もしかしたらそれで、この状況を切り抜けられるのかもしれない。
そう思ったレイは、冷静に詠唱を紡ぐ。
「魔力よ。3本の光の矢になりて敵を穿て。
レイは気づかれないようにこっそりと詠唱を済ませると、光り輝く3本の矢を、3人が止まる瞬間を狙い、顔に向かってそれぞれ撃った。
「な!? がっ」
「ぐっ」
「なに……!?」
全く脅威にはならないと思っていた子供の思わぬ攻撃に、3人は驚愕に支配される。
そして、グレイと戦っている中での不意打ちに対処できる訳もなく、3人は光の矢をもろに顔に受け、まるで顔面を全力で殴られたかのような痛みに襲われる。
そこにグレイはすかさず斧を振るい、3人の頭を破壊した。
「ふぅ……レイ。ありがとう。レイのお陰でお父さん助かったよ」
グレイはそう言うと、レイの頭を撫でる――かに思えたが、何かに気付いたような顔をすると、手をひっこめた。
手に付着する返り血を、レイに付けたくないからだろう。
そのことに気付いたレイは、「たいして付いていないから、別に気にしなくてもいいのに……」と思いつつも、何も言わずにグレイを見やる。
グレイは軽く息を吐くと、斧を振り払い、付着する血を落とした。
「よし。レイ、奴らが来ないうちにここを出るぞ!」
「う、うん。あ、お母さんは? お母さんは大丈夫なの?」
レイは心配そうにグレイを見つめ、そう問いかける。
2人はあと少しで村の入り口というところまで来たが、村中に襲撃者について知らせに行ったダリアと、まだ合流できていない。
この状況で、ダリアは――お母さんは無事なのだろうか……
「それは……うん。お母さんはセトと一緒にここから逃げているはずだ。セトも強い。だから大丈夫。また会えるさ」
グレイは少し言葉に詰まってからそう答える。
心なしか、グレイの表情は暗い。
「……うん。そうだよね。絶対大丈夫だよね」
レイは頷くと、自分に言い聞かせるようにそう言った。
だが、レイはここまで走るのに必死だったせいで、気づいていない。
道中、とある女性がうつ伏せで倒れていたことに――
「……行こう」
そして、レイはグレイと共に再び走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます