第二話 お父さんとお母さん
夕焼けで空が染まり出した頃、レイは庭で大の字になって寝転がっていた。リックも、レイの横で大の字になって、寝転がっている。
「はぁ……疲れた」
「や~俺も疲れた。今夜はぐっすり寝られそうだ」
「今夜”も”でしょ?」
「はっ そうだな」
息が上がりながらも、レイとリックは軽口を叩いて笑いあう。
これが、2人の日常なのだ。
「ふぅ……そろそろ帰らないと。お父さんとお母さんが心配しちゃう」
目を細めながら、沈みかけている太陽を見たレイはそう言った。
「そうか。じゃあな。また明日」
「うん。また明日」
レイは跳び起きると、寝転がりながら手を振るリックを背に、家に帰った。
「ただいま!」
家のドアを開け、中に入ったレイは、元気よく声を上げる。すると、家の奥から「おかえりー」と2人分の声が聞こえてきた。
お父さんとお母さんの声だ。
「奥にいるってことは……」
家の裏と隣接するように立つ小さな小屋。そこにお父さんとお母さんがいるとなれば、理由は1つしかない。
(きっとお父さんが大物を仕留めたんだ!)
レイは思わず笑みを浮かべると、小走りで奥にある小屋へと向かう。
裏口から外に出て、直ぐの場所に立つ小屋に入ったレイが見たのは、ロープで吊るされたイノシシ型の魔物――フォレストボアの姿だった。
フォレストボアの首筋からは血が垂れており、その血は下にある受け皿によって受け止められている。
すると、その横で大きなナイフを持つ茶髪茶目の筋肉質な男が口を開いた。
「レイ。帰って来たか。見ろ。今日はこの辺で1番の大物、フォレストボアを仕留めたぞ。これで、暫くは良い肉が食える」
男は解体の手を止めると、フォレストボアをレイに見せつけ、自慢するように言う。
「うん。ありがとう。お父さん」
レイは満面の笑みで父――グレイに礼を言う。
グレイは、そんなレイを見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。
フォレストボアは、世間的には中の下程度の強さを持つ魔物だ。だが、危険な魔物が出ない、のどかな森に面したこの村に住む人々からしてみれば十分脅威。
もし、レイが1人で遭遇してしまえば、その圧倒的な速さと突進の威力を前に、なすすべなくやられてしまうだろう。
すると、グレイはナイフが入った小さな木箱をレイに差し出す。
「レイも解体を手伝ってくれ。お父さんとお母さんだけでは大変なんだ」
「うん。分かった。手伝う」
レイはグレイの言葉に頷くと、その木箱から1本のナイフを手に取った。そして気合を入れ、フォレストボアの解体を始めた。
ナイフを刺して、グレイの手捌きを模範するように、レイは手際よく解体を進める。
「よっと。うんしょっと……よし」
フォレストボアから肉の塊を切り出すと、レイはその肉を地面に置かれている保存用の木箱の中に入れた。
すると、ふと何かを思い出したかのようにレイがグレイに問いを投げかける。
「あ、これって保存どうするの? 燻製? それともセトさんの氷属性魔法で凍らせてもらうの?」
肉の保存法で定番なのは燻製。少し手間はかかるが、誰でも出来る。
そして、もう1つの方法は氷属性魔法で氷漬けにして、地下室に保存することだ。手っ取り早くできるが、氷属性の適性を持つ人でないと出来ない。
だが、それについては問題なく、先ほどお裾分けに行った家の主人――セトが氷属性魔法の使い手なのだ。
どちらにするのだろうかと疑問に思うレイに、グレイは少し考える仕草を取ってから口を開く。
「もう日は沈んでしまったし、今頼むのは申し訳ないな。だから、燻製にしよう。燻製の味は独特だけど、それが結構癖になるんだぞ~」
グレイは豪快な笑みを浮かべると、再び手を動かし、切り出した肉を保存用の木箱に入れる。
「分かった。じゃあ、お母さんが燻製の準備をしてくるわ。レイは、そのまま解体をお願いね」
「うん。任せて」
レイはダリアの言葉に頷くと、グレイと一緒にフォレストボアの解体を続けた。
「……ふぅ。解体終わり。早くお母さんの所へ行こう!」
綺麗に解体され、木箱に納まった肉を見て、レイは満足げに頷く。
「そうだな。レイはそっちの小さい木箱を持ってくれ。お父さんはこっちの木箱を持つから」
そんなレイに、グレイはふっと笑うと、大きい方の木箱をよっこらせと持ち上げる。
グレイの言葉にレイは頷くと、小さい方の木箱を持ち上げた。そして、グレイと一緒に小屋の外で燻製の準備をしているダリアの所へ向かう。
小屋の外には燻製の道具が6つ並べられており、火種も既に準備されていた。
すると、そこで燻製の準備をしていたダリアがレイたちに気付き、ニコリと笑った。
「解体が終わったのね。それじゃあ、燻製を作りましょう。お母さんがそれぞれに火をつけって、煙を上げるから、その前にレイとグライはお肉を並べてくれない?」
「うん。分かった」
レイは頷くと、グレイと共に、燻製の道具に肉を置いていく。
そして、ダリアがそれぞれに火をつけて、煙を出した。
直後、レイが突然目を抑える。
「う、目が、目が~……」
若干目に目に煙が入ってしまったのだ。そのせいで目に痛みが走り、涙も出てくる。
(うう……完全に失念してた)
煙の危険性を忘れていたことに後悔しながら、レイは目をそっと擦る。
「大丈夫か? レイ」
「う、うん。大丈夫」
心配するグレイに、レイは目を擦りながら頷いた。
暫くして、レイが落ち着いてきたところで夕食の準備をしに行っていたダリアがレイたちのところに戻ってきた。
「うん。そろそろいいわね。じゃあ、今日の分はこの大皿に移して、残りは保存袋に入れてくれない?」
そう言って、ダリアはレイとグレイに木のトングを手渡す。
「分かった」
レイは頷くと、肉をトングで挟み、大皿にのせた。そして、乗せられるだけ乗せたら、今度は保存袋に肉を入れる。
「……よし」
あとは、大皿をテーブルに、保存袋を地下室に置いてくるだけだ
すると、グレイが保存袋を手に取った。
「お父さんが保存袋を置いてくるから、レイはお母さんに大皿を渡してきてくれ」
「分かった。渡してくる」
グレイの言葉に頷くと、レイは今日の夕食分の燻製が乗った大皿を持ち、夕食の準備を再開したダリアの所へ向かう。
台所へ行くと、そこには食事の準備をしているダリアの姿があった。
「お母さん。持ってきたよ」
すると、レイに気付いたダリアはニコリと笑うと手を止め、口を開く。
「ありがとう。テーブルの上に置いといて」
「うん」
レイは頷くと、テーブルの上に大皿を置く。
その後、ダリアはテーブルの上に野菜のスープとサラダを置いた。それらの食材は、畑で収穫した野菜や、近辺の森で採取した山菜だ。
そこに、燻製にした肉を保管しに行ったグレイが来る。
「ダリア。置いてきたよ」
「ありがとう。グレイ。それじゃあ、夕食にしましょう」
「うん。お腹空いた」
レイははやる気持ちを抑えながら椅子に座ると、目を輝かせながら、テーブルに広がる食事を見つめる。
肉を燻製にしていたせいで、いつもより夕食が遅れてしまった。故に、今はいつも以上に腹が減っているのだ。
そんなレイを、グレイとダリアは微笑ましく思うと、レイと同じように椅子に座る。
「最後の仕上げっと」
ダリアは手に持っていた胡椒瓶の蓋を開けると、燻製に少し振りかける。この辺では手に入らない胡椒はかなりの高級品。それを少量とはいえ、かけるだけで、燻製に少しばかりの高級感が生まれる。
すると、グレイが掌を合わせた。
「よし。出来たようだな。では、命の恵みに感謝して、いただきます」
「「いただきます」」
一家の主人、グレイの声に続いて、レイとダリアも手を合わせると、声を揃えてそう言った。
――ようやく食べられる!
レイは即座に箸を手に取ると、燻製をつまみ、口に入れる。
「もぐもぐ……うん。美味しい」
焼くのとは違う、この独特な感じが癖になる。
レイは続けて2口3口と食べ進める。
「レイ。野菜もちゃんと食べなさい」
野菜に手を付けないレイに、ダリアはいつものように注意をする。
「もぐもぐ……うん。分かってるよ。お母さん」
レイは肉を咀嚼し、ごくりと飲み込むと、ちょっと鬱陶しそうに答えた。
注意されずとも、ちゃんと野菜は食べる。ただ、食べるタイミングが最後になるだけで……
(偏りのある食事を続けると早死にするから気をつけろってリックが言ってたからね~)
大分前の話だが、リックにしてはやけに真面目な言いぐさで言ったこともあってか、今もなお覚えている。
そのことを頭に浮かべながら、レイはスープ、サラダにも手をつける。
そして――
「もぐもぐもぐ……ふぅ~。はぁ~お腹いっぱい」
お腹を擦りながら、レイは背もたれに体重を預けるのであった。
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