全てを失った少年は、なにがなんでも死にたくない!
ゆーき@書籍発売中
第一章
第一話 村一番の友達は――
「はぁ はぁ……何故、こんなことをするんだ……」
若い冒険者の男は態勢を立て直しながらそう言う。すると、彼の言葉に呼応するように隣にいた若い冒険者の女も声を上げた。
「そうよ! 私たちは争うべきじゃないでしょ! ……それとも、忘れちゃったの! あの時のことを!」
彼女は目に涙を浮かべながら、悲痛な声でそう叫ぶ。
だが、それでも2人の目の前にいる男の心は――動かない。
「忘れてなんかないよ。君たちと共に遊び、学び、鍛錬したあの日々は凄く充実していた。だが、それとこれは話が違う。バルトにも言ったが――」
そこで、男の顔が変わった。その顔に、2人は思わず息を呑む。
「僕は生きたいんだよ。何を犠牲にしてでもね!」
その顔には、ただ1つの事のみを願う、おぞましいほどの狂気が宿っていた。
◇ ◇ ◇
とある日の昼過ぎ。
1人の少年が家の玄関にいた。
彼の名前はレイ。茶髪茶目で、少し幼さが残る12歳の少年だ。
レイは逸る気持ちを抑えるように軽く息を吐くと、靴や服を確認して、綻びがないかを探る。
一通り確認を終えたレイは1歩前に出ると、ドアノブに手をかけた。
「レイ。ちょっと待って」
背後から声をかけられたレイは動きを止めると、後ろを向く。
「お母さん。どうかしたの?」
レイは正面で朗らかな笑みを浮かべる母――ダリアを見て、不思議そうにそう問いかける。
「遊びに行くんだったら、セトさんの家にこれを渡してきてもらえないかな?」
そう言って、ダリアは左手に持っていた風呂敷をレイに手渡す。
レイはその風呂敷を受け取ると、思ったことを口にする。
「何が入っているの?」
「にんじんよ。昨日沢山取れたでしょ?」
ダリアはニコリと笑い、答えを告げる。
昨日、ダリアが庭の畑で木のかご一杯のにんじんを収穫したことを思いだしたレイは、ダリアの言葉になるほどと頷く。それに、レイ一家は数日前にセト一家から山菜を貰ったのだ。つまりこれは、そのお返しの意味も含まれているのだろう。
「うん。分かった。行ってくる!」
レイは元気よく頷くと、風呂敷片手に家を飛び出した。
そして、足早にここから数軒右にあるセトの家へと向かう。
セトの家にたどり着いたレイは、ドアの前に立つと、右手でそのドアをドンドンと叩きながら声を上げた。
「リック! 遊びに来たよ!」
すると、庭の方から1人の少年が出て来た。
「おう。レイか。昨日ぶり!」
黒髪黒目の少年――リックは木剣を担ぎながらレイに歩み寄ると、悪ガキのようにニカッと笑う。
そんなリックに、レイも笑みを浮かべた。
レイにとって、リックは村一番の友達だ。そして、その逆もまたしかり。
「リック。これ、セトさんに渡してくれない? この前のお礼だよって」
そう言って、レイはリックににんじんが入った風呂敷を手渡す。
「おう! ありがとな。後でとーちゃんに渡しとくぜ」
リックは元気よくそう言うと、風呂敷を家の中に入ってすぐの場所にある台の上に置いた。
「これでよし。じゃ、冒険者ごっこをやるか」
「うん。負けないよ」
レイは頷くと、リックと共に庭へ向かった。
冒険者ごっこ。
それは、リックが発案した、互いに木剣のみを使って戦うというシンプルな鍛錬法のことだ。
事の発端は半年前に遡る。
ある日、リックはいきなり、冒険者になるための鍛錬をすると言い出した。
冒険者というのは、魔物の討伐や薬草採取、護衛といった依頼をこなすことで生計を立てる世界的に有名な職業のことだ。
そして、冒険者は身分性別ではなく、有能かどうかが最も重要視される完全実力主義の職業。それ故にリックは、今の内から力をつけようとしているのだろう。
そこに、レイも誘われたと言う訳だ。
一方レイは、この村を出て、リックと一緒に冒険者活動をしたいとは思っている。しかし、それと同じくらい、尊敬する父――グレイのように狩人として、ここ、カナリア村で暮らしたいとも思っている。
だがどちらを選ぶにしても、強くならなければならない。
だから、レイはリックの誘いに応じたのだ。
もっとも。それとは関係ない将来を思い浮かべていたとしても、最終的には応じていただろうけど。
「ほい」
「ありがとう」
レイはリックから木剣を受け取ると、2、3回素振りをする。
そうして戦略を練り、心を落ち着かせると、リックに視線を向けた。
リックもレイと同じように素振りをすると、狩りをする鷹のように目を鋭くさせ、レイを見据える。
「こっちからやるぜ。はあっ!」
リックは木剣を構えると、横なぎに振った。
狙いはレイの脇腹。
「はっ!」
レイは読んでいたとばかりに木剣を脇腹とリックの木剣の間に滑り込ませて、リックの木剣を防ぐ。
「流石だ! だが、これなら!」
リックは一瞬目を見開くと、間髪入れずにレイの腹めがけて蹴りを入れる。だが、それも読んでいたかのようにレイは後ろへ跳ぶことで、ダメージを大きく減らした。
そこに、リックは追撃を仕掛ける。
(やっぱりリックは強い。悔しいけど、僕よりもずっと――)
ぎりっとレイは悔しそうに歯噛みする。
最近はリックの動きが読めて来たのか、惜しい試合も出てきた。だが、今だレイがリックに勝てた回数は――ゼロ。
(でも今日こそは、リックに勝つ。とっておきの技を使って――)
そう意気込むと、レイは斬りかかってくるリックを見据える。
「はあっ!」
そして、リックに向かって木剣を投げつけた。
「ちょ、ええ!?」
木剣を投げつけるという奇行に、リックは驚きの声を上げる。
そのお陰でリックの対処が遅れ、リックの腕にレイが投げつけた木剣が当たる。それにより、リックは痛みで顔を歪めた。
「はあっ!」
その隙にレイはリックの右腕を掴むと、地面に向かって勢いよく投げ飛ばした。
「ぐあっ!」
リックは地面に倒れ、背中を強く打ち付けた。
肺の空気が押し出され、リックは苦悶の声を上げる。
「ごほっごほっ……あ~……痛ぇなぁ……」
リックは背中を擦りながら上半身を起こすと、よたよたとバランスを崩しながら、苦しそうに言った。
(やった! 初めてリックに勝てた!)
初めてリックに勝てたことに、レイは思わずガッツポーズを取る。
すると、再び背中を地面に付けたリックが口を開いた。
「おめでとさん。俺の負けだ。じゃ、さっさと癒してくれないか? マジでいてぇからよ」
「あ、そうだった。ごめん」
リックの言葉に、レイは声を弾ませつつもしっかりと謝ると、その場にしゃがみ込む。
そして、リックの上半身を起こすと、そこに手を当て、詠唱を始めた。
「魔力よ。回復の光となりてこの者を癒せ。
すると、リックの背中が淡く光りだし――数秒後にすっと消えた。
「や~すっきりすっきり。相変わらず羨ましいな。光属性魔法、
「リックの方が凄いと思うけどなぁ……」
そんなリックを、レイはジト目で見つめる。
確かにレイは3人に1人とされている魔法に適性を持つ人だ。
だが、リックも魔法に適性を持っている。しかも、1属性ではなく、火、風、土の3属性に適正だ。
これはレイたちが暮らす国、ディート帝国に1000人程度しかいない。
人口1000万人と言われている大国ディート帝国で1000人。それがどれほど凄いことなのかは言うまでもないだろう。
そのことには友達として誇らしく思う反面、僅かな嫉妬心も芽生えてしまうのだ。
「にしてもさ。さっきのはすげぇな。まさか剣を投げつけるだなんて。そういや漫画で見たことがあるような……」
何か思い出したかのような顔をすると、リックは顎に手を当て、何か考えるような仕草をとる。
「マンガって何?」
「いや、何でもねぇ。何でもねぇ。じゃ、続きをやろうか」
レイの問いに、リックは強引に話題を逸らすと、地面に転がっていた木剣を手に取った。
(……何かはぐらかされた気がする)
リックの不自然な言動に、レイの疑念はより一層深まる。
(リックって、たまに意味が分からないことを言って、その都度はぐらかすんだよね。ラインとかインスタとか。これ、何て意味なんだろう?)
レイは過去にもリックに意味の分からない言葉を言われ、その都度はぐらかされている。
大人なら分かるかと思い、父と母に聞いてみたこともあるが、その2人も口を揃えて分からないと言う。
(まあ、聞かれたくないようだから、僕も無理には聞かないようにしとこっと)
誰だって秘密にしたい事の1つや2つはある。それを無理に聞くのは友達として駄目。
そう思ったレイは、ここでそれについて考えることを止めると、地面に転がっていた木剣を手に取った。
「じゃあ、今度はレイから来てくれ。さっきの技はもう効かないからな」
「うん。分かってるよ」
レイは木剣を構えると、地を蹴り、リックに斬りかかった。
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