家督相続②

「な、何⁉ 出て行く⁉」

「い、いや、今の言葉では語弊が出ますな。正確には輝宗様が義姫様を連れて館山城に移るとの事」


 となれば当然小次郎も一緒に、という事だそうだ。

 なるほど。多分親父が母上を説得したのだろう。そうでなければあの鉄のような女が折れるとは思えない。


「悲願であった小斎、丸森、金山城を取り戻した今、残るは伊達をひとつにまとめる事……ですからな」

「それと親父が隠居する事に関係があるのか?」


「輝宗様はご自身では無理だと、そう申しておられました」

「あの親父が……」


 自らが当主である限り、必ず情が出る。

 その中途半端な決断が伊達をさらに分断させる、と親父は感じたのかもしれない。


 確かに親父にはそういう甘い所がある。

 だからこそ頃合いを見て退くつもりだったのかもしれない。その決断も勇気のいる事だったろうに。


「それに自分の息子達が争う姿など……見たくはないでしょうな」


 と小十郎はこの話を締めくくった。

 それには同感だ。儂だって弟の小次郎を斬りたくはない。


 本来自分にも与えられるはずだった愛情をまとめて受けた弟。病気にもならず、何も失わず健康に育った弟。

 それでも儂は一度たりとも弟を憎んだ事など一度もないのだから。


 なら儂は――。


「小十郎、儂は決めたぞ。この戦が終わり次第、儂は伊達家を継ぐ!」

「若っ!」


「そして夢である天下もごっそり頂く。……それでよかろう?」


 小十郎は馬から降り、膝を着いて頭を下げた。


「この片倉小十郎景綱かげつな、たとえ覇道といえどお供する所存。そのためならばこの小十郎、若のために遠慮なく鬼となりましょう!」

「うむ!」


 なら儂も小十郎に示さなくてならない。


「小十郎は儂の右目、もはや一心同体じゃ。仮に儂が滅亡の道に進むような事があれば、遠慮なく儂を斬れ。それを許す」

「若……⁉」


「愛の受け売りではないが、奴の言う事はもっともじゃ。なら儂が示そう。伊達の安泰、そして天下にこの命を捧げよう。小十郎、付いて来てくれるか?」

「――御意っ!」


 小十郎はその場で深々と頭を下げる。

 儂はこの時、小十郎は絶対に自分を裏切らないと確信したのだった。


 そんな良い空気の中、ひとりの伝令兵が走ってこちらに向かって来る。

 息を切らし、何やら慌てた様子だ。戦場で何か動きがあったのだろうか。


「ま、政宗様! こ、ここにいらっしゃいましたか!」

「何じゃ、騒々しい。金山城で何か動きでもあったのか?」


「いえ! それより本陣までお戻りください。ひ、姫様からの書状が先ほど届きました!」

「何⁉」


 愛からの書状。実に一年振りというか、九州に行ってからは初めてだ。

 左月からの現状報告の書状を半年前に受け取っているため、正確には半年ぶりが正しいのだろう。


 それにしても前回の書状の内容には驚いた。

 元々は九州を統一する勢いのある島津と同盟を結びに行っているはずなのに、何故か敵国である大友家を味方にしたと書いてあったのだ。


 ……それだけだ。儂も驚いた。

 九州へ出発して半年、大友と同盟を結んだのは驚いたが、それ以外の事が何も書かれていなかったのだ。


 いや、正確には書かれていたか。「愛姫先生の次回作にご期待ください!」と。


 愛も愛だが、左月も左月だ。

 こんな悪戯じみた文章を作成させたのは、十中八九愛の仕業だとわかるが、それに乗っかる左月もどうかしている。お前は愛の監視役だろうが。


 まぁその場を考えれば、何となく左月が仕方なく書いていたのが想像できる。

 左月は何故か愛に甘いからな。


「小十郎、お前も来い」

「……はっ!」


 とはいえ、「次回作にご期待ください!」の続きである。

 愛の事だ、何だか嫌な予感しかしない。


 儂と小十郎は急いで、父・輝宗のいる本陣に馬を走らせたのだった。


 ――――――――――


 伊達本陣の陣中。

 儂と小十郎が到着すると、中には父・輝宗の他に四人の漢達が座っていた。


 ――伊達実元さねもと

 親父の叔父であり、伊達一門衆の重鎮。お調子者の成実しげざねの父。


 他には遠藤基信もとのぶ留守るす政景まさかげ、村田宗殖むねふゆの三人。こちらも伊達一門の家臣達だ。

 だが、皆の表情は芳しくない。怒り、戸惑い、呆れと色々な感情がこの陣中には漂っているような気がした。要は居心地が悪い、空気が悪いのである。


「む……、来たな」

「親父、愛から書状が届いたとは真か⁉」


 首を縦に振る親父。

 手元には木箱と、折りたたまれた書状と思われる紙が置かれていた。


 この時点で最低限親父は内容を確認しているだろう。

 それに周りの一門衆の反応を見る限り、同じく内容を把握しているとみて間違いない。


 兜を置き、儂は親父から書状を受け取り、その場で立ったまま中身を確認した。


 書状の内容はこうだ。

 

 ――伊達の皆へ。大友の信頼を得るため、この度戦へ出陣する事になっちゃった! あ、これは自分から出陣するって言った事だから気にしないでね! そっちはまだ相馬との戦が続いている最中だよね? ニッヒッヒ、じゃあそっちの戦が早く終わるか、九州同盟が先に完成するか勝負だね! 愛姫より――。

 

 最後に髭を生やした漢の似顔絵が添えられている。どうやらこれがキリシタン大名・大友宗麟らしい。

 これは中々。紙芝居の時もそうだったが、愛は絵師としての才能も持ち合わせているのかもしれない――。


「――って、何じゃこれは――‼」


 文面が何でこんなに楽しそうなんだ。儂は怒りに任せて軍議用の机を拳で叩く。

 本来なら驚くほどの音だが、皆儂が怒ると分かっていたのか、当然だなと感じさせる顔でこちらを見ている。


「わ、若……。いったい何が書かれて――」

「――っち! ほれっ、こんな物お前にくれてやるわ!」


 小十郎に向かって書状を雑に投げ渡す。

 すぐさま内容を確認する小十郎だったが、表情が既に引きずっている。


「こ、これは……、姫様は随分と九州をご満喫のようで……」

「阿呆が! 愛姫を観光目的で九州に行かせたわけじゃないんじゃぞ! 何故に大友の戦に参加しようとしておるのじゃ!」


 怒りが収まらない。

 儂は続けて小十郎に不満をぶつける。


「それに喜多、小十郎の義姉は何をしておる! 何のために愛の侍女頭にしているか忘れておるのか⁉」

「も、申し訳御座いませぬ!」


 義姉のかわりに頭を下げる小十郎。

 この時の儂は頭に血が上っていたため、親父にも突っかかった。


「それに親父、左月もじゃ!」

「わ、儂に聞くでないわ……。じゃがあの左月が何も言わないわけがあるまい。恐らく何か理由が――」


「はん、どうじゃかの! そもそも左月は愛に甘すぎる。初陣の手助けをしたのも、そもそもが左月じゃった。――っち、こんな事なら九州になど行かせるべきではなかったか……」


 と、苛立ちを隠せない儂に対し実元が口を開く。


「はっはっは! 随分と心配しておられるのう、政宗様!」

「むっ⁉」


「政宗様と愛姫様は犬猿の仲だと成実から伺っておりましたが、見てる感じそんな事はないみたいですな」

「阿呆が、誰が犬猿の仲じゃ! 奴が一方的に儂を嫌っているまでよ」


「ふむ……」


 成実め、余計な事を叔父に喋りおって。

 寧ろ最近は少しだけ優しくなってきた方だと儂は思う。


「じゃがな叔父上、勘違い致すな? 儂は別に愛の心配などしておらんわ!」

「ほぅ、では何故そんなに声を上げておられるのか? 少なくともここにいる皆は愛姫様を心配しておりますぞ。政宗様は何に怒っておられるのじゃ? んー?」


 この叔父は……。流石は成実の親父、お調子者の性格は家族譲りのようだ。まぁそんな事は子供の頃から知っている事なのだが。

 だが、この場で儂を煽ってどうなる? 妙にわざとらしい。


「何が言いたい?」


 儂は実元を鋭く睨みつけた。

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