第三話 初陣を掴めっ!①

「うわー絶景、絶景! 手元にスマホが無いのをこれほど悔やむ事ないわねー!」


 私は両手の親指と人差し指を使って、目の前に広がる大地と山々に向かってシャッターを切った。


 天正九年(一五八一年) 三月十五日。

 伊達軍は旧伊達領である丸森城・小斎城・金山城を取り返すべく、隣接する相馬領近くまで進軍を開始した。この戦は伊達家当主の輝宗、息子の政宗にとって特別な戦なのだ。


 輝宗にとっては相馬によって奪われた旧伊達領の回復、そして政宗にとっては記念すべき初陣の戦だからである。


 じゃあさっさと攻め込んで奪っちゃえばいいじゃん。

 って考えはゲームの中の話であり、私達はまず丸森城を攻めるべく拠点となる梁川やながわ城に入った。


「ねーねー、早く川を渡って攻め込んじゃおーよ! 先手必勝、やられる前にやるのが喧嘩の鉄則なんだから!」

「いえいえ、姫様。目的の丸森城までは山を越えるか、阿武隈川沿いを北東に進むかの二択になります故、ここで一度軍議を開き作戦を練るのです。もうしばらく我慢してくだされ」

 

「……そうだ! だったらいっその事相馬を挑発して、あっちから攻めさせれば良くない⁉」

「ほう、それは妙案でございますな。……してどの様に?」


「えっ⁉ うーん、そりゃ……『なんだよ相馬軍ってのも全然大したことねーな。守るばっかりで全然攻められない臆病者集団ってか? だったら全員ポコチン切り落として降参しろや!』って」

「…………」


 微妙な反応だった。ちょっとゲスかったかな。

 まぁ自分で案を出しておきながら全く考えていなかったため、即席で考えた挑発ではちょっとインパクトが足りなかったのかもしれない。


「どちらかと言うと、こちらが攻める側なのですがね……」

「だったらさぁ夜襲なんてどう? もういっその事夜中にこっそり山川を超えて、相手が油断してる隙に一気に攻めるの! 私としては卑怯だからあんまり気乗りはしないけどね」


「夜襲ですか……。ふーむ……」


 おっ、今度はそこそこの反応を見せてくれた小十郎。どうやら悪い作戦ではなかったようだ。

 

 すると気に入らなかったのか床を拳で殴り、ひとりの漢が声を上げる。

 黒漆の甲冑に三日月の前立。伊達政宗である。


「ふざけるな‼」


 政宗の怒号が陣内に響き渡る。


「ふ……ふざけてなんかないわよ。アンタも他に良い案があるなら小十郎に言えばいいじゃない」

「儂はそんな事を言っているのではない! そもそも何でお前がここにいるのかと聞いておるのだ!」


 政宗が怒るのも無理はない。私はこの戦に参加する事をわざと伝えていなかった、いや黙っていたからだ。

 それには深ーい訳があるわけで。私は小十郎を盾にしながら回想にふける事とした。


 ――――――――――


 刻は遡り、天正八年(一五八〇年) 十月。場所は米沢城近くにある山林の伊達訓練場。

 周りを綺麗に整備されているこの場所は、伊達家臣達が使う専用の訓練場として用いられている。


 何故そんな所に私がいるのかというと、勿論訓練するためにやって来たのだ。

 姫なのだから屋敷で大人しくしていてくれ、と何度も言われる。けど、私にとってこの時代の教養など既に前世でマスターしたものばかりでつまらないのだ。


 琴、生け花、そして茶道。皆私の手捌きには目を丸くして驚いていた。

 まぁこう見えて幼稚園から色々な教養を叩き込まれてきたのだ。正直言って茶道ならあの千利休せんのりきゅうすら唸らせる自信がある。


 そんなわけで、私が今極めたいのは体術。正確には喧嘩なのだ。

 前世は敵なしでそこそこやっていた私だが、最後はあんなチンケなアーミーナイフ一刺しでやられるとは。今思い出してもダサすぎる。


 だから、私は自分を鍛える事とした。あんな攻撃捌けないのでは、とても戦乱の世を生き残る事なんて出来ない。戦に行っても死に行くようなものだからだ。

 そのためにはまず、私自信がこの時代でどれくらい通用するのか調べる必要があった。


 喜多にその事を相談したら「喜多で良ければお相手仕る」と相手を買ってくれた。

 勿論、最初は断った。だって相手は女性であり、私の侍女だ。怪我でもして業務に支障が出るのは避けたいし、年上といえどか弱い女性を蹴る趣味は持っていない。


 私は諭すようにやんわりと断ったのだが、返ってきた返答はまさかの「フフッ、手加減致しますのでご安心を」だった。

 危うくキレそうになったが、私は脇腹を摘まみながら笑顔をキープ。喜多と一緒に屋敷を出た。

 

 向かった先は城内にある道場。

 そこで私達は三本勝負の模擬戦を行ったのだ。


 結果は私の全勝……ではなく、全敗。圧倒的な力の差を見せつけられた。

 先端に布を何重にも巻き付けた棒を薙刀や槍を操るように振り回す喜多の動きに、私は文字通り手も足もでなかったのだ。


 この身体が華奢だとか、まだ扱いに慣れていないとか、そんな言い訳が通るものではない。

 単純に実力が違う。私は弱くて、喜多が強すぎる。非捕食者と捕食者って感じで圧倒的だった。


 感が鈍ってなくてよかった、と喜多は言う。

 どうやら実戦からはしばらく離れていたようだが、喜多は輝宗の元侍女であり、その実力から戦場に何回かその身を投じていたようだ。


 そんな実戦経験がある彼女に私が戦場に行ったらどれくらいの戦力になるか尋ねたところ、返ってきた返答は「足軽五人分ですかね」だった。

 この表現が正しいかの解釈は任せるのだが、足軽ってのは簡単にいうとモブキャラの事だ。ゲームでいえば雑魚敵である。


 喜多は私の実力が足軽五人分しかない、戦場に出ても足軽五人しか倒せないと、そんな惨めな事を言うのだ。

 多分、昔の私なら噛みついていた。無敗で自分の実力に自信があった前世の陽徳院愛華であればその喧嘩買っていただろう。


 でも、今回ばかりは相手の言う事を信じざるえない。私の今の実力なんて足軽に毛が生えた程度なのだと認識させられたのだから。


 このままじゃマズイ。ちょっと前に伊達で天下統一だとイキがっていた自分が恥ずかしい。

 そんな訳で、私は自分を鍛えるためにこの訓練場へ毎日通っているのだ。


 ただし、今日は先客がいた。


「おりゃあ――!」

「若、大振りが目立ちますぞ。疲れてきた時こそ相手の手元に集中するのです!」


「えーい、わかっておるわ!」


 先客とは政宗と小十郎の事だ。お互い木刀を持ち、近距離での戦闘訓練を行っている。

 さっきからずっと見てるから言えるのだが、政宗の刀捌きは見事だ。


 素人が見れば小十郎に遊ばれているようにも見えるが、そこに関しては小十郎が一歩二歩先を行っているに過ぎない。決して政宗がダメなわけじゃない。

 喜多の太刀筋を見た私だから言える。このふたりは私達とは違う次元で戦っているような気がしたのだ。


 だからこそ、自分の弱さに腹が立つ。

 不貞腐れた顔でふたりの訓練を眺めていると、私の隣にひとりの坊主が腰を下ろした。


「悩み事ですかな?」

「……宗乙そういつ和尚」

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