片倉の義③
「先ほどから政宗やら当主やら、何にそこまで喜んでおられるのじゃ、殿」
「……お義」
「愛姫が言っている事はただの戯言。そう、夢物語に御座います」
ホホホ、と口元を袖で隠し、横目で私を睨みつける。
嘘を付くな。義姫の視線は明らかに私を敵視していたのだ。
しかし、冷静に考えてみればおかしな話だ。
この義姫という女は目の前にいる輝宗の奥さんのはずだ。となると、政宗は義姫の息子になるのだ。
それなのに政宗が当主になる事を戯言と、夢物語と否定しているのだ。
普通は自分の息子が当主になったら嬉しいと思うけど、と私は疑問に思わざる得ない。
「今後先の、未来の日ノ本から来たなんて誰が信じましょうか。殿もおふざけは大概にしていただけないと困ります」
「む……」
「それに、家督を継ぐのはこの子・小次郎でも良いであろう。嫡男が家督を継ぐ時代など、もはや
「お義……。お前という奴は……」
義姫は隣にいた小次郎の頭を撫で、「ねぇー小次郎!」と同意を求めていた。
超絶親バカの典型的な例と言ってもいい。小次郎も小次郎で「はい! 母上!」と元気に答える。素直な小次郎、ちょっと可愛い。子供はやっぱり元気が一番だ。
などと思っていると、屋敷内の空気はよろしくない。
義姫のそれなりに筋の通った意見に悪戦苦闘の輝宗。この漢、意外と尻に敷かれるタイプなのかもしれない。確かに義姫は気が強そうだし分からないでもない。
それにしても、ビックリするぐらい政宗は静かだ。顔はやや下を向き、視線は義姫に向けていた。
あの狂犬みたいな漢が義姫には噛みつかない。もしかして……マザコン?
「義姫様。若は十分に当主の器。学問は
「小十郎……」
この重い空気の中、斬り込んだのはまさかの小十郎だった。それに対して小声で反応する政宗。
「それに政宗というのは伊達九代目様にあやかっての名誉ある名。それは若が次期伊達家当主であると殿がお認めになっての事では?」
「それが古いと申しておるのじゃ。現に政宗より小次郎の方が当主になるべきと風の噂がよう耳に入る。それ即ち、小次郎の方が家臣の心を掴んでいるとも言えよう」
義姫は政宗の方に視線を向ける。
「それに比べお前は何じゃ? 正室の、女子の蹴りひとつ避けられぬ軟弱者が! 伊達家の人間として恥ずかしくはないのかえ⁉」
「ぐっ……」
いいぞ、もっと言ってやれ!
あの政宗が悔しがっている顔を見るのは何だか気分が良い。
……とはいえ、これはちょっと可哀そうかもしれない。
一発目が不意打ち気味だったとはいえ、私の蹴りを初見で避けるなんて不可能だ。そう思えば義姫の言っている事には無茶がある。
それに実の息子に対して「お前」って。
まるで自分の子供として認めていないような、赤の他人のような扱いだ。
そういえば初めの自己紹介の時、義姫は小次郎だけを子供と言っていた。その部屋には政宗もいたはずなのに。
その時点で……いや、既に前からこのふたりの親子関係は最悪に悪いのだ。
だから大衆の前でも平然に息子を罵倒したり蔑んだり出来る。
毒親……か。久々に胸糞悪い人間を見たような気がする。
私はチラリと政宗を見る。
これだけ好きに言われているのに、頭にくる事を言われているのに、反抗しないどころか落ち込んだ表情を見せている。
私にあーだこーだ好き勝手言っていた漢が、同じ女性である母親には頭が上がらないのか。
奥州の覇者。暴虐の闘将。そして、独眼竜。
立派な二つ名を貰う割には随分と内弁慶みたいな奴だ。本当にコイツがそんな大それた漢になるのだろうか。
そんな事を思っていると、途端に外が騒がしい。
内輪揉め……だろうか。その騒ぎ声と足音は徐々に屋敷内へ近づいてくる。
ドッドッドッ。
足音は私の真後ろで止まり、バッと部屋を隠していた布をめくり上げる。
「遅参致した事お許しください! 片倉喜多、只今参上致しました!」
突然現れたのは喜多だ。
身体には真っ白な白装束を身に纏い、片手には短刀が握られている。
「こ、こら貴様! 殿の御前で失礼であろう!」
ふたりの城兵が喜多の両腕を押さえつける。
その瞬間、喜多は両腕を思いっきり後ろに振り払った。
「うわぁぁ――⁉」
たったそれだけだ。
腕を後ろに振り払っただけなのにも関わらず、大の男達がポーンと庭の方に吹き飛ばされてしまった。
なんて馬鹿力だ。
喜多は息ひとつ切らさず、乱れた白装束を直すとその場に座り込んだ。
「殿、若様。此度の姫様の無礼、この喜多の覚悟をもって締めさせていただきたい所存です」
深々と頭を下げる喜多。
それに対して驚きの声を上げたのは輝宗でも、政宗でも、私でもなく……小十郎だった。
「な、何をやっているんです姉上⁉ お気は確かか⁉」
「無論じゃ小十郎。此度の姫様の非行は、お付きである私に責任がある」
喜多はそう言うと持っていた短刀に手を掛けた。
「覚悟とはこの喜多の命。足りぬは承知。ですが、若の乳母として、伊達家に仕えてきた功績に免じて、この喜多の身勝手な願いをお許しください!」
すると、喜多は短刀を自身の首元に当てた。
この女、本気だ。
私は喜多の瞳から本気で許しを請う決意のような意思を感じ取った。
「ちょーと待った‼」
声を上げる。
兎に角声を上げなければならないと思い、一生で一番の声を喜多に向かって上げた。
「私のために死ぬ⁉ 何で⁉」
「……姫様」
「政宗を蹴った事を詫びるって事⁉ バカ! それは私が買った喧嘩だ! 勝手に自分の問題にすんな!」
叫んだついでに他の奴にも言いたい事はある。
私は義姫に身体を向ける。
「あのねー、さっきから聞いてれば私の蹴りが初見で避けられるわけないでしょ! 政宗がダメなんじゃなくて、私が凄いのよ!」
「――んな⁉」
「それにねー、頭の良い子が当主になるって? バカね、アンタ。当主ってのはどれだけ義を重んじるかなんだよ! 結果の良し悪しじゃない! 自分の正義をいかに貫けるか、それが当主ってもんだろーが!」
自分の力量を自慢しつつ、義姫に当主の在り方をかっこよく語ってみた。
人それぞれだと思うが、少なくとも私の当主象とはそういうイメージ。皆のリーダーなのだから、皆から信頼されなければならない。それは正義の味方でも敵方の大将でも同じ事。善には善なりの正義が、悪には悪なりの正義があるように。
続けて政宗の方に身体を向ける。
私は一番コイツに言いたい事があるのだ。
「アンタはアンタで少しは言い返しなさいよ! 実の母親にここまで言われて悔しくないの⁉ そんなんだから私に一発ケーオーされんのよ!」
「な、なんじゃとー!」
政宗は私に近づくと身長差を使うように上から見下ろすように睨みつける。
上等だ。私はメンチを切るように下から政宗を睨み返す。
まぁ正確には二発……だったけどね。
「ド阿呆が! 儂は貴様なんぞに負けておらんわ! 寝言も大概にいたせ!」
「ハイハイ、言い訳乙でーす。私の蹴り喰らって頭の上ヒヨコグルグルしてたのはどこのどいつでしたっけー? ああ、ここにいたわねー。キャハハ、ごめんあそばせー!」
「はっ、おめでたい女じゃのう! わざと受けてやったというのに、本気で自分の実力かと思っておったとは。わっはっは、儂の寛大の心に感謝せよ!」
「ああ? 何がわざとだ。口からダラダラときったないよだれ垂らしてたくせに! 私の身体の触ろうなんて一万光年早いのよ!」
「自意識過剰も大概にしろ、阿呆が。お前の質素でチンチクリンな身体になんか誰も興味なんてないわ!」
「言ってくれるじゃない。私も好きでこんな身体じゃないのよ! でも、まだ十三歳みたいだし⁉ まだまだ発展途上だっつーの!」
おでことおでこを擦り合わせ、いがみ合う。
そんな私達を見て、喜多の決意は更に高まってしまう。
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