片倉の義②

「このど阿呆がっ⁉ 父上に向かってなんて口の――!」

「――よい! お前は下がっておれ、政宗」


「何を言っている父上⁉ こいつは今父上を――」

「下がっていろと言っているのが分からんか! お前がでしゃばるとまた喧嘩になるではないか!」


 もの凄い迫力。空気がビリビリと振動しているようだ。

 輝宗の大声が私の聴覚にそう刺激を与えている。


 だが、それだけではない。

 圧倒的強者から放たれてるいるような眼力、威圧感が私の身体を針で刺すように刺激するのだ。


 輝宗の怒号は息子である政宗を一発で黙らせた。

 政宗は私に飛び掛かろうとしたその中腰を、舌打ちをしながらストンッと降ろす。当然納得はしていない様子だ。


「ふん。また喧嘩が始まって戸や壁を破壊されては困るからのう」

「私が何者か、それを話せば良いんだっけ、……あっ、話せばよろしいでしょーか?」

 

 私は輝宗に対し、咄嗟に敬語へ切り替える。

 政宗が睨んできたというのもあったが、何となく変えた方が無難だと思ったからだ。


 正直、これ以上刺激したくない。本気マジで首が飛びそうだ。


「あーよいよい、無理に変えんでもよいわ。自由に話せ」

「……どうも」


 面倒くさい。

 そんな一言が輝宗の表情から見て取れる。


 案外寛容な人なのかと思ったけど、これは多分違う。

 いい加減話が進まないのにイライラしているし、呆れているのだろう。


 そんな輝宗の心情を読み取った私は詳しく話しても日が暮れてしまうと思ったので、喧嘩をした事やスムージーを飲んだ事などの日常的な事は伏せ、私がどんな人間で、どんな所に住んでいた人間だったのか。それをざっくりではあるが、ここにいる人間が極力理解出来るように話した。


「……では、お主は未来の日ノ本で命を落としここに来た、と言うわけだな?」

「まぁ概ね合ってるかな。来たって表現は正しいのかわからないけどね」


 と、私は自分が何なのだ問題について〆た。

 すると、聞こえ出す。耳障りな笑い声が聞こえ出す。私の今後を左右するであろう懸命の訴えを、戯言のように嘲笑う。


 私の周りにいる人間が、家臣が、政宗が大声で笑う。

 輝宗は笑い声すら上げてはいないが、表情から明らかに馬鹿にしているのがわかる。


 分かっていた。笑われるのは分かっていたけど。

 こんなに悔しいなんて思わなかった。腹の底をぶちまけてやりたい、ここにいる全員を片っ端からぶん殴りたい。それを出来ない自分がとても腹立たしいのだ。


 唇を噛み悔しさを滲ませていると、輝宗は立ち上がり、私の方に向かって来るのだった。

 その表情には……笑みなど無い。


「ヒィッ⁉」


 ヒュッっと肩と首に風が吹く。同時に私の髪の毛が数本パラリと落ちる。

 輝宗はいつの間にか持っていた刀を抜くと、私の肩の所で寸止めさせたのだ。


 笑い声が飛び交っていた室内に沈黙が走る。

 伊達家臣、義姫、小十郎、そして政宗。皆が輝宗の行動に息を吞んだ。


「ふざけるなよ、小娘が」


 愛姫から小娘に格下げされた瞬間である。

 どうやら私は信用というものを今ここで失ってしまったらしい。


 まぁそれもそうか。未来から来ました何て誰が信じるだろうか。

 だけど、私には今それしかないのだ。


「政宗の正室だからと調子に乗りおって。真剣に語ると思ったら、未来の日ノ本から参ったじゃと? 笑わせるな‼」

「う、嘘じゃないよ! 本当にあっちの世界で死んで、気づいたらこの身体になっていたんだってば!」


「ほぅ? そこまで意地を通すのであれば、今ここで証明してみせよ。お前が未来から来た人間なら何か出来るはずじゃ」

「しょ、証明って……」


 無茶な事を言う殿様だ。どうすれば私が未来から来たと証明出来るのだろうか。

 この時代で可能な事でなければ話にもならないのは分かっている。


 茶道とか生け花はどうだろう。

 いや、そんなもの生前の愛姫は出来たかもしれない。


 ダンスや料理はどうかな。

 アリっちゃアリだが決定打としては弱そうだ。それに私料理なんて出来ないし。


 だとすると、やっぱりアレにするしかないか。

 私は覚悟を持って輝宗に進言する。


「歴史を話す……ってのはどうかしら?」

「歴史?」


「そう、歴史。この戦国時代、今がどのような流れで進んで行くのか大体なら分かるよ」

「……ほう。面白い事を申すな」


 輝宗は笑った。不気味な笑みだが刀を降ろし、しゃがみ込んで私と視線を合わせる。


「なら聞く。伊達家は今後どうなる?」


 やっぱりそう来たか。

 そりゃそうだ。未来を知っているなんて言ったら真っ先に聞かれる議題だ。私だってそうする。


 ただ、伊達家っていうのがなぁ……。さっきも思った事だが、私の持っている戦乱の知識はあくまで学校で習う範囲のものだ。

 ということは、歴史が大きく動いた出来事にほぼ限定されるということである。


 細かい話ならアプリゲームの戦国コレクターズの『武将ストーリー』で目にした事があるが、それの記憶に残っているのも限定される。

 言っちゃ悪いが伊達のストーリーになど興味がなかったので、当然武将ストーリーは読んでいない。織田とか豊臣とか徳川とか、そっちのほうが面白いもん。


「ほれ、早く話さんか」


 輝宗が急かす。どうせ分からないだろうと思っているのだろう。

 確かに伊達の歴史はほとんど分からない。だが、有名な話であれば知っている。それを話すしかないか。


「確認だけど、今は天正八年(一五八〇年)で間違いないのよね?」

「うむ、その通りだ」


「そっか。なら結構話せる事はあるわね。伊達に限定すると多くはないけど……」

「…………?」


「そこにいる伊達政宗は『十年早く生まれていれば天下を取れた』って言われていたわね、確か。誰が言ったのかは知らないけどねー」


 屋敷内が静まり返り、皆が政宗を見る。反応は微妙だ。

 確かにインパクトとしては薄かったか。それならこれはどうだろう。


「後は小田原へ参陣する時に白装束を着ていたって話はかなり有名ね。それと黄金のはりつけ柱を持って行くイベントもあったわねー」

「い、いや、待て待て!」


 輝宗が止める。話すのが早かったか。

 いや、そうではなかった。


「それは全て息子の……、政宗の話か⁉」

「ん、そうだよ。それ以外ありえないでしょ」


「ありえない⁉」


 輝宗だけではない。屋敷内にいるほとんどの人間が驚いている。

 ただひとりを除いて。


「それは政宗が家督を継いでいるという事か⁉」

「ちょっ! ちょっと何なの⁉」


「申せ! お主のいた世界では政宗が当主となっていた未来なのか⁉」

「そ、そうなるのかな」


 輝宗は私の両肩を掴み、何度も確認するように私に問う。

 一言で言えば必死だった。それだけ輝宗の眼は真っすぐに私を見つめていたのだ。


 そうか、とやや力が抜けたような、安堵した表情を見せる。

 政宗が当主になっていた事がそんなに嬉しかったのだろうか。それを決めるのは現当主である輝宗であるはずなのに。


 ただ、その疑問はあっさりと解決する。

 私が政宗の話をした時にひとりだけ驚かなかった人間。寧ろ顔を歪ませていた女が話に割って入る。それは義姫だった。

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