第11話(お題:坂道)

「ルネが……死に損なって……?」

「そう。お前のおばあちゃんもひいおばあちゃんも、ルネにこっそり血をやって生き延びさせてきた。いや、それ以前の人たちも、ルネに少量の血を与えてきたはずだ」

「…………」

 父さんの語りにも、ルネは変わらず黙っている。あたしはルネを抱え上げ、無理矢理目線を合わせて聞いた。

「本当かそれ」

「……はい」

「昔は生き延びる意思があったってことか? じゃあ、なんで今は……」

「違います……」

 ルネ曰く、代々主人となった人間はみな、彼に血を与えて頼み込んだそうだ。"せめて自分が生きている間だけは、死なずにそこにいてくれ"と。

「何故わたくしのようなものにそうまでしてくださるのか、さっぱりわかりませんが……幾度も泣いて頼みこまれてはわたくしも断れず……お恥ずかしながらこうして生きながらえているというのが現状です」

 観念したようにそこまで白状したルネは、小さくため息をついた。

「なんであたしに言わないんだそれ」

「あなたも同じように言うからですよ」

「言っ……うけど……だって……」

「まあ、ルネにわざわざ死んでほしいやつなんか、うちにはいないってこったな」

 父さんが朗らかに笑う。そしてルネに「どうしてお前の主人たちがお前にああまでしたか、本当に知らないのか?」と尋ねた。ルネは肯定する。

 じゃあせっかくリナもいるし、面白いことを教えてやる。そう言って父さんはニヤリと笑い、少し声を落とした。

「ルネはな、おばあちゃんたちの初恋ハンターだったんだ」

「えっ……」

「あー。そういう」

 ルネはわかりやすくあたしの腕の中で身をこわばらせたが、あたしは特に動揺しなかった。ただ、血だなぁと思ったくらいだ。

「リナのひいおばあちゃんがまず、海外の人と親交があった。そこのご夫婦からルネを見せられて、娘時代のひいおばあちゃんは一目惚れをした」

 父が語るところによると、ひいばあちゃんはルネが一緒でなければ結婚は嫌だと当時決まっていた見合い相手に訴えたらしい。だが見合い相手(あたしのひいじいちゃんだ)も相当変わった人間で、昔の化石やら河童のミイラやらいわくつきの品々やらを集めているような数寄者だったためルネはいたく歓迎されたそうだ。ひいばあちゃんは己の恋心については、亡くなる前にルネを受け継がせた娘にだけ打ち明けたという。それがあたしのばあちゃんで、ばあちゃんも見事に一目見たルネに撃ち抜かれたらしくたまに血を与えていたそうな。やがてばあちゃんも結婚をし父さんが生まれ、その頃にはルネは離れに囲われていた。お嫁に来た母さんがルネを知らないまま事故で亡くなってしまうと(あたしが八つの頃だ)、あたしに引き渡すまでの十年間は父さんがルネの世話係だったらしい。そのときにこっそり、ばあちゃんの初恋がルネだという話を聞かされたらしい。

「リナ……母さんがルネを見たら、やっぱり落ちてたと思うか?」

「さあ……父さんの日頃の行い次第じゃない?」

「やめなさいそんな品のない話は……!」

 ルネは血色のない顔をうっすら赤くしている。首から下に血が通っていないのにどうやって顔に血を集めているんだろう。


「懐かしいな。俺がうちの周りをさ、夜中にお前抱えてウロウロ散歩したよな」

「ああ……ありましたね」

「マジかよ、田舎なのをいいことに思いっきり外出してんじゃん」

「坂がきついだろ、うちまでの道。あれで人の頭抱えて歩くの案外大変でさ。リュックに入れて背負っちゃおうかと思ったけどそれじゃ散歩の意味ないしな」

 わはは、と笑う父さん。あたしはちょっとだけ、田舎の実家からこんな街の方までルネを連れ出してきたことを申し訳なく思った。

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