23.魔物が出る世界

不格好な、崩れた体を無理矢理起こして引きずるような歩き方。

きっと足の骨が折れちゃってるんだ。血の気が引いた青い顔。今にも倒れそう。普通じゃなくてものすごく不気味。

昨晩、話をした神父と同一人物には見えないくらいにヘン。


「神父殿! この村の神父殿ですね。いかがなされたのですか、その怪我は一体……」

「うぅ……貴方は、教会騎士……の! 助けに来てくれたのですね……」


まるで何かに襲われて逃げてきたみたい。神父は肩で息をしていた。

酷く疲れきった様子で呻(うめ)きながらうなだれる。

すぐに駆け寄り、怪我をした彼を助けようとジルが屈み込んで手を貸すのだが。


「────ぐっ?! 何……っ!!」

「グガアァッ!」


神父の首に……獣に噛まれた傷痕(あと)がある!


「ジル!」


私が気付いた時にはもう遅かった。

差し伸べられていたジルの手を振り払い、神父は化け物に変貌し彼に飛び掛かる。

間一髪のところで身をかわし、ジルは鋭い爪を受け流す。


「くそっ!」


ビシッ。と、鎧に三本の爪痕がつけられた。顔や首にまともにくらっていれば大惨事になっていたかも。

すぐに反応できたのは流石ジルといったところ。

がっちりマッスルに鍛えられているだけある。頼りになる身のこなしだ。


予想していなかった、とんでもない場面展開。

ゲームの中ではおきえなかったサブストーリーが突如開幕してしまった。

目の前で起きている大事件を解説している余裕はない。実況はしようと思えばできないこともないけれど。


「し、神父さま……?!」


驚嘆して後ずさりするコルフェ。

彼と私の正面にはジルと取っ組み合いをしている神父。

正確にはもう神父の面影(おもかげ)はない。バキバキと骨格をでたらめに変形させ、人間の姿から異形になる神父だったもの。


「これは! 人狼(ヴルフ)の呪いか……!!」

「人狼(ヴルフ)……って、まさか人狼(じんろう)?!」


──ヒトに化け夜の森を往来する人狼(ヴルフ)は、ヒトからヒトに呪いを振り撒いて混乱を招く災厄だ。

やつらは特に信心深い聖職者を狙う。

いくら祈りを捧げても獣になってしまった己を元の姿に戻さない、己を救えなかった、見捨てた神への復讐として祈る者らをターゲットにするのだ。


……という、魔物の図鑑情報。公式ファンブックの後半、モノクロページのデータベースより。

我ながらよく覚えてたわ。そんな魔物の設定なんて。


≪シュテルフスタイン≫シリーズは剣と魔法の西洋風ファンタジーが舞台。

古典的なファンタジーに登場するようなモンスターの概念も当たり前のように存在する。

村の中が安全だったからすっかり平和ボケをしてた。

村から一歩出ればこういった化物に遭遇する可能性がないわけじゃなかったのに。忘れてた。


人狼は魔物(モンスター)の中でも昔話や伝承みたいな設定わ持っているわりにポピュラーで、中級クラスの魔物に属していたはず。

ざっくりいって簡単に倒せるスライムとかよりは全然強い。戦士複数人で挑むドラゴンよりは、単身で戦えるくらいには弱い。

人間に噛み付いて傷痕をつけた相手を同族にする特殊能力が厄介で、戦う術を持たない村人は餌食になる。それなりに危険な敵である。


ジルが「呪い」と口にしたのも、神父がこの能力で人狼に変えられてしまっている事実をさして言ったこと。

彼は国の人々を守護する教会の代表者。各地を巡行して世の平和を守る教会騎士だ。

こういった修羅場を幾度も踏んで越えてきてるんだろう。私たちよりずっと冷静だった。









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