7.ありえない未来の話
かくして私はこのウブすぎる少年をお姫様抱っこで連れ出し、推しが少年期に植え付けられるはずだったトラウマを全力で回避させてみせようと試みるのであった。
掛布で身を包んで私の手を握るコルフェの体は驚くほど軽いが、私が考えていることはなかなか重い。
「結婚したらこのお姫様抱っこの貸しは何倍、何百倍にもして返してもらいたいな」
「け、結婚ですか……?」
具体的に言えば式場で抱っこし返して無駄に優雅で豪華なお花まみれの背景をつけてぐるんぐるん回してもらいたい。
推しとの結婚式(ウェディング)をみんなから祝福されるなんて、人間に生まれたなら誰もが夢を見る最上級のシチュエーションだと思うので。
でも……結婚したら。とは、なんだ。
私の両腕で持ち上がるほど小さな男の子相手になにを考えてるんだ私は。
結婚のけの字もまだ理解していない齢十歳に。
気が早すぎる妄想に私はひとりごちた。
そもそも、コルフェは主人公であるメインヒロインの攻略対象の一人だ。
固有の名前もなくて顔もはっきり画面に映らない、トラウマメイカーとしてほんのちょっとしか登場しない末端モブの私が、メインキャラクターの彼と結婚式を挙げるなんて展開、どう転んだってきやしないだろう。
コルフェはこれから成長して能力を買われ教会騎士に成り上がり、その後メインヒロインである主人公と出会って情熱的な恋に落ちるのだから。
私みたいなモブを構っているヒマなんて彼にはない。
万が一、主人公が彼を将来添い遂げる相手に選ばなかったとしても、コルフェは影で主人公を支え続ける。
コルフェから行き違いの片想いをしたという立場に収まる。
もっと言えば逆ハーレムルートのハーレムの一員として主人公を愛し続けることになるルートも存在する。
そのクリアデータを十八禁追加バージョンに引き継げば、女性との性行にトラウマがある設定はどこへやらで、主人公に心を開いた彼は嬉しそうに主人公とベッドインする。
さらに悪い方向にいけば、複数人と肉体関係を持つ主人公を巨根と淫語で酔わせてイかせるスーパー竿役様の一人になってしまう。
私は彼が行き着くエンディングは全て見てきた。
どんな結末になろうとも推しの姿だと受け入れて、あらゆる彼をゲームの主人公の視点で何時間もかけて何周も何周も見守った。
だからこそ、
(なんで、なんだろうなぁ……)
コルフェのこれからに自分がいないことが悔しい。
自分が主人公ではないことが、彼の人生に関われないことがひたすらに悲しい。
他の女の気紛れでいいようにされてしまうくらいなら、いっそこのまま彼をさらってしまいたい。
コルフェを主人公の攻略対象から外してしまえないだろうか。
ゲームのストーリーなんかに従わずに、ずっと私のそばにだけいて欲しい。
これはささやかなモブの、わがままな願いだ。
「お姉さん……? 泣いてるの?」
「へ、泣いてる……?」
どうして。と、顔を近付けて覗き込んでくるコルフェ。
彼に言われて自分が涙ぐんでいたことに気がつく。
心の底で抑え込んだはずの気持ちが、知らないうちに目から溢れてしまっていた。
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