「殺人事件?」


 どうやら、この客船の無駄に豪華なメインホールで白昼堂々人間が死んでいたらしい。


「人間なぞが死のうと知ったこっちゃない」


 知ったこっちゃないが、せっかくの船旅は台無しだ。


 うんざり吐息、仕方なく現場に向かってみれば。


 現場には人間どもが遠巻きながら群がっていて、我の小さき身体ではよく見えぬ。かろうじてちらりと見えたのは、階段の下で不格好な体勢で横たわるタキシードを着た青年の姿だった。こんな情けない死に方はごめんだな。


 ヒステリックなババアみたいなやつがパニックになるやら、酒に酔ったおっさんの怒号が飛び交うやら、なんとかその場を収めようとする船員やら、船内は阿鼻叫喚でもう騒がしくてやってられぬ。


 わざわざこんな客船に乗るような人間だ、心に余裕もあると思っていたが、極限状態になると、真の性格が出ちゃうんだよなー。


「「「な、なんだってー!?」」」


 人間がどこで何人死のうとマジで興味はないが、我らも一応驚いてはおく。よし、これで義務は果たしただろ。


 ここは不本意ながらモブに徹して悪目立ちしないようにしておかねば。出る杭は打たれる、いや、殺される。いくら先代魔王御一行である我らとて、果たして何が起きるかわからぬからな。


 じゃ、部屋に戻るか。ここにいても仕方ないしな。やかましいのはごめんだ。


 あ、その前に。 


「逃げ場もないこの海の上、我らは殺人犯とこの豪華客船にいる」


 きゅぴりーんッと眼光鋭く光らせてみれば、これはもう推理が冴え渡っている天才的ムーブやろがい。


 ちょっと思わせ振りな感じを出しつつこの場を後にする。ただ者ではない雰囲気だけは出しておこう。


「そ、そんな……!」


「俺たちは一体どうしたら……」


「……も、もう終わりだ」


 我のテキトー……的確な推理にざわめく人間ども。何か発言するたびいちいちリアクションを返してくれるのは満足感もある反面、少し面倒だな。この船に乗り込むような小金持ちの人間どもは普段死体を見ることなぞないのだろうし、動揺するのは当たり前なのだろうが。


 なんかカッコよく至極当たり前のことを言ってみたが、これ以上出しゃばるのは良くない。あまり目立って身バレのリスクもあるしな。べ、別に推理が完全に行き詰まったわけじゃない。


「じゃ、我らは部屋に戻るぞ」


「お、おい、この事件を解決してくれるんじゃないのか!」


「ふ、ふん、探偵ごっこなぞくだらぬな、そんなのは貴様らで勝手にやっていればよかろう」


「ね、ねえ、お嬢さん、バラバラになるのは危ないわ、ここでみんなと一緒に」


「我らは関係ない、失礼させてもらうぞ」


 豪勢なドレスを着た大人のお姉さんが心配そうに我に声を掛けるがそんなのは知ったこっちゃない。こんなしょーもない茶番に付き合うよりも、我は早く豪勢なディナーが食べたいのだ。あと、子ども扱いするな。


「おい、行くぞ、オフィーリア、グロリア」


「は、はい、ヘラ様」


「おい、そこの客室係、今後の食事は我らの部屋まで持ってこい。我らは港に到着するまで自分の部屋から出ない。その方が安全だからな」


 その辺にいた気弱そうな客室係の返事は聞かず、ばさり、ドレスの裾を翻しながら、我は不安げなオフィーリアとグロリアを引き連れて自室へと戻る。


「めちゃくちゃ死亡フラグ立てるじゃないすか、ヘラ様」


「ふん、我は先代魔王だぞ、それにちゃんとキミ達もおるではないか」


 ぷんぷんと早足で歩く我の後ろから、なんとなく心配そうに声を掛けてくるオフィーリア。こやつ、こういう雰囲気には慣れておらぬな? 推理小説も読め、パリピ!


 コツコツと、我らのヒールが船内の木製の廊下を小気味よく鳴らすが、心なしか薄暗い照明のおかげでずいぶんと不気味になってしまっている。せっかくの手の込んだきらびやかで豪華な内装も台無しだ。我は魔物だからな、こういうのも嫌いじゃないけど。


 この我が人間の手で殺されるなぞあり得ぬ。というか、殺される理由もない。


 ちゃんとした探偵モノなら無差別殺人はない。何かしらの理由がなければ、それはただのB級パニック映画と変わらぬ。


 探偵モノにはちゃんとしたトリックとロジックが必要なのだ。そして、我らにはそんなもんは到底不可能だからな。こちとら引退魔王のお忍び領地査察紀行だぞ、推理小説なら他を当たってくれ。


「今頃ホールじゃ完全にアタシ達が犯人扱いですよ」


「私達、めちゃくちゃ怪しまれて当然の行動ばかりしていますからね、仕方ないですね」


「ふざけるな、我らが犯人であるはずがなかろう。不本意だが部屋に引きこもっていれば疑いは晴れるだろう」


「推理モノだとそうは上手くいかないんですよねー」


 いや、我が殺されるの値する理由ならあった。というか、それしか思い当たらぬ。


 それは、我らが魔物である、というただそれだけのことだ。


 それに、我は先代の魔王である。人間どもに憎まれる理由なぞ数え切れぬほどであろう。


 しかし、この船の中に我らの正体を知っている者はいないはずだ。怪しまれるようなこともないし、身分の偽証も完璧だ。魔物だと疑われる要素はないはずだが。


「それじゃ、我らは自室でのんびりしているか」


「何も起きなきゃいいっすね」


 推理モノだと、か。


 何気ないオフィーリアの言葉がなんとなくこの慎ましやかな胸につっかえるのを感じつつ、キーキーと軋む部屋のドアをばたんっと少し乱暴に閉めた。

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