アンチ異世界転生モノ宣言

「おいおいおいおいおい、クソ女神、なんか楽しそうなことやってんねえ!」


 唐突に頭上から降り注ぐ不快な音に咄嗟に飛び退く。転生させてもらって敬意も思慮の欠片もない、その粗野な雄叫びが耳障りに響き渡る。


 直後、さっきまで我らがいた場所が、まるで隕石かのように飛来して凄まじい圧力でクレーターへと成り下がる。


「げ、アンタはソウタか、何の用よ」


 心底イヤそうな女神の声。幸い、彼には聞こえていなかったようだが。


 そこにいたのは、黒い制服のような服装に、両刃の剣を携えた、それ以外はいたって特徴のないひょろっとしたツンツン黒髪の少年だった。特に描写のへったくれもない実に異世界のトレンドらしいごく普通の少年、ということは。


「クソ、転生者か、この最悪のタイミングで」


 これが転生者、か。生で見るのは初めてだ。こやつら、なぜか魔王城には来ないで地上でイキり散らかしているだけだからな。


「テメエが苦戦するなんて珍しいじゃねえか」


「そうね、ヘラお嬢様はとってもお強いからね」


「にゃ?」


 ついついこやつのことをじっと見てしまった。ソウタ、と呼ばれた転生者は我が視線に気づいたのか、にやりと気持ち悪く笑う。どうやら、普通の女の子ならばこのキモいスマイルであっという間にヤツの虜になるらしいが。


「うわ、銀髪赤目ゴスロリ美少女じゃん、超シコいじゃん!」


「我が超絶的な美貌への評価がクソ下品な件」


 こやつを好きになる理由に意味を持たせなければ、それはただの魔法だ。そして、その魔法についての説明がないのなら、ヒロインがただのクソビッチ、ということになってしまう。大抵のヒロインはそうではなかろう。


 ヒロインはダッチワイフや、ましてや単に主人公を飾り立てるだけの舞台装置でもない。魔法でもないのに無条件で股を開く者にロクなヤツはいない。だからこそ、ヒロインが主人公を好きになるには、明確な理由が必要なのだ。


 そして、ただのキモい笑顔を見せつけられただけの我が、何の取り柄もなさそうなイキり少年に惚れるはずがなかった。こやつはただの下品でキモいやつに過ぎぬ。


「テメエはどいてろ、ここはオレの見せ場だ」


 この絶世の女神を目の前に、こやつはずいぶんと飽き性なのか我を(性的な意味での)標的に定めたらしい。手を出すタイプのロリコンはれっきとした犯罪です、ロリコンが許されるのは小学生までだよねー。


「はいはい、ボクはアンタに助けられるか弱いヒロインってことね」


 ソウタ、とかいうクソ転生者のクソみたいな独善には付き合ってられないとばかり、うんざりとその場から立ち去ろうとするアンフェルティア。うむ、良い判断だ。なんだったら我も離れたいと思ったのだが。


「それじゃあ頼むわよ、ヘラお嬢様。約束はちゃんと守りなさいよね」


 その言葉を言い終わるや否や、その姿は一瞬にして消え去る。うまい具合にこの状況を押し付けられたな。ここで始末しとかないと付きまとわれるのは面倒だ。ストーキングほど醜悪なものは、そうだな、渋滞くらいだろう。


「まあ良かろう、貸しはあればあるだけいい。ふふ、特にあやつにはな」


 魔王軍が地上を征服するのは時間の問題だ。


 その時が来た際には、ふふ、あやつにはどんな恥ずかしい格好をさせてやろうか。奴を崇める人間どもが思わず絶望するほど破廉恥な衣装がいいな。それであのチャラいフロストドラゴンの元に送り込んでやろう。


 無様な女神の処遇を(勝手に)決めたところで。


「おい、ゴスロリ、オレに負けたらお前、オレの嫁な」


「我が貴様のような軟弱者に倒されると思っておるのか? それに、我にはもうすでに妻がおる」


「おっほ、お前もしかしてレズなの? ということはお前の妻もオレのモンになるってことか」


「……下品だな」


 女神の言っていたことがなんとなくわかった。こやつらはただの、木の棒を持った猿だ。話が通じないうえに、喋る言語は低俗で汚らしく理解し難い。女神に与えてもらったその棒をやたらと振り回しては、自分は猿山の上で最強だとイキっているだけに過ぎぬ。対話不能な人間のカタチをしたクソだと思っていた方がマシだ。汚物は消毒に限る。


「オレの名はソウタ、だ。あの駄女神から授かった超最強のスキル、“昏き匣庭の神聖領域(アンチインフィニティボックスガーデン)”で異空間に格納した剣も魔法も何でも使い放題だ、お前みたいな美少女なんて物量で押し潰せるんだよ」


 ぬるり、うんざりしながら小刀を胸の前に構える。一方、こやつは武器を構えもせず、なんか勝手に手の内を明かし始めたぞ。さてはアホなのか?


「唾棄すべき吐瀉物と話す時間はない」


 こやつのどーでもいい能力なぞ塵ほども興味はない。そんなことより今は聖都に向かいたいのだが。


「我には決して触れるなよ、僅かでも汚物が付着するなぞ耐え難いからな」


 我が侮蔑に満ちた視線の意味など全く理解していないのか、こやつはそれを自身への好意だと受け止めているらしかった。だからこその、にやり、この気持ち悪い笑みなのだろうか。皮肉すら通じないヤツとの会話ほど不快なものはない。


「お前が何言ってるのかわからないけどさ、」


「教養すらないのか、終わってるな」


「そういうナメた態度を主人公にしちゃうのは死亡フラグだって気付けよ、バーカ」


 そう言い終わるや否や、未だににやつく彼の両手から無数の金色に輝く魔法陣が顕れる。これが虚空へと繋がっているというわけか。そういうの何番煎じだよ、英雄王気取りは見飽きたよ。


 しかし、最強というにはいささか地味だな。もっとこう、どばーんッとばごーんッとした方がカッコいいのに。


「貴様のような小物、我が直々に相手するまでもないな」


「な、に……?」


「なあ、そう思うだろ、グロリア?」


「はい、スライムである私が倒せるような者です、ヘラ様ではいくら手加減しても骨すらも残らないでしょう」


 彼の脳天から股までを真っすぐに貫いたのは、細長いレイピアのように変形させた右手。それをさらにぐにゃりと天高く伸ばした右手で一気に突き刺したのだ。こやつはスライム故に身体を自由に変形できる。マジでホログラムエフェクトだけで十分かもしれぬな。


 というか、こんな即死攻撃受けてちょっと耐えたのは何なの? 人間やめちゃってるの? 馬鹿なの? 死ぬの?


「傀儡にするまでもありません、ヘラ様に向かってあのような口の利き方をするようなものを傍に置くことすら汚らわしい」


 その、無表情クール系美少女が嫌な顔されながらパンツ見せてしまったみたいな表情、刺さる変態紳士もいるからやめた方がいいよ?


 グロリアは右腕を元に戻しつつ、噴き出すソウタの血を払う。どちゃりと不快な音を立てる汚ならしい死骸。死んでもなおキモいとは逆にさすがかもしれぬ。アンデッドとして手駒にする気さえ起きない。


「オフィーリアの方は?」


「大人数に催淫が効くまで少し時間がかかるようです」


「そうか」


「男の園をノンケから作るのは大変ですので」


「何か良からぬことしようとしてる!」


 決してそこには近づかぬようにしよう。いくら今の身体が女で無害だとしても、暑苦しいのはなんかイヤだ。騎士共はきっと筋骨隆々のごっついおっさんばかりだろうしな。


「しかし、女神の奴は、転生者を自分好みの最強にデザインしたと言っていたが、それならばこのあまりの弱さはどういうことだ」


 べらべら喋るヤツがオサレじゃなければ、そやつは負ける。戦いとはそういうものだ。あやつは喋りすぎたのだ。


「もしかして、こやつらの強さは神と同調しているのか」


 それなら今、女神は弱体化している、ということか。あるいは、深刻なダメージを受けている。


 あやつをそこまで手こずらせる者などそうそういるはずがない。バカなお調子者だがあやつはまごうことなき神なのだから。


 これはどういうことかというと。


 ステラが接触した可能性があるかもしれぬな。


 我が最強の魔法は、偶然と必死の産物が生み出したちょうどいい時間稼ぎだったが、やはり二代目魔王のステラには大したことはなかったのかもしれぬ。さすが我が娘だ。


「ステラと女神が直接対決する、か」


 そして、女神の方は弱体化している。これが意味することとは。


 なんかイヤな予感がする。


 普通にバトル物になるか、いや、それとも、とっても百合百合した展開になってしまうのか、ふたりとも頭おかしいせいで全く予想がつかない。


 ふたりの痴情のもつれこそ、この物語で一番ダメな展開だ。


 魔王と女神(しかも、女同士)の恋愛沙汰、いや、一夜の過ち、ワンナイトラブは色々マズいだろ。我的にも完全にアウトだ。なんか我を差し置いて違う物語になってしまう。


 ……あのふたりならヤりかねんな。


 特にステラの方は我を襲うのに失敗して欲求不満だろうし、女神はあれはあれで見た目だけなら美しいからな。ステラが魅了されないという保証はどこにもない。


「これは急がねばならぬかもな」


「???」


 このまま番外編が主人公である我抜きで続いてしまうのは完全にダメだ、ダメダメだ。グロリアには我が何故ここまで深刻そうな顔をしているかわかるまい。主人公が急に変わることへの視聴者の苦しみと戸惑いは制作サイドには計り知れないのだ。種は死んでしまったのか?


「グロリア、ステラに伝えてくれ、少し進軍のタイミングを遅らせてくれ、と。我は聖都へと向かう」


「それは何故ですか?」


「我が単機で突っ込んで敵の戦力を削ぐ」


「なるほど、……かしこまりました。お気をつけてください、ヘラ様」


 グロリアから特に反論や疑問はなかった。もしかしたら胸中には何かあったのかもしれぬが、グロリアは女神の強さをその身を以て体感しているのだ。我と女神の戦いに自分がいても足手まといだということは痛いほどわかるだろう。


「キミもステラへの伝言頼むぞ」


 そうして、グロリアがその無表情に、緊張した面持ちを浮かべながらゆっくりと頷くのを確認して、我は転移魔法で聖都へと急いだ。

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