先代魔王のカッコいいとこ見てみたい
「ーーご機嫌いかが?」
戦場に響くには、あまりにも可憐で甘い声。
ふわり、突如として降り立った美少女の姿に、騎士達はおろか上空の天使達でさえも混乱で静まり返る。
「貴様らは我と踊ってくれるか?」
にやりと妖しく笑む美少女の誘いに、この場の誰も微動だにしない。おいおい、こんな可愛い女の子の誘いを無下にするとは、とんだお紳士どもだな。
敵陣のど真ん中で不敵に微笑む美少女。
「なんだ、エスコートは無しか? 素敵な紳士はおらぬのか?」
ただの可愛らしいだけの少女とは思えないただならぬ雰囲気に、我を普通の人間だと思っておる馬鹿はここにはおるまい。しかし、この華奢な少女が魔物かどうか、自分達にとって脅威となり得るのか決めあぐねている。人間とは視覚情報に頼りすぎている難儀な生き物だな。
「はあ、自分の影と踊るなんてナンセンスだ」
そう、この小刀は影でできている。物理的な法則からは完全に乖離している。
小刀を構えて低い体勢。そうしてから、がしゃり、こやつらの甲冑が軋む。が、残念、その警戒は、もう遅い。
ひらり、スカートが翻る。その後に銀髪がふわりと軌跡をなぞり。そして、ぬるり、粘泥のように小刀の漆黒が敵の首筋へと這い寄る。
「な……ッ!?」
何が起きたのか理解できない様子。動揺とざわめき。噴き出す鮮血とともに、崩れ落ちる騎士の身体を中心に恐怖が広がっていく。そんなに愚鈍で大丈夫か? ゴーレムより遅いぞ。
そうしてようやく我を敵だと認識したのか、騎士共は各々の武器を振り上げて我の元に殺到する。
「あはは、我が手を取る王子様は誰だろうな!」
振り下ろされる大剣の軌跡を黒刃で逸らす、火花を散らしながら無理やり逸らしたその斬撃軌道に身体をねじ込む。そして、露わとなった喉元を一閃。血飛沫の一滴すら浴びることなく、次の騎士を舞踏に誘う。
無慈悲な円舞曲だ。銀と真紅と黒、そんな無機質な色だけが、可憐に踊る我を彩ろうとは。
前線の愚鈍な甲冑どもに我の動きは捉えられまい。こやつらには足りない物がある、それは! 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりもー! 速さが足りない!! 今の我はこと筋力においては可憐で非力かもしれぬが、敏捷のランクは、確実にAはあるだろう。
的確に急所を狙う不可視の黒刃。横凪ぎに振り抜かれた大槌を四つん這いになって躱す。
獣の姿勢から飛び掛かる、背中にしがみ付いて甲冑の隙間から首を掻き切る。さらに糸が切れた背中を蹴り上げて跳躍、上空の天使を標的に「上から目線とは図々しい」その胸に不相応な黒を突き立てる。天使に生物としての死はない、神によって創られたその身体は、清純なるその姿とはかけ離れた断末魔の悲鳴とともに、ただ光となって消えていくのみ。
「天使なんて大嫌い。我が気持ちはずっと前と同じよ」
天使どもは攻撃してこない。その高慢さが故に決して前衛に立とうとはしないのだ。なんとも大層な下僕どもだな。無能な下僕は見ているこっちもムカついてくるわ。
天使を切り裂き、その光の中を墜ちてゆく束の間の心地よい自然落下は、唐突に遮られる。
「鬱陶しいな」
後方より魔法による炎弾や氷槍、雷霆が射出されるが、必中効果も付与されていない間に合わせのような魔法なぞ当たらぬ。こちとら恋のおまじないしてるわけじゃないんだぞ、真面目にやれ。
「魔法とはこういうものだ、ド素人!」
空中に静止、聖職者どもが呪文を詠唱する遥か後方へと両手をかざす。どす黒い魔法陣の展開、バチバチと魔力が黒き稲光のように迸る。
「黒魔法、ナン・カスゴ・イヤーツ!」
正直、名前はテキトーだ。何の効果も付与していない純粋な魔力を放っただけだからな。しかし、どう加減してもここまでしか抑えられぬか。できる限り聖都を滅ぼすための戦力を削ぎたくはないが仕方ない。
大地ごとすっぽりと抉り取られた地平。塵すら残らない。まさか地形すらも変えてしまうとは。さすが我、うはは、やりすぎたな。
後方の全てが一瞬にして消し飛ぶ、という目の前の光景が信じられないのか、驚愕に打ち震え、戦う意思も、いや、もはや動くこともすらもない騎士団の中心に静かに着地。まあ、魔法は極力使いたくなかったが、これくらいならセーフだろ。
「どうしてアンタがこんなところで斥候みたいなことしてんのよ」
「お、ようやく勝利の女神のお出ましか、少し遅いんじゃないのか?」
「勝利は劇的な物じゃないのよ。三歩進んで二歩下がるくらいの感じよ」
「そんな幸せは歩いて来ない感じなの?」
しかしながら、登場のタイミングとしては完璧だ、さすが、都合のいいときに現れがちな全能神。魔法弾の軌道を少し逸らして被害を抑えやがった。まあ、威嚇さえできればいいのだ、戦力はあればあるだけいい。
「やい、アンフェルティア、ここで会ったがつい先日!」
「なんか迫力に欠けるわね」
「いざ尋常に、うおおおおおお」
「いきなり向かってくるじゃん」
小刀を振り上げて必死の形相で猛然と突進してくる美少女。傍から見たらなかなかにシュールな絵面ではなかろうか。
一方の女神、アンフェルティアは他愛もなさそうな素っ気ない剣だけを携えていて、こちらの突進にも全く臆することなく、ゆらりと剣を胸の前に構えただけだった。
「いくわよ」
「うむ」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン! ……ん? な、何なん、これ? こちとら真面目に剣を交えたアクションを嗜んでおるというのに、これではただのメモ書きではないか。戦闘描写は端的にかつ迫真を持たせなければならぬというのに!
「……というわけで、貴様に提案がある。ちょっと戦いながら世間話をしないか?」
「ふっ、そんなことだろうと思ったわ。全然殺意がないんだもん」
鍔競り合いからずいっと顔を寄せて女神と対峙、こそっと話す我に、にやりと笑む女神。話甲斐のあるやつで助かる。キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン! え、うるさ。
「ねえ、聖騎士団のみんな! ここから離れて聖都に向かって! 貴方達の使命を果たして!」
鬼気迫るような、そして信奉者を鼓舞させる迫真の演技。さすが、神、というわけか。先ほどの魔法弾で戦意を完全に喪失した迷える被造物を力強く導く。その技量は賞賛すべきだな。何はともあれ、これでほとんど人払いはできた、まだしつこく周りに騎士共がうろついてはいるが余計な手出しは出来ないだろうし、こそこそ話なら聞こえはしまい。
「貴様が聖都を壊すのを手伝ってやる」
「あら、ずいぶん虫のいい話じゃない。ヘラお嬢様は何を考えているの?」
「この戦いでどちらが勝とうと我は興味がない。我はあの街が壊れてしまえばそれでいい」
「ふーん、なるほど」
そう言いながら女神は剣を振るう。我はそれを回避しようと、ふわり、後方へ飛び退く。そういう演技。ふふん、どうだ、この銀髪が空に舞う姿は! 我にも演技というものがわかってきたぞ。そして、優雅に着地するとそのまま再度切り結ぶ。「おい、大根役者、もっとちゃんとやれ」「えッ!?」
「つまりだ、我は双方に無駄な犠牲を出したくないのだ」
「残虐な魔王様が引退してずいぶん慈悲深くなったのかしら?」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン! アホみたいな擬音の連続が戦闘の緊迫感をどんどん失くしていくが、いや、これはこれでいいのだ。戦闘描写なんて飾り、これで察しないヤツは全部我のアンチだ!
「神と魔王が直接対峙したならば被害は今までの小競り合いの比ではなかろう」
「む、確かに、ボクだってせっかくの被造物が必要以上に死んでしまうのは不本意だけどさ」
「お互いの利害はもうわかっているのだ、ここは協力するのが最善ではないか?」
「アンタ、それって裏切りじゃないの?」
「魔族にとって聖都なぞどうでもいいのだ。つまり、これは魔族の被害を最小限に抑えるため、そう、なんだかんだで魔族のためなのだ」
「ま、そーゆー屁理屈も嫌いじゃないけど」
そして、女神は無造作に剣を下ろす。ん? 演技しなくても平気? と思って周囲を見てみると、ああ、そういうことか。
どうやら話に夢中になっている間に、あの戯れの中で木々はなぎ倒され、大地は砕け、騎士や天使らは衝撃に遠くまで吹き飛ばされてしまっていた。む、そんなに本気出してなかったんだけど、やはり並みの者では耐えられなかったか。
「我が貴様の軍勢の手引きをしてやろう。貴様の軍勢であの街を壊してくれ、そうすれば魔王軍は潔く引き下がろうぞ」
「そんなことアンタなんかにできるかしら。裏切ったりしないわよね?」
「そそ、そそそ、そそそんなことするわけあるか!」
「めちゃくちゃ動揺するじゃない。冗談よ、ボクは寛大で全能の神だ、どんな想定外の事態だってあっという間に解決しちゃうのさ」
全能の神の驕り、というのは時に扱いやすいこともある。こやつはじつに馬鹿だな。
こうして、我の思惑通りいい感じの方向性で話がまとまりそうになったその時。
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