過去の栄光にすがっていると腰を痛める

「昨日はお楽しみでしたね、ヘラ様」


「んなわけあるか。我が最強の魔法でなんとか最悪の事態は免れたわ」


「本番前の本番前に最強魔法ぶっ放さないでくださいよ」


 一夜明け、我がいたテントの近くにいた一部隊が壊滅したとの噂を聞いたが、わ、我のせいじゃないもん。我は悪くないよねぇ~? ちなみに、あの後あそこからは命からがら逃げ出した。あんなん、読者サービス以外の何者でもないわ。


 なんか決戦前だというのにどっと疲れた。もう、起き抜けなのに早く帰ってもう一眠りしたい。


 しかし、我には大事な使命がある。


 サブカルに乱れきった聖都を破壊し、魔王軍を勝利に導くのだ。


 つまり、こんなところで二度寝かましてる場合じゃない。よく眠れてえらいと褒められるのはヴァーチャルだけ。実は我も褒められて伸びるタイプだ、誰か我を褒めちぎってほしい。


「では、気を取り直してさっそく行っちゃいますか、オフィーリアさん、グロリアさん」


「「はい、ヘラ様!」」


「なんだかみんな返事だけは元気いっぱいなんだよなあ」


 昨日の惨事は一旦忘れ、我々は遊撃部隊として神の軍勢に対抗しようぞ。


 久しぶりに戦闘になるかもしれぬ、準備体操は怠らぬように。昔の感覚で身体を動かすのは怪我の元。我はもうあの時のように若くはないのだ。


「ところで、ステラ様が昨日から錯乱状態でベッドで耽っております」


「何したんすか、ヘラ様」


「あれが我の生涯で一番の危機だったのだ、仕方ない」


「最強魔法の効果ががっつり出ちゃってますね」


「“天獄(ホワット・ア・ワンダフル・ワールド)”、理想を現実にする魔法、つまりそういうことだ」


 偶然とはいえ、ステラが錯乱状態なのは思ってもみなかった僥倖だ。一時の猶予がある。


 ここで一番マズいのは我より先にステラと女神がばったり会ってしまうことだ。そうなれば激突は必至。我が計画は破綻してしまう。どちらが勝つかどうかは我こそが決めねばならぬのだ。


 とりあえずはステラが意識を取り戻す前にあの鬼畜女神と接触しなければならぬ。


 我らは他の部隊とは完全に別行動だ。転送された場所の周囲には誰もおらず、ただ、鬱屈とした森だけがこれから起きるであろう大災厄に怯えて息を潜めているようだった。


 こちらとしては都合がいい。


 どこかに他人の目があれば、それだけスパイ活動、略してスパカツはやりにくくなる。


 オフィーリアとグロリアだけならば、最悪は幻惑魔法で百合百合させておけばなんとかなるだろう。幻惑というのは、大人数に使うと後の整合性が取れなくなるのがデメリットだ。惑わせるのはふたりくらいがちょうどいい。


 人間の身体というのはずいぶん難儀なものだよなあ、と少し感慨深くおもいながら、グッグッと足を伸ばしていると、


「おッ、どうやら相手はもう戦う気満々みたいだぞ」


 木々が揺れる気配にゆっくりと立ち上がる。準備体操はもう終わり。ストレッチは大事。不意の怪我だけは要注意だ。


 相変わらず木々は静かに揺れ、小鳥や小動物達は不穏な気配を察して散り散りに逃げ出す。


 おそらくこの感じならもう敵はすぐそこだろう。


 崖の上から敵の様子を確認しようとして。


「うはは、こうも都合よく敵と遭遇するとはな! 貴様らも実に話の展開というものをわかっておるようだな!」


 確認なんて、その意味は全くないのだと思い知らされる。


 なぜならば。


 眼下に広がるは、荘厳な白銀の甲冑で全身を固めた人間の騎士団、さらに後方からは神を崇める聖職者らが、そして、それらを加護するかのように上空を飛ぶのは、白き輝きを背の大きな翼に携えし天使ども。


「おいおい、見てみろよ、ずいぶん壮観じゃないか! 黙示録にでも対抗しようとしてるのか?」


 我が指差して笑っているところで、しかし、オフィーリアもグロリアもこの視界を埋め尽くすほどの大進軍を見て怖気づいているようだった。じっとその方を見ながらぴくりとも動けない。


「……い、いやー、これはアタシ達で、いや、ヘラ様だけで何とかなるんすか?」


「私達が生きて帰れる確率は高く見積もって8%です」


「確率とかテキトーに言うのバカっぽいからやめた方がいいぞ」


 そういえば、ふたりは未だかつてこれほどの軍勢なぞ見たことなかったはずだな。確かに怯んでしまうのも無理はないか。


 そして、それでもふたりは自身の能力をよく知っている。


 そう、自身は所詮ただの魔物の一体に過ぎぬのだ、と。


 いや、そうではなくとも、並大抵の魔物ではどんなに群れたとしても、いとも容易く踏み潰されておしまいだ。これは、神としてもほとんど総力戦といっても過言ではない戦力に間違いない。


「我らは別にあれらを全て相手取る必要はない。少数で動いて撹乱できればいいのだ」


「は、はあ」


 ささやかにフォローしたところで、それでも不安材料を拭い去ることはできぬだろう。まあ、ここはこやつらも少しレベルアップということで頑張ってもらおうじゃないか。


「久しぶりに身体を動かすなあ」


 これはようやくバトル物っぽくなってきたんじゃないの? やっぱりファンタジーには戦闘が付きものでしょ。序盤に剣と魔法とか言ってたのにさっぱり出てこないんだもん、我、心配しちゃったよ。


 さて、これはどうしてくれようかな。ごきり、拳が鳴る。


 神の軍勢とはすなわち、天使と勇者パーティ、それに神の信奉者らのことだ。


 言ってしまえば、我にとってそやつらなぞ有象無象の集まりに過ぎぬ。束になってかかっても痛くもかゆくもない。しかし、数が多い、というのはそれだけで脅威になりえる。


 この身体は戦闘には向いていない。ただの可憐な美少女だ。


 それでも、かつて魔王として暴虐の限りを尽くしていた溢れんばかりの魔力と、この抑えきれないほどのカリスマオーラは未だに健在。我だってやるときはやれる。普段はちょっと本気出してないだけだ。


「だ、大丈夫ですか? いくらヘラ様でもこの数は……」


「おいおい、我は先代魔王ヘラ様だぞ。ふふん、強いんだぞ!」


「不遜な幼女っぽくてカワイイっすけど不安っすね」


 どうやら、乗り込んでくる勇者どもを余裕ぶっこいて倒しすぎたせいで、魔王としての威厳がなくなっておるな? 舐めプ、良くない。しかも、今は可憐にして豪奢な美少女だしな。これ以上威厳がなくなるのはなんとしても避けねばな。

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