いざ寄り道:神と和解せよ

我っぽいな

 ふかふかのベッドで眠る、そんな当たり前の幸せを噛み締めながら起きる。


「よっしゃ、このクソつまらなさそうな村を探検するぞ!」


「どうしたんすか? そんな幼女みたいに可愛らしく張り切っちゃって。そんな姿もそそりますね、ヘラ様」


「やめろ!」


 じわじわにじり寄ってくるセクシーランジェリー姿のオフィーリアを蹴り飛ばして、むにゃむにゃ言ってるグロリアを叩き起こす。


「おい、起きろ、グロリア! この、寂れた村を、探検、するんだよ!」


 あ、そうだ、せっかくだし、昨日手に入れた聖剣も持っていこう。雰囲気が出るからな。


 しかし。


 聖剣なんてこれ見よがしに持ってると、あやつがのこのこやって来たり……はないか。こんな辺鄙なところにまで神なぞが来たりはしないだろ。


「ーーうげ、なんでアンタがこんなところにいるのよ?」


「うわ、貴様こそ何故こんなところを歩いておるのだ」


 噂をすれば……って、そんなんで神がその辺にいないでくれるかな!? 貴様は噂しただけでほいほい出てきていいような者じゃないんだよなあ。


 ちらほらと雪降る街中をうろうろほっつき歩いていたそやつは、我らに気付くとあからさまに嫌な顔をしやがった。わ、我だって貴様の顔なぞ見とうなかったわい!


 こやつは生まれ出ずるとき、色を持つことを忘れてしまったのかもしれぬ。


 足元まである長く美しい白髪、無機質な白い肌。そんなこやつの唯一の彩りこそ、どこか憂いを帯びた白く長いまつ毛の下の色素の薄いガラス玉のような青い瞳のみ。


 すらりとした長身に、古めかしいどこかの民族衣装をごてごてに組み合わせたような華やかな装いと、動く度ジャラジャラと鳴る無数の髪飾りが無色透明なこやつをむりくり彩っているように思える。


 この世界の神だというのに、これでは世界の鮮烈な色彩にいとも容易く塗り潰されてしまうのではなかろうか。ま、我の知ったこっちゃないが。


「魔王なんかがボクに何の用? っていうか見逃してあげるからさっさと出て行きなさいよ」


「貴様こそ我が領地に何しに来た、全能の女神、アンフェルティアよ」


「領地? 地上に魔王の領地はないわよ、アンタらが勝手にそう決めつけてるだけでしょ」


「ふん、負け惜しみを」


「まだボク達は負けてない、希望の光がアンタみたいなきったない闇なんかに負けるもんか」


「ふ、全知全能の神ともあろう貴様がそのような蒙昧なことをほざくとは片腹痛いわ」


 すると、我らの間に何やら不穏な気配を感じ取ったのか。


「ヘラ様、ここは我々にお任せ」


「は? なんだ、お前? スライムじゃん。同人誌でしか活躍できないような低級モンスターごときがボクに太刀打ちできると思ってるの?」


 神は少しも移動した気配なく、不可解にも一瞬でグロリアの目の前に迫る。グロリアの態度に少しイラっとしたのか、驚愕にグロリアが神を見上げる間もなく、彼女の額を人差し指でピンっと軽く弾く。


「ッ!?」


「グロリア!」


 それは、他愛もないはずの児戯。しかし、その衝撃が周囲の地面を抉り、降る雪すら掻き消し、民家なぞまるで繊細な木細工のように関係なくグロリアの身体を彼方へと弾き飛ばす。オフィーリアの悲鳴が響く。


「あんまり神をナメないでね」


 グロリアが吹き飛ばされた一直線に崩れる家々の抗議の不協和音がその凄まじさを物語る。どこからかこの村の住民どもの悲鳴が聞こえる。混乱まであと数刻。


「オフィーリア、何をぼさっとしておるのだ、さっさとグロリアの元に向かえ!」


「ひッ! あ、は、はい!」


 何が起きたのか全く理解できておらず、茫然としたまま立ち尽くしていたオフィーリアは、柄にもなく久しぶりに出ちゃった我のシリアスな声にびくっと意識を取り戻す。


 サキュバスの翼をその細い尻尾と一緒に出したオフィーリアは、急にシリアスに張り詰めたその場から逃げ出すかのように、グロリアの元へと飛んで行く。完全に恐怖の表情をしていたが、あれは我が悪いんじゃないよね? ね?


「……貴様、よくも我が護衛を」


「あんなのがアンタの護衛なの? 魔王も引退するとすっかりしょぼくなるのね」


「……貴様も戦えるとは思わなかったぞ。クソ雑魚勇者ばかりを差し向けるものだから、てっきり貴様は弱っちいのかと思っておったわ」


 そうして、改めて全能の女神、アンフェルティアと向き直る。騒乱がいよいよ住民に伝播する。


 彼女は我の横でつまらなさそうに人間どもの騒乱を眺めていたが。


「ふーん、そこまで言うならやってみよっか」


 この領地の絶対零度のように無慈悲な声音に反射的に飛び退く。く、我がこやつに距離を取ろうとはなんたる屈辱。逃げ惑う民衆、神の怒りを前に、彼らに成す術はない。


 思わず身構える。


 査察前のこの地で我が力を解放するわけにはいかない。我が鍛え抜かれた体術だけで神に立ち向かわねばなるまい。何が起こるかわからないから聖剣はちょっとそこに置いといてっと。


 今こそこの超絶激カワロリボディでカッコよく戦闘する時がきたってわけだ。この美しい銀髪と黒いゴスロリドレスが華麗に空を舞う姿はめっちゃ映えるぞ、アニメ化待ったなしだ!


 ふわりと舞う雪さえも融かしてしまいそうな張り詰めた空間。ちりちりとうなじを焦がすような心地よい昂揚。


 久しぶりにいっちょ暴れてみようかの! グロリアの弔い合戦だ(死んでない)。


 そうして、我らの緊張感が最高潮に昂ってきたところで。


「って、冗談よ、冗談。ボクがアンタと正面からぶつかったらこの世界なんて簡単に消えちゃうもん」


「ふん、日和ったな、この軟弱者めが」


「アンタ、せっかく可愛くなったんだからその口調やめたら?」


「今さらマジレスするな、我は性自認までTSしたわけではない」


「それがTS物の醍醐味ってもんじゃないの?」


 すると、バイオレンスの女神は、はぁっとクソでかため息を吐き出すと。


「ボクは別にアンタに用事があったわけじゃないし、」


 なん、だと? こやつ、何か目的があってここまで来ていただと? まさか、我がここに査察に来ていると知っていて、我が領土を直接奪い返そうなどと考えていたのではなかろうか。


 いや、それはないか。


 それならば、あんなところで、顔見知りなだけの微妙な距離感のご近所さんとばったり会っちゃったみたいな遭遇はアホらしすぎるし。


「ボクが欲しいのはそっち」


「あぇ?」


 女神が指差す先には、さっきおもむろにその辺に置いておいた聖剣。あ、そういうことね、完全に理解したわ。


「そんな強大な力をボクが気付かないわけないじゃん。誰が引き抜いたのかと思ったら、よりにもよってアンタだし。ってことで、その聖剣を返してくれたら許してあげるわ」


「ええ~、せっかくカッコいい武器ゲットしたのに~」


「それはボクのパパ……創世神の剣よ。アンタが持ってたってしょーがないでしょ」


 まあ、こやつの言うことも一理ある。聖剣担いだ先代魔王って何なんだよ。我には明らかに無用の長物だ。それに、我はもう引退したのだ、前作の主人公が出てきてテンション上がるのは、ゲームの続編でちょろっと出てきたときにだけだ。


「ま、いいよ、貴様にくれてやるよ。はい、どうぞ」


「ありがと」


 ちゃんとお礼が言えてえらい。「子どもからカツアゲしてるみたいで罪悪感が」「我、ちゃんと大人だから!」


 女神は我から聖剣を受け取るとなんとなく寂しそうにそれを眺めてから、ふっと手元からそれを消す。きっとどこかに転送したのだろう。ということは、あの聖剣を勇者に託すつもりは端からないのだろうか。ま、聖剣なんて無い方がいいに決まっておるし無闇に詮索するのはやめておこう。


「っていうか、さっきから気になってたけど、アンタのその恰好何よ? 全能のボクだから気付いたけどさ、前に会ったときよりずいぶん可愛らしくなったじゃない?」


「我は魔王を引退したのだ、我は魔王軍が支配した領地の査察中だ」


 ふわりんッとスカートをはためかせて一回転。どうだ、これが魔王軍の全叡智をもってバ美肉された最強のカワイイじゃい! どうだ、叡智だろう?


「まだアンタの領地じゃないってば。ふーん、それじゃあ、今は力を失っているわけね?」


 女神の口角がにたりと上がる。本当に女神か、こやつ。なんて悪い顔をしておるのだ。神は神でも邪神の類ではないのか。さ、さっき冗談って言ってたじゃんよ。や、殺る気か?


「今、あんたを倒せばこのクソゲーもクリアってわけでしょ」


「我を倒したところでもうすでに第二の魔王が現れておる。第三の魔王は……ステラの子か、ふむ、まあしかし、ステラが紹介してきた男なら一発致死魔法でぶん殴って認めてやらんでもない」


「なんの話? っていうか、全然認めきれてないじゃない、この親バカめ」

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