魅力的少女

古野ジョン

魅力的少女

 俺の幼馴染は、昔から人気者だ。その可愛らしい笑顔と持ち前の明るさで、誰もが惹きつけられる。近くにいて、その凄さをまざまざと見せつけられてきた。大人たちは皆可愛がってくれるし、同級生たちがひっきりなしに彼女のもとへ集まってくる。その魅力は人間だけでなく動物たちにも伝わるようで、外にいると野良猫や鳥なんかがどんどんやってくる。犬に吠えられているところなんか見たことない。


 そんななか、俺は昔からずっと彼女と過ごしてきた。家が隣というだけだが、一緒に登校したり公園で遊んだりしていた。ときどき、彼女のあまりの人気につい嫉妬してしまったこともあった。が、彼女とずっと一緒にいる俺が周りから嫉妬されることもあった。今思えば、子供時代の可愛いヤキモチだと思う。


 そして俺たちは高校生になった。特にそう取り決めたわけでもないが、俺たちは自然と同じ高校に進学していた。「また一緒だね」と呟く彼女の笑顔は、相変わらず眩しかった。


 高校生になっても、彼女の人気は健在だった。というか、むしろますます周囲を惹きつけるようになった。まず、入学式翌日に三通もラブレターを貰っていた。さらに他校からわざわざ彼女を見物しに来る奴がいたり、街で何回もスカウトされたりしていた。


 ある日、昼休みに彼女に呼び出された。連れ出された先は、誰もいない校舎裏だった。

「どうしたんだ?こんなところに呼び出して」

「ねえ、最近の私って『人気すぎる』と思わない?」

普通の奴がこんなことを言ったらイヤミだが、コイツは本心からそれを言っているのだろう。

「まあ、そうだな」

「それでね、怖くなってきたの」

「何が?」

「私、嫌なものも惹きつけちゃうんじゃないかなって。今に変なことに巻き込まれちゃうかも」

「……そうかもな」

「だからね、一緒にいてほしいの」

「今までと同じじゃないか。いつまでも一緒だよ」

「ふふ、なんかカッコイイ」

「お前が言いだしたことじゃねえか」

俺と彼女は、お互いに照れ笑いをした。いつまでも一緒だよ。そう自分にも言い聞かせ、彼女と教室に戻った。


 だが、彼女の予言は当たった。彼女は人気すぎるあまり、少しずつトラブルに巻き込まれるようになった。男子に執拗に交際を迫られたり、人気に嫉妬した女子に嫌がらせされたりするようになった。その度に彼女を守ったけれど、今度は俺も標的になるようになった。


 彼女はよく俺の前で泣くようになった。いつまでも一緒だよ。彼女に何度もそう言って、励ました。もちろん俺も辛かった。けど、昔からずっと笑顔を絶やさなかった彼女の泣き顔の方が何倍も辛そうだった。


 それでも、教室にいるときの彼女は相変わらず笑顔のままだった。「人気者」である自分を崩そうとはせず、ありのままで居続けた。俺にはそれが虚勢であることは分かっていたから、その様子を見ると複雑な気持ちになった。


 入学して数か月が経ち、夏になった。今日は終業式の日。俺と彼女はいつものように家を出て、一緒に駅に向かう。改札に入ってホームに向かおうとすると、彼女が反対方向のホームを指さした。

「ねえ、サボっちゃおうよ」

その言葉に促され、彼女と共に電車に乗った。


 普段とは逆の景色。段々と建物が少なくなり、郊外へと向かって行く。何か喋るわけでもなく、ずっと車窓を眺めていた。しばらくすると、彼女が口を開いた。

「こうして二人でお出かけするの、久しぶりかもね」

「子どものとき以来だな」

「昔さ、こんなふうに親に黙って出かけたことあったよね」

「あったなあ」

「あの時もこうやって電車に乗ったよね」

「帰りの電車賃握りしめてな」

俺たちは昔を懐かしんだ。そして、決して良いとは言えない現状を思い出して悲しい気分になった。


 とある駅に着いた。改札を出て、一本道を歩く。あの時も、こうやって二人で歩いたなあ。俺たちにとっては、何だか大冒険をしている気分だった。それに比べて、今はどうだろう。現実逃避のように学校から逃げ、互いの傷を舐め合うだけ。もうあの頃には帰れないのかなあ。


 目的地に到着して、俺たちはおおーと歓声を上げた。着いたのは海水浴場だった。既に海開きは終わったはずだが、平日だからか閑散としていた。

「制服でこんなとこ歩いてるの、私たちだけね」

「そりゃ、そうだろう」

俺たちは笑い合った。その後、海の家に行ってブルーシートとかき氷を買った。一番見晴らしがいいところにブルーシートを敷いて、一緒に座った。


 海を眺めながら、かき氷を食べる。俺はイチゴで彼女はブルーハワイ。それも昔から変わらない。

「おい、舌見せてみろよ」

「べー」

「はは、やっぱり青になってる」

「うるさいなーもう」

俺たちは子どもみたいなことを言いながら笑い合った。すると彼女が何かを思いついたような表情になった。

「ねえ、こっち向いてよ」

「イチゴ味だから、俺の舌は赤いままだぞ」

「そうじゃないってば」

意図は分からないが、とにかく彼女の方を向いてやった。すると、一気にこちらに顔を寄せてきた。


 そしてそのまま、キスをした。みーんみーんと蝉の音が響くなか、時が止まったような気がした。

「ふふ、やっぱりイチゴ味だね」

そう言って、彼女はブルーシートに寝そべった。

「おい、スカートだろ」

「いいの、それより一緒に寝ようよ」

そう言われたので、俺もごろんと寝そべった。


 仰向けで寝転がると、綺麗な青空が見えた。雲一つなく、太陽が眩しく輝いている。しばらく何も喋らないでいたが、彼女が口を開いた。

「終業式、終わったかな」

「だろうな」

「今頃、私たちのこと探してるかな」

「そうかもな。俺とセットでいなくなったから、きっとまたからかわれてるぞ」

「もう、いいのよ」

彼女は不思議と笑顔だった。最近見せていた虚勢の笑顔でなく、昔のような本物の笑顔だった。あんなに学校で嫌な思いをしてきたのに、急に吹っ切れたようだった。


 何か変なことを考えているんじゃなかろうな。俺は訝しんで、彼女に尋ねた。

「なあ、何か企んでないか?」

「変なことって?」

「急に学校サボろうなんて言い出したし、なんか凄い吹っ切れてるしさ」

「ふふ、そう見える?」

「このまま入水しようなんて考えてないだろうな」

「あはは!そんなわけないよ。だって『いつまでも一緒』なんでしょ?」

「うるせえな」

「もう、恥ずかしがらないでよ」

彼女は笑った。そして、静かに告げた。

「別に、死のうなんて考えてない。……けどね、やっぱり私は『人気すぎた』みたい」


 それから数秒間、彼女は黙り込んだ。なんだろう?

「ごめんね、急にサボろうなんて言ってさ」

「それは別にいいよ。でもなんでそんなこと言いだしたんだ?」

「『いつまでも一緒だよ』って言ってくれたからさ。最後まで、一緒にいてほしかったんだ」

「お、おい。『最後』ってなんだよ」

ふと周りを見渡すと、何だか騒がしい。皆が携帯の画面を見て、大騒ぎしている。


 何が起こったんだ?俺もポケットから携帯を取り出そうとすると、彼女に腕を掴まれた。

「ダメ。一緒なんでしょ?」

「けど、何かヤバいことが起こってるんじゃ」

「いいから」

仕方なく、携帯を取り出すのをやめた。相変わらず視界には青空。何も変わりなく……と思っていたが、なんだか黒い影が見えた。


 なんだあれ? と思って彼女の方を向くと、何やら真剣な表情をしていた。

「ねえ、私は『人気すぎた』んだよ。何でも惹きつけちゃうんだ」

「それは分かったよ。いい加減、何が起こっているのか教えてくれないか」

「もう、ロマンチックじゃないんだからあ」

そう言うと彼女は、俺をぎゅっと抱きしめた。

「ねえ、抱きしめてよ。怖い」

「分かったよ」

俺は何も分からないまま、彼女を抱きしめた。


 黒い影はどんどん大きくなっていき、砂浜全体を日陰にしてしまった。何が起こっているのか、だんだんと察しがついてきた。

「私ってさ、何でも惹きつけてきたよね。人も、動物も、何でも」

「……そうだな」

「そんな私を独り占めしてる君は、幸せ者だね」

「自分で言うなよ」

そう言って俺は、彼女の頭を撫でた。


 頭を撫でると、彼女の表情が少し和らいだ。やっぱりコイツは人気者だなあ。こんな可愛らしい表情を独り占めできるなんて、たしかに幸せ者かもな。


 夜じゃないかと疑うほど、周囲が暗くなってきた。そろそろなのかな。俺は彼女に尋ねた。

「お前、今度は何を惹きつけたんだ?」

それを聞いた彼女は、とびきりの笑顔になった。暗くても分かるほど、その笑顔は輝いていた。昔に戻ったかのように、無邪気に質問に答えた。



「ふふ。わたし、お星さまを惹きつけちゃった」

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