第95話「アインスと少女」

 アインスが目を覚ますと、そこは知らない天井だった。



「我は、気絶していたのか」



 ゴレイムは眠らないし気絶もしない。

 人に擬態していてもなお瞼を閉じているだけで意識が途切れることはない。

 だが、アインスは実際に気絶していた。

 それはダメージを受けて弱っていたのだということもあるのだが、何よりも人に、生物に近づいていることが大きい。

 植物の一種である『仮面』に寄生されたことで、外見や構造だけではなく内部でさえも生物に近づいている。

 ゆえに、人を食らうことはなく、気絶や睡眠といったシステムが実装・・されていたようだ。



「やはり魂、精神にまで干渉するのか、この仮面は」



 複雑な気分になる。

 アインスが人を襲わないのも、すべては『仮面』の力だとしたら。

 そこに、自分の意志や思考はあるのだろうか。

 ヴェーセルは自分を人間であると評価した。

 嘘偽りない本心だと、理解はできる。

 だが納得は出来ない。

 『仮面』に、大いなる意思に操られた土人形ではないと、どうして言い切れるのか。



「あ、気が付きました?」



 がちゃり、とドアが開いて一人の少女が入って来る。

 短い髪を後ろで二つにくくっており、白い服を着ている。



「ここはどこだ?」

「あ、ここは私が家族で経営している旅館です」

「……我は金ないんだが」

「あ、いえ、気にしないでください。倒れているあなたを私が勝手に連れ込んだだけですし。なにより、私は貴方に」



 アインスは聞いていなかった。

 どうでもよかったから。

 それより重要なことがある。



「我は、どのくらい寝ていた?」

「え、ええと五時間くらいだと思いますけど」

「了解した」



 アインスは起き上がり、ドアの前まで一瞬で移動する。



「ちょ、ちょっと待ってください。どこに行かれるおつもりですか?」

「まだ仕事が終わっていない」

「だめですよ、ついさっきまで倒れてたんですから、身体を休めないと」

「大丈夫だ。直接地に足をつけていた方が回復できる」

「何を言ってるんですか!」



 少女は全く取り合わなかった。

 アインスとしては早くここを出てロックゴレイムを探しに行きたかった。

 こうして足を止めている間にも、人が死んでいるかもしれないのだ。

 じっとしてはいられない。



「とにかく、安静にしていてくださいよ。恩人に何かあっては顔向けできません」

(恩人?)



 アインスは言われて、少女の顔を見る。

 言われてみれば、見覚えがあるような気もする。

 はたしてどこで見たのだったか。

 オリジナルのアインスの記憶なのか、あるいは成り代わってからなのかはわからないのだが。

 これは話を合わせたほうがいいのかもしれない。



「いや、すまないが我は緊急の仕事がある。それが終わったら休養でも恩返しでも何でも請け負うから今だけはどいてくれないだろうか」

「い、いやです」

「嫌か……」



 アインスは、がっくりとうつむく。

 そう言われても、どうにもならない。

 なので、欺くことにした。



「えっ」



 まず、後ろに跳んだ。

 ドアの前から三メートルほど離れたベッドに着地する。

 そして、少女の目がベッドに入るアインスに向いたところで再び跳躍、天井に張り付く。

 常人には無理でも、仮面騎兵になら、ゴレイムになら可能である。

 そして最後の跳躍。

 これによってアインスはドアの隙間を抜けてドアの外、廊下まで移動した。



「あ、え?」

「では失礼する」



 一度抜き去ってしまえばどうということはない。

 アインスは廊下を走って階段を下りて行った。



 ◇



「何でお前がここにいる?」

「ええ、アナタを探しに来たからですけど」



 宿の出入り口で、ちょうどヴェーセルと鉢合わせるのだった。

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